第90話 メンタル毛ア作戦

 翌日、私は二人の乗組員と一人の民間人を艦長室に招いた。


「君たちにはこれから王女のメンタルケアに取り組んでもらう。この任務の成否が

我々の命運を左右すると言っても過言ではない。何としても二カ月の間に成し遂げて欲しい」


「「了!」」


「わかりましたん!」


 名塚真由美中尉(27歳既婚)は臨床心理士の資格を持つ薬剤副官で、普段は草壁医務官の補佐に就いている。


 やや小太りの小野寺譲一等水兵(21歳独身)は主計課所属だ。フワーデのインターネット開設でEONポイントが艦内や天上界で流通するようになって以降、会計には超忙しい業務負担が掛かっている。


 そんな多忙な彼には申し訳ないが、彼の持つスキル【お腹の肉をつかむと心がホワホワする】が、今回の作戦にとって非常に重要になると私は考えている。


 実際、すでに今日の時点で、彼のスキルは私の期待した以上の働きをしてくれていた。


 医務室で眠る王女と女海賊は、真夜中頃に突然目を覚まして恐慌状態に落ちいることが何度もあった。


 そうなってしまったときには、彼女たちの手を小野寺のお腹の肉に当ててやると、すぐに落ち着いて幸せそうにぷにぷにし始めるのだ。


「小野寺くんには、しばらく医務室に泊まって二人の不安を取り除いてやって欲しい。」


 一見するとうらやましい任務に思えるかもしれない。


 だが実際のところは「もし手を出したら物理的に首が飛ぶ」レベルの美少女と美女からひたすらお腹をもみもみされるという苦行でしかない。


「大丈夫だ、小野寺。もしストレスで耐え難いと感じたときは、お前も自分の腹肉をもみもみすればいいじゃないか」


 不安そうな顔をする小野寺に私はアドバイスを贈っておいた。


 そして最後の一人が不破寺さんである。


 彼女の持つ【超魔法耐性】が我々では認識することができない魔力による影響を軽減できる……かも?


 それに彼女は不破寺神社の神職だ。もしかしたら我々では認識することができない悪霊とかによる影響を排除できる……かもしれない。


 まぁ、ぶっちゃけると、不破寺さんに期待するのは力仕事だ。


「不破寺さんには申し訳ないですが、もし二人が恐慌状態に陥って暴れるようなことがあれば抑えてください」


「わかりましたん!」


 私は再度、三人を激励した後、王女と女海賊の元に送り出した。


 彼らと入れ替わるようにして、平野副長と草壁医官、タヌァカ夫妻、スプリングス氏と田中未希航海長(32歳独身)が艦長室に入ってきた。


 全員が所定の位置に着くのを確認した私は、皆の方に振り返って言った。


「さて諸君、王女のメンタル毛ア作戦についてまとめるとしよう。もう時間的猶予はない」


 時間的猶予。


 先日の王国との交渉で、たっぷり二カ月の時間を確保することができたと思っていたのだ。


 確かに王女をアシハブア王国に送り届けるのは二カ月後になるにはなった。


 王国は、カトルーシャ第三王女を護衛艦フワデラにおける特命全権大使に任命するにあたって、外交上の実務を補佐するために外交官を派遣するとの要求を出してきた。


 さすがに特命全権というあまりにも大きな決定権を、お飾り王女に自由にさせるわけにはいかない。そのため、彼女の手綱を握ることができて、かつ外交能力に優れた人材をフワデラに送ってくるというわけだ。


「今日より二週間後、リーコス村に外交使節が到着する。その中から王女を補佐する人物が三人、フワデラに乗艦することになった」


「つ、つまり……」


 タヌァカ氏がごくりと唾を呑み込む。私はタヌァカ氏の目をまっすぐに見つめ返して答えた。


「その時までに、王女のメンタル回復と後頭部をどうにかしないといけん」  


 タヌァカ氏が驚愕の表情を浮かべる。


「そんなむちゃな……髪だって二週間じゃ5ミリくらいしか伸びませんよ」


 5ミリと聞いて、その場にいる全員が動揺する。


「まぁまぁ、そう絶望することはない。最悪の場合の手も考えてるから、何とかみんなで出来ることはやってみよ? ねっ?」


「何とかって……。一応、艦長が考えている最悪の場合の手を教えていただいてよろしいですか」


 それについては、本当は黙っておくつもりだったのだが、平野の圧に押されてついつい答えてしまった。


「えっと、タヌァカ氏に外交使節全員を幼女にしてもらって、滞在期間中の記憶を全部曖昧にして……誤魔化す?」


「それは……つまり何も考えてないということですね!?」


 プチっと切れた平野が私の胸倉を掴んで揺らす。


「いやいや! 確かに良い手段とは言えないけど、やろうと思えばできるんだよ! タヌァカ氏の幼女化スキルは、記憶を含めて完全に幼女化することもできるんだよ!」


「そ、そうなのですか?」


 私の必死の言い訳を聞いていた平野が、タヌァカ氏の方を向いて確認する。


「えっと、まぁ、幼女化する際に、意識は元の状態を保持するのか、意識まで幼女にしてしまうかを選択することができますが……」


「そうですか。しかし、問題はそこではありません。問題は艦長が何も考えていなかったということです」


 平野の言葉を聞いた私はニヤリと笑みを浮かべた。


「フッ……。平野、私はあくまで最悪の手段を言っただけで、まだ自分の考えを述べたわけではない」


「えっ?」


「まだ私は、私の考えた最強のメンタル毛ア作戦を諸君に掲示してはいない! そう言ったのだよ、平野副長!」


 自信たっぷりな私の豹変ぶりに、平野を始めその場にいる全員が驚きの表情で私を見つめた。


 その後に行われた私のプレゼンテーションで、その場にいる全員の支持を取り付けることができた。


 こうして――


「これより、メンタル毛ア作戦を開始する!」


「「「「了!」」」」 


 護衛艦フワデラの全乗組員クルーを巻き込んだ作戦がスタートした。


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