第26話 ダンジョン前キャンプ
冒険者ギルドが出している馬車は1日に1便しかない。
夜の道を何時間も掛けて町まで歩くのは大変なので、今日はここで野営して翌朝の馬車を待つことにした。
初級ダンジョンを訪れる冒険者の多くが同じようなことを考えるらしい。そのせいかダンジョン出口の近くの平地には野営の後がいくつか残っていた。
「とりあえず、今夜はここで一泊する」
私がインカムを通じてで本艦への連絡を終える。すると頭上でホバリングしているドローンからフワーデと平野の声が響いた。
「わかったー!」
「了」
「うひっ!」
今の「うひっ」はミライである。
「カンチョーさん、本日はこちらで野営ということでよろしかったでしょうか」
ミライが恐る恐る私に尋ねる。
「ああ、よろしかったぞ。今度は焚火の準備をお願いできるかな、ミライちゃん」
「はひぃ!」
「私も手伝うから。大丈夫よ、ミライ」
坂上大尉が優しい声をミライに投げ掛けると、彼女は「ありがとうございます!」と満面の笑顔で礼を述べた。
坂上大尉のあんな優しい声を私は初めて聞いた。そしてミライは相変わらず私を恐れていた。ちょっぴり切ない。
ミライが焚火の準備を進めている間、私たちは食事の準備を進める。予定通りのスケジュールとなったのでレーションが余ってしまった。
なので今夜の夕食については各々好きなレーションを2つ消費することにする。
「警戒はフワーデのドローンがやってくれる。少しだけならお酒も飲んでいいぞ」
「「おぉ」」
ヴィルフォアッシュと南大尉が嬉しそうな声を上げた。
「ちょっと待て、南大尉は駄目なんじゃないか?」
「艦長! 酷いっス! 俺だって今日は凄く活躍しましたよね!?」
「いや、そういうことではなく。南は幼女だろ?」
「何言ってんすか! この通り幼女ですよ!」
「幼女がお酒を飲むのは駄目なんじゃないか?」
ヴィルフォアッシュが荷物からバーボンのボトルを取り出した。
護衛艦にお酒は殆ど持ち込まれていないが、調理用とお偉いさんが乗艦したときの接待用が少量用意されている。
その貴重な一本を彼に渡している。
これはあくまで緊急時の消毒に使う為のもの。あるいは現地人との取引材料にする為に持ち込んだものだ。だがせっかくの初ダンジョン記念で開けるのなら悪くないだろう。
とはいえ貴重な一本だ。
飲み手が少ない方が私の分が増える。
「幼女は飲酒駄目! 絶対!」
「艦長だって幼女じゃないっすか!」
「がびーん! そうだった」
とりあえず私は今までのやりとりは無かったことにして仕切り治す。
「ま、まぁ、我々の初ダンジョン記念だ。皆で飲むとしよう」
「さすが艦長、マジ艦長ッス!」
夕食を取った後、私たちはボトルを開ける。ミライはお酒が飲めないということで、それ以外の面々での乾杯となった。
「それじゃ、初ダンジョンカンパーイ!」
「「「「カンパイ!」」」」
次の瞬間、
「うべぇぇ!」
「 まっず!」
私と南大尉は貴重なバーボンを盛大に吐き出していた。
そう。
私たちの舌も幼女だったのだ。
~ 祝福の輪 ~
お酒を楽しむ白狼族と坂上大尉をよそ眼に私と南大尉は焚火で暖を取っていた。満腹で体の温まった幼女二人はうつらうつらと船を漕ぎ始めている。
「うにゃ?」
ふとミライを見ると彼女は棒切れを使って野営地を囲むように線を引いていた。
「ミライちゃん、何をしているんだ?」
突然声を掛けられたミライはビクッと一瞬身体を強張らせる。
「えっと、これは祝福の輪と言って冒険者を夜の魔物から守るおまじないです」
「ほう。輪の中に魔物が入ってこれなくなるのかな?」
「は、はい。どんな魔物でもというわけではありませんが、スライムとか不浄系の魔物を除けることができます。ただ古大陸のおまじないなので、どれだけ有効なのかはわかりませんが……それでも用心のために」
古大陸、そういえばミライはそこの出身だった。古大陸には、私たちの身に起こった幼女化について知る人物がいるはずなのだ。
そして私たちはその人物とのコンタクト手段を海賊フェルミから譲り受けている。
「そう言えば、ミライは古大陸出身だったな。どんなところなんだ? こことは違うのか?」
「このフィルモサーナ大陸ではラーナリア女神の信仰が盛んですが、ゴンドワルナ……古大陸ではラヴェンナ女神が多くの国で祀られていますね。そうしたところから文化の違いを感じることは多くあります」
ミライは祝福の輪を描き終えると私の傍に腰かける。
「でも、どちらも普通の人々が毎日を生きていて、魔物がいて、冒険者がいて、冒険者ギルドがあって、そういうところはほとんど同じですね」
「そういえばミライは修行でこの大陸に渡って来たのだったか。具体的には何をしていたんだ? 古大陸でもポーターをしていたのか?」
「冒険者です。まぁ、向こうでの話ですけど。こう見えても、わたしシルバークラス冒険者なんですよ。シルバークラスっていうのは、そこそこ凄いんですから!」
そう言って夜空を見上げるミライの美しい横顔に見惚れ、トキメキそうになった私の心を南大尉の悲鳴が引き裂いた。
「やめろぉぉっ!」
南大尉が坂上大尉にその手をガッチリと掴まれていた。南はそれを必死で振りほどこうとするが、坂上はホールドした南大尉の小指を執拗に舐めまわしている。
「ひゃむ……カレーの味がすりゅ……」
「やめろっ! 俺の小指を舐めるのは止めろぉぉ!」
そう言えば南大尉のスキルは【小指の先を任意の辛さのカレー味にする】だったな。南と坂上はまだイチャラブになったかも知れないイベントを続けている。
もし南大尉が幼女でなければ、結構グッとくるイベントになったかもしれない。
だが南大尉が幼女と化している今では仲良く遊んでいる姪と叔母にしか見えない。叔母とか言ったら命の危険につながるので口にはしないけど……。
うんざりした私は先に寝ることにした。
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