第91話 メンタル毛ア作戦 ~ 最終段階 ~

 メンタル毛ア作戦開始から12日後。


 臨床心理士の名塚真由美中尉(27歳既婚)とお腹周りがふっくらとした小野寺譲一等水兵(21歳独身)、不破寺さんの三人がほぼ不眠不休で献身的な看護を行ってくれた。


 今ではカトルーシャ第三王女も女海賊のフェルミ船長も、心身共に健康な状態をほぼ回復しつつあった。


 現在ではフラッシュバックによる恐慌状態も発生しなくなっており、小野寺もお腹をふにふにされる任務から無事解放された。


 後は、後頭部だけなのだが……。


 艦橋から見える異世界の海を眺めながら、私が顎に手を当てて難しい顔をしていると、平野副長が声を掛けてきた。


「艦長、そろそろ作戦を最終段階に進めるべきでは?」


 どうしたものかと考え込む私に、田中未希航海長(恋する乙女32歳)が王女と女海賊の現状について報告する。


「現在、お二人の後頭部の毛髪は平均1cmにまで達しています。二日前にタヌァカ氏の提供してくださった発毛促進剤スカルプクンZから、育毛剤カナリアップZZに切り替えて使用しております」


 メンタル毛ア作戦において、タヌァカ氏の持つ【神ネットスーパー】というスキルを持っていたことが判明したのは僥倖だった。


 我々にも【神業務スーパー】があるにはあるのだが、基本的に食材が中心だ。弾薬とかちょっと普通じゃないものも買えるには買えるけれど、それでも商品のラインナップは広くない。


 一方、タヌァカ氏の【神ネットスーパー】では、なんとAmazonoを利用することができた。それだけでも凄いのだが、定期購入機能まで利用可能なのだと言う。


 タヌァカ氏の定期購入機能によって、グレイベア村には毎日のように物資が届けられているらしい。しかも置き配で!


 あまりにも羨ましくて話が脱線してしまったが、今回の作戦で必要な資材はタヌァカ氏によって入手してもらうことができたのだった。


 航海長の説明が続く。


「育毛サプリやドリンク剤の他、食事には海鮮ワカメサラダ、ワカメスープ、ワカメご飯、ワカメクッキー、ワカメパン、ワカメラーメン等、あらゆるワカメバリエーションを料理班が提供し続けております」


「そ、そんなにワカメばかり食って大丈夫なのか?」


「はい。さらに毎日、育毛ヘッドスパ、育毛ヘッドマッサージ、育毛ヘッドヨガ、育毛ヘッドエアロビクスで、後頭部への血流促進メニューをこなしていただいています」


 今回、メンタル毛ア作戦を実行するにあたっては、全乗組員に協力を仰いでいる。 


 王女と女海賊が自分の後頭部の真実に気付くことがないように全員で配慮しようというのが一番の理由である。


 だが女性乗組員の多くが二人の後頭部について本気で心配するあまり、単なる心配りに留まらず、あらゆる努力を行ってくれている。


「王女が頭部の包帯を交換する際には、常に4名以上の女性乗組員で取り囲み王女の気を逸らすためにワイワイキャワキャワと会話を続けるようにしています」


「ほう」


「また王女が頭部に余計な意識が向かないよう、携帯ゲーム機を渡して教育もしております」


「教育? ゲームで?」


 ちょっと航海長が意味不明なことを報告し始めた。


「はい。現在は私お勧めの乙女ゲームを順次攻略中です。かなりドハマりしているようで、集中力が半端ないです」


「王女に何させてんの!?」


 驚く私を制して平野副長が航海長に語り掛ける。


「それは、メンタル毛ア作戦の最終段階に有効と考えていいのかしら?」


 航海長が背筋を伸ばしてビシッと敬礼した。


「はっ! 最終段階において王女に携帯ゲーム機を持たせていれば、完全に意識を逸らしておくことが可能です」


 ハッ! そうか!

 

 田中航海長は最終段階のために王女をゲーム漬けにしたのか。


 メンタル毛ア作戦の最終段階――


 それは王女の後頭部に伸び始めた毛を増毛する究極の秘術。


 一本の地毛に複数本の人口毛を接着する帝国アートケアを施術することだった。


 この最終作戦のために選抜された手先が超器用な23名が、これからほぼ24時間体制でこの過酷な任務にあたることになる。


 王国から外交使節が到着するまであと二日。24時間体制と言っても、王女をずっと拘束しておくわけにもいかない。


 王女の体調も踏まえ、計算上は作業が完了するまでに三日は必要だった。


「仕方ない。艦の到着が遅れるとか言い訳して、使節団にはリーコス村で一日過ごしてもらうことにしよう」


 護衛艦フワデラの乗組員たちによって近代化されたリーコス村は、王国の人間にとって魔法の国状態だろう。していれば一日くらいは稼げるはずだ。


「ところで……」


 私はふとここまでの報告に感じていた違和感に気が付いた。


「先ほどから王女の話ばかりのようだが、フェルミ船長の方はどうなってるんだ?」


 私の疑問に、平野と田中航海長がサッと視線を交差させる。


 超嫌な予感がした。


「そ、その……あの……」


 田中航海長が何やら言い出しづらそうに口をもごもごさせる。


 その様子を見た平野副長が大きなため息をついて彼女の代わりに報告した。


「フェルミ船長は、既に後頭部の状態について把握して……しまいました」


「なんだとぅ!」


 メンタル毛ア作戦、最大の山場であった。

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