第89話 フェアリープリンセス

「それで、もし王女のメンタルが無事回復したとして、彼女が自分の後頭部のことを知ってしまったとしたら?」


 カトルーシャ第三王女と直接会話したことがあるスプリングス氏に私が尋ねると、彼は首を左右に振った。


「とてもショックを受けられるでしょうね。言葉では言い表せないくらいに。もしかすると今より心が壊れてしまうかもしれません」


 ですよねぇ。


 そのことは医務室で幸せそうに眠る第三王女を見てわかっていた。


 細く流れるように長い金色の髪は、帝国世界のシャンプーCMでも採用されることが確かなほど艶やかで煌めいていた。


 私を抱きかかえていた平野が「なんて綺麗な髪…」と思わず口に出したほどだ。


 スプリングス氏の話を聞くと、彼女はとても活発な女性らしい。その笑顔と活発な振る舞いが王国民からも愛されているのだとか。


「王国民と接する機会も多く、フェアリープリンセスなる愛称で親しまれているそうです」


 こ、これは、ちゃんとケアして王女を戻さないと王族どころか王国民まで敵に回しかねないな。


「よ、妖精かぁ……確かに王女は美人だし、可愛いよな。私の次くらい?」


「艦長、頭大丈夫ですか? 殴っておきますか?」


 平野が私の目の前でげんこつを握って見せる。


 私は反射的にスキル【幼女の願い】を発動する。目をうるうるさせてお願いごとをすると大抵のことは通ってしまう私のスキルだ。


「ゆきなおねーちゃん、かんちょーげんこつきらい……」

「くっ!」


 すかさず平野がスキル【見下し好感度UP】を私に向けてくる。抱っこされているポジション上、顔が近いこともあって見下し効果が薄い。


 ふふ。どうやら私の勝ちみたいだな。


 自分の不利を悟った平野が口角をグッと上げて、私に対する嫌味を口にする。


「こ、この……女風呂覗きのデバガメ艦長が……」


 ずきゅん!


 ずきゅんって何だよ!?


 だが私の胸は、平野に鞭で叩かれたい! なんならげんこつで小突かれるのもたまらん! という思いで満たされ……


 ……ってたまるか! 幼女おねだり返し!


「ひらのおねーちゃん、かんちょーわるいこだったの。もうはんせいしてるからそのことはいわないで」

 

 私は目に涙をためて鼻をぐずぐずさせ、平野の瞳をまっすぐに見つめ返した。


「ぐっ!? 何でしょう、私にやましい点は一切ないというのにこの罪悪感……。良いでしょう艦長、ならばこちらは……」


「ねぇねぇ! 二人で一体なんの勝負をしてるの!? ねぇねぇ! フワーデも交ぜて! 交ぜてよ!」


「「ハッ!」」


 フワーデのツッコミで我に返った私と平野は、フワーデ以外の全員から凍えるようなジト目を向けられていることに気が付いた。


「も、申し訳ない」


 私と平野を見るタヌァカ氏の顔が呆れたようになっている。


「はぁ。お二人を見ていると、どうも自分たちが深刻に悩んでいるのがバカらしくなりました」


 そう言って頭を掻くタヌァカ氏を見て、逆に私も何とかなりそうな気がしてきた。


 護衛艦フワデラには医療において十分な設備があり、優秀な乗組員クルーがいて、そして愛らしい艦長までいるのだ。


 女性二人のメンタルケアなどお茶の子さいさいだ!


 そう考えると気持ちが一気に楽になり、色々と思考が巡るようになってきた。


「草壁医官、二人の身体的な容態が回復するにはどれくらいかかる?」


「明日には歩けるまでにはなると思いますが、経過観察を含めて二週間は見て頂きたいですね」


「わかった。ではメンタル面での回復を見込んで二カ月は二人を本艦とリーコス村で預かることにしよう」


「「「二カ月!?」」」


 その場の全員が啞然として私を見た。




~ 護衛艦フワデラ 士官室 ~


「わたくしは大丈夫ですわよ! お父さま! フワデラの人たちはとっても親切で、料理もおいしくて! 何より楽しいことで一杯ですの!」


 士官室の大型モニタには、アシハブア国王が映し出されていた。国王は思っていたよりも若かった。


 一応おっさんはおっさんなのだが、顎に伸ばしている長い髭が似合うにはまだ貫禄不足。まだまだ年齢を重ねる必要があるようだ。


「スプリングス! 本当に娘は安全なのであろうな!」


 とはいえ、一国の頂点に立つ王であり、娘のことを心配する父の気迫には凄まじいものがある。スプリングス氏が一瞬たじろいだ後に王に答えを返した。


「はい陛下。この護衛艦フワデラは、魔族軍の強大なる魔獣を何度も撃退しております。おそらく王国において、いえ大陸においてここより安全な場所はありません」


「そうよお父さま! この船は20隻もの船団を一瞬で海の藻屑にして、わたくしを救ってくださったのですわ! お父さまもご覧になったでしょ? 」


 国王の前ではマーカスが膝まづき、王や側近たちは彼の掲げ持つタブレットに目が釘付けになっている。


 王女たちの救出後、王国との交渉を進めるためにマーカスを国王の元に派遣していた。もちろんマーカス一人では不安しかないので、南と坂上の両大尉を含む小隊を組んで同行させている。


