第171話 緊急セクハラ信号
アリス・スプリングスは、ステファン・スプリングス子爵の妹である。
ステファンによると、彼女は現在15歳。ずいぶん年の離れた兄妹だ。
大人な艦長が判断するに、それくらい時間が空いても子供を授かるということは、スプリングス家の夫婦仲はかなり良好だということだろう。
私とて今なお妻との仲は良好で「あと一人や二人くらい子供がいてもいいんじゃね?」と常々思っているから、よく分かる。
その話を妻にすると「もうそんな歳じゃない」と怒り出すが、必ず翌朝には機嫌が治っている。必ず私の隣で、ツヤツヤな顔に満足そうな笑顔を浮かべることになる。
私は、近接戦闘で元帝国陸軍鬼曹長の妻に勝つことはできない。だが、ベッドの上の格闘戦では、妻に百戦百勝の負け知らずである!
だが幼女の姿で主張しても説得力がない。だから同じことを二度言っておく。
負け知らずである!
いかんいかんアリスの話だった。
ステファンがイケメンだったことから、大体想像はしていたのだが、やはりアリスも美少女だった。
切れ長で少しつり上がった目に宿る瞳は、深く澄んだ空の碧。
その中には無限の好奇心が宿っていて、今は私に興味を抱いているのがありありと見えている。
美しくて長い金髪は、夕日に照らされた金麦畑のように輝いていて、艶やかでシルクのような滑らかさが感じられる。
透き通るような白い肌と、ほんのりとピンク色に染まった唇は、まるで桃のようだ。
気を抜いてボーっと眺めていると思わずチューしてしまいそうになる。
私はアリスの美しさに、思わず息を呑んでしまった。だって、その美少女に抱っこされてるんだもの。目の前5センチにその唇があるんだもの。
艦長、チューしちゃってもいいよね?
欧米じゃ、チューくらい挨拶だよね?
ねっ?
「ジィィィィィィ……」
ふと気づくと、ヴィルミカーラが突き刺すような視線を私に向けている。
なんだろう?
物理的には何も攻撃されていないはずなのに、頬のあたりが針でチクチク刺されるように痛い。
ポン!
突然、耳元でインカムの着信音が鳴り、続いて平野の声が聞こえて来た。
「艦長、ヴィルミカーラから緊急セクハラ信号が入ってきましたが、奥様への報告事案ですか?」
「ひっ!?」
ヴィルミカーラを見ると、私にスマホを向けて画面のアイコンを指差している。
赤い背景に白バッテン入ったアイコンのタイトルを見ると「セクハラ通報」と表示されていた。
「こ、これを押すと、か、艦長のインカムのカメラ、え、映像がひ、平野のとこにそ、送信される」
「ヴィルミカーラ! き、貴様、なんということを!」
つまり、さっきまでアリスの唇やアリスの胸元や、胸の谷間や、胸の谷間とドレスの間にできる隙間や、白い胸の谷間を見ていた映像が、平野のところに送信されるということだろうが!
というか平野も平野だ! 「セクハラ通報」をヴィルミカーラにもたせる意味がわからん。こいつにセクハラされるのは、いつだって私の方なんだが!?
そんなことを考えていた私の耳元から、平野の氷点下ボイスが聞こえてきた。
「全部、証拠映像として保存済みです。これは……完全にギルティですね」
ガクガクブルブル震える私を、アリスがギュッと抱き締めた。フワっと良い香りに包まれた、私は少しだけ落ち着きを取り戻すことができた。
「タカツ艦長、捨てられた子犬のように震えていらっしゃるけど、大丈夫ですの!? 安心してくださいな。きっと、わたくしがお守りしてさしあげますから」
そう言って彼女は、批難のこもった鋭い目線をヴィルミカーラに向ける。もしかするとアリスは、私を怯えさせるようなことをヴィルミカーラがしたと思っているのかもしれない。
まぁ、半分はそうなんだけど。
とにもかくにも、ギュッとされた私は、お返しにアリスの首にギュッとしがみついた。
だって、ほら、そういう流れ? だし?
「は、反省、し、してない……」
ヴィルミカーラが何か言おうとしたところを遮って、インカムから平野の声が響く。
「護衛艦フワデラでカトルーシャ王女がお待ちです。急ぎ、皆さんをお連れ下さい」
「わかった。急いで戻る」
私はアリスや同行の騎士たちに視線を向けながら言った。
「それではアリスさん、王女殿下がお待ちですので、これからフワデラへ移動しましょう」
その場にいた全員が移動を始めたとき、ヴィルミカーラが私を受け取ろうとアリスの前に進み出る。
その瞬間――
キンッ!
ヴィルミカーラの前に、アリスの護衛騎士二人が剣を抜いて立ちはだかた。
「アリス様に近づくな! 亜人!」
二人の護衛は、明らかな敵意をヴィルミカーラに向けていた。
敵意を向けられたヴィルミカーラは平然としていたが、私はと言えば、突然発生したこの状況を把握することができず、呆然としたまま固まってしまった。
「何をするか!」
ステファンの怒号に、ハッと意識を取り戻す。
ようやく状況を把握した。
こいつら、うちのヴィルミカーラに剣を向けやがったか!?
周囲を見渡すと、他の護衛騎士たちも剣の柄に手を掛けている。
アリスはと言えば、顔を背けながら、その視線は汚らわしいものを見るかのようにヴィルミカーラを見下していた。
プチン!
私は、自分の頭の血管が切れる音を聞いた。
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