第170話 妹襲来!

 田中未希航海長(未だ32歳独身)から、来月が誕生日だという話を聞かされた私は、大慌てで結婚式の手配を始めた。


 田中とステファンと話し合った結果、結婚式の日取りは、田中の誕生日の前日ということになった。


 翌日には護衛艦フワデラ、リーコス村、グレイベア村全員に知れ渡り、結婚式の準備が始まった。


 えらく手際が良いなと思ったら、どうも皆が皆、結婚式の日取りは田中の誕生日の前になるだろうと予測していたらしい。


 悪魔勇者の討伐後に開催された人類軍祝勝典で、アシハブア王都に滞在中の各国要人たちが、この結婚式に参加したいと打診してきた。


 アシハブア王などは、昨日のリモート会議で、

 

「我が臣下がフワデラのご令嬢と結ばれるのだ。王都で盛大に結婚式を挙げさせよう。間もなく特使も着くだろうから、委細はその者と決めるがよかろう」

 

 と何やらご満悦な笑顔で宣わっていた。


 グレイベア村での宴席に出ていなければ、私はこの提案を素直に受け入れていたかもしれない。


 あの宴席で、ルカ村長と王国の間で、何か嚙み合わないものがあるのを感じた。


 甘酒の酔いが覚めてから、それが何であるのかわかった。


 人間とそれ以外の種族の確執。


 もし結婚式がアシハブア王都で行なわれるとなれば、グレイベア村の住人の参加は難しくなるだろう。


 そんなことを受け入れるわけにはいかない。


「陛下のご配慮に心より感謝申し上げます。しかし、二人が親しくする者の中には、ドラゴンやラミア族、鬼人、白狼族が多く、また西方の魔神からも参加させろと言われておりまして、さすがに王都での式は難しいかと」


「ド、ドランゴンに魔神まで……」


 魔神ウドゥンキラーナは田中やステファンと面識はない。


 だが南と坂上から二人のことを聞いたウドゥンキラーナは、帝国式の結婚式に興味を持ったようで、ぜひ見てみたいと言っていた。


 なのでウソは言っていない。


「魔族が王都に押し寄せるとなれば、大変なご迷惑をおかけしてしまうことになります。それに、田中のたっての希望で、結婚式は帝国式で行なう予定です。それができるのは今のところリーコス村しかございません」


「むぅ……花嫁の望みとあれば仕方ないのぉ」


 本音としてはドラゴンと魔神に王都に入られては困るということだろうが、とりあえず王都での結婚式はキャンセルすることができた。




~ 翌日 ~

 

 リーコス村の村長宅(兼司令部)の玄関フロアで騒ぎが起きていると聞いて、私は慌ててジェットスーツで駆けつけた。


 庭に降りると、玄関先に四頭立ての豪華な馬車が止まっているのが見えた。


 恐らく護衛であろう4人騎士たちが、空から舞い降りて来た幼女を見てフリーズしている。 


 私は彼らに小さく手を上げて、


「どもども、お役目ご苦労様です」


 と軽く挨拶をしながら、玄関に入った。


 もしかしたら、止められて誰何すいかされるかなと思ったが、彼らはずっと固まったままだった。


 玄関に入ると、そこには金髪縦ロールの美人と、その両脇を固めるようにして立っている二人の女騎士がいた。


 さらに彼らを取り囲むように立っている、白狼族スタッフが六名。


 白狼族スタッフの困惑した表情と、金髪縦ロールと女騎士二人の難しい表情を見て、私は何が起きているのかを察した。


「亜人風情に用はありませんの。私の到着は知らせていたはずよ!」


 金髪縦ロールの声には怒りと失望が滲み出ていた。


「お兄様はどこ? 今すぐスプリングス子爵のところへ案内なさい!」


 私は片方の眉毛を上げて、白狼族スタッフを見る。『またか……』という以心伝心だ。


 私と目が合ったスタッフが皮肉な顔で頷く。『またですよ……』という以心伝心だ。


 以前、ヴィルミアーシェさんを『亜人風情』呼ばわりした若者1に対しては、怒髪天を衝いた私だったが、今回はそうでもない。


 アシハブア王国や人類軍の客人は、だいたいが同じようなのばかりなので、もう慣れたというのもあるだろう。


 もしかすると、金髪縦ロールが美人だから判定が甘いというだけかもしれない。


 私は金髪縦ロールの美人に向って歩きつつ、インカムを通じてフワーデにこの客人たちのことについて尋ねた。


『金髪の人はステファンの妹さんだよ。他の人たちは護衛。アシハブアの王様が言ってた特使だね。今、ステファンさんが慌ててそっちに向ってる』


 フワーデの説明を聞いた私は、金髪縦ロールの美人に向って話しかけた。

 

 この後のパターンも大体同じで、慣れたものだ。


 ガキが生意気にも大人の話にでしゃばってくるなと、怒るか無視するか。


 その後で私が護衛艦フワデラの艦長と知らされて、態度を豹変させるのだ。


「あーっ、わたくし、護衛艦フワデラの艦長タカツと申します。スプリングス氏の妹さんですね。お待たせして申し訳ありません。スプリングス氏は、今急ぎこちらに向っております」


 金髪縦ロールと女騎士二人が、私を見て目を見開いて驚く。


 さぁさぁ、私を怒鳴るか無視するか、こいつらはどっちだ?


 金髪ロールがワナワナと震え出す。


 次の瞬間――


「カワイイ!」


 彼女の声は溢れんばかりの歓喜に満ちていた。


 金髪縦ロールの女性に優しく抱きしめられ、彼女の頬が私の頬に優しく擦れる感触を感じる。


 彼女の目は純粋にカワイイものを愛でる喜びで輝いていた。


「ほわわぁ! 貴方がタカツ艦長ですの! 想像していた以上の可愛さですわぁぁぁぁ!」


 あ、あれ~?


 思っていたのとぜんぜん違う反応だぁ。


 金髪縦ロールが、私をギューッと抱き締めてくる。


 ので、思わず私も抱き返してしまった。あくまで「思わず」である。「ついつい反射的に」ということである。これは平野に弁明する際の大事なポイントだ。

 

 だって彼女は美人だし、仕方ないね。


 後ろに控えている女騎士の一人がコホンっと咳払いをすると、金髪縦ロールがハッとして身体を引き離した。


「あら、失礼しましたわね!」


 彼女は一歩後ずさり、軽くお辞儀をして、明るく微笑んだ。


「わたくしは、アリス・スプリングス。こちらでお世話になっているお兄様、ステファン・スプリングス子爵の妹ですわ」


 自己紹介を終えると、彼女は再び私をギュッと抱き締め、さらに私のツインテールを手に取ってクンカクンカし始めた。


「はうぅ。良い香りがしますわぁ!」


 そりゃ帝国でも有名な、艶やかな髪がファサッと舞うCMのシャンプーとリンスを使ってるからな。

 

 そ、それにしても、こいつからはヴィルミカーラと同じヤバイ感じがビンビンする。


 それからしばらくして司令部にステファンが到着。何故かヴィルミカーラを伴なって玄関に入ってきた。


 ステファンは、私の後頭部に鼻を埋めている妹を見て「アリス……」と名前を口にしただけで固まってしまった。


 ヴィルミカーラの方は、私の髪の毛をクンカクンカしているアリスを見て、


「か、艦長……わ、私というものがありながらひ、酷い。こ……これがネトラレ」


 顔に掛った髪を口で噛みながら、意味不明なことをつぶやいていた。  


 

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