 小隊の車両には戦闘ドローンのティンダロスとイタカを積んでいる。もし万が一の状況が発生した場合でも、我々の支援が着くまで持ちこたえることができるだろう。


 そもそも万一のときは山形砲雷長が一番喜ぶことをさせるつもりだが。


「そ、それはそうかもしれんが……」


 王が苦虫を嚙み潰したような表情になる。まぁ、立場上そんな顔にもなるだろうな。 


「お父さま! 私もこの船が無数のワイバーンを一瞬で射殺す様をこの目でみましたわ!」


「なんと!」

「なんとワイバーンを!」

「一体で船団を壊滅させると言われているあのワイバーンを!」


 王以上に、側近たちが思わず声を出して驚いていた。 


 ちなみに一応、念のため断っておくが妖異軍のワイバーンだから。たまたま航海中の商船を襲っているのを発見して撃ち落としただけだから。それに無数って言ってるけど4体だけだから!

 

 と私は心の中で叫んだ。


「王国は護衛艦フワデラと同盟を結ぶべきですわ! お父さま! この船の力なくして魔族軍を撃ち滅ぼすことはできません!」


「むぅ……」


「そのためにも、わたくし王国の大使としてしばらくこちらに滞在させていただこうと思いますの! 艦長からは既に承認を頂いておりますわ! あとはお父さまの了承だけですの! わたくしを特命全権大使に任じてくださいな!」


「むむぅ……。とりあえず艦長と話がしたい」


「わかりましたわ。それではかんちょ……タカツ大佐……」

 

 王女の紹介を受け、私はすくっと椅子から立ち上がって王に挨拶をする。


「帝国海軍ミサイル護衛艦フワデラの艦長タカツです」


 士官室では、すくっと胸を張って立ち上がる幼女の姿があった。


 一方、アシハブア王国でマーカスが掲げているタブレットには、白く深い髭を持った、いかにも歴戦を重ねてきた名将っぽい老人の姿が映し出されていた。


 そう。


 フワーデには映像にフィルタを掛けさせて、見た目も声も宇宙戦艦の初代艦長っぽい姿に加工しているのだ。


「ふむ。王国か……何もかもがみな懐かしい……」


「おぉ、タカツ殿は我が王国に縁があったのか! これは嬉しいことだ!」


「あぁ。かつて私を真っ赤なスカーフを振りながら見送ってくれたあの娘……今頃どうしているだろうか」


「おぉ、そんな思い出が! それなら王国を挙げてその御方をお探しさせていただこう」


 自分より年上で、王国でも倒すのが難しい魔物を易々と屠る力をもった船を指揮する歴戦の勇士。その老成した姿を見たアシハブア国王の目に尊敬の光が走るのが見えた。


 やっぱ人間の印象ってのは見た目が9割。声優ボイスを付けたら18割だな。


 王国との交渉は、当初の想定よりも遥かに大成功で終了した。


 王国は護衛艦フワデラを人類軍の同胞として迎えることとなり、マーカスとスプリングス氏は罰を下されるどころか、王女救出に多大な貢献をしたとして褒賞を受けることとなった。


 さらにスプリングス氏は、国王からスプリングス子爵家に勘当を解くよう口添えをしようという話も持ち上がった。


 スプリングス氏……実家から勘当されてたのか。


 ただスプリングス氏は「今は剣を捧げた主がいるので」という理由でそれを辞退した。


 彼が主とするタヌァカ氏が平民であることを知った王は、


「では、その者を騎士爵にしよう」


 というわけで、棚ぼたなのか不意打ちなのかわからないが、突然タヌァカ氏がアシハブア王国騎士に任じられた。


 その際、ピコンとひらめいたスプリングス氏の機転によって、グレイべア村とリーコス村を結ぶ土地がタヌカァ氏に与えられる。


 王国との交渉が大成功で終わると、士官室にいる私たちはグレイベア産の甘酒で祝杯を挙げた。


「あとはが回復するのを待つだけだな」


 そう。


 王女も女海賊も未だ病室で経過観察下にある。

 

 二人とも歩いたり食事したりできるまでには回復しているのだが、まだ心は此処にあらずといった状態だ。


 そう。


 王国との通信で話していた王女。あれはフワーデがリアルタイム生成したフェイク映像だった。


 会話している王も側近たちも気付かないほど、その声も見た目も本物と寸分たがわぬ映像だった。


 そして、その中の人は東雲ゆかり機関長。彼女がノリノリで王様の娘役を演じていたのである。

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