第88話 信賞必罰
護衛艦フワデラとグレイベア村の命運を左右する超重要会議は艦長室で行われた。
出席者は、私と平野副長、草壁医官、スプリングス氏と田中未希航海長(32歳独身)、タヌァカ夫妻、そして不破寺さんとフワーデだ。
私は平野に抱っこされた状態でデスクに着く。中を漂うフワーデを除く他の面々がテーブルを囲うように座っていた。
ふと私は超重要会議のメンバーが一人多いことに気が付いた。
「ん? 航海長を呼んだ覚えはないのだが?」
「スプリングスさんのサポートです!」
そう言って手を挙げる田中未希航海長(32歳独身)の目力が最大出力で私に向けられていた。
「そ、そうか、わ、わかった。ではスプリングス氏のサポートを頼む」
何のサポートをするのかさっぱり分からなかったが、異様な目力に押されて思わず許可を出してしまった。
「それではこれより会議を始める。議題は例のアレだ」
「アレですか」
「アレですね」
「アレですよね……くっ……私が王女を引き留めていれば……」
「スプリングスさん……」
「ステファンのせいじゃないよ。そもそも王族の我儘なんだから」
「シンイチ様のおっしゃる通りですよ」
「アレですねん……」
「アレってナニ? ねぇタカツ! アレってナニ?」
「「「「「「「「ハァ……」」」」」」」」
フワーデを除く全員が一斉にため息を吐いた。
「えっ!? えっ!?」
フワーデだけが状況を理解できずにワタワタしている。
「フワーデちゃん、皆が悩んでいるのは人質だった二人の頭がツルツルしちゃってることについてですよん」
「あー! なるほど! あの禿……」
「そぉぉぉぉい!」
フワーデが放送禁止用語……ではないが、一国の王女とセクシー担当のハリウッド女優クラスの美人海賊に対して決して使うべきではない単語を発しようとするのを、私は全身全霊で声を被せて阻止した。
「タカツ!? 頭大丈夫!?」
この話題のセンシティブさがわかっていないフワーデにとっては、突然私が奇声を上げたように見えたのだろう。
「私の頭は大丈夫だが、とりあえずお前は発言を求められるまで口を開くな!」
「ブーッ! ひっどーい!」
「フワーデちゃん、とりあえず皆さんの話に耳を傾けて欲しいのですよん」
「うー。シンクローがそういうならそうする」
とりあえずフワーデを抑えることができたようなので、改めて私は皆に語り掛ける。
「草壁医官によると、とりあえず王女とフェルミ船長は身体的には暴行を受けた形跡はないようだ。とはいえ衛生上において酷い環境下で長時間人質として扱われていたため、かなり疲弊している」
そう言って私が草壁医官に視線を向けると、彼が説明を継いだ。
「二人の頭部には魔物が吸着させられていました。人質の精神を摩耗させて扱いやすくするための処置だったようですが……」
「わたしが考えなしに殺してしまいましたん……」
そういって俯く不破寺さんに草壁医官がフォローを入れる。
「不破寺さんの行動は問題ありませんよ。まぁ、無理やりはがしたので小さな傷はありました。でも魔物の器官が体内に残るようなことはなかったようですし、むしろ早目に夢魔を取り除くことができてよかったと言えるかもしれません」
「そ、そうですかん……」
不破寺さんがほっと溜息を吐くのを見ながら、今度は私が話しを継いだ。
「というわけで、身体的には恐らく問題はない。アレ……以外は。なので問題は彼女たちのメンタルケアということになる」
「あの……」
タヌァカ氏が恐る恐る手を上げたので、私は彼に発言するように促した。
「えっと、とりあえず身体が無事ということであれば、そのまま王国へ送り届ければよいのでは?」
だよなぁ。
「メンタルケアは大事だと思いますが、そもそもの原因は王女自身の我儘ですし……そこまでこちらが責任を負う必要はないかと……」
あぁ、タヌァカ氏はスプリングスさんのことを守ろうとしているのか。今では家族みたいなものだと、どちらも言っていたからな。
そんなタヌァカ氏の思いやりを完全に無視して平野副長が発言する。
「しかし王国は、第三王女が頭がおかしくなった上に、後頭部がハゲてしまったことについて誰かに責任を問うのでは?」
平野ぉぉぉ! 空気と言葉に気を遣えよぉぉ!
「そ、それは妖異軍が……」
平野女王の圧にビクっと怯えるタヌァカ氏を守るようにして、幼女のライラさんが両手を広げてタヌァカ氏の前に立つ。
「あっ、いえ、ライラさん、別にタヌァカ氏を責めているわけではありません。ただ、組織と言うのは信賞必罰。それが建前であれ、事が起れば誰かが責任を負うのです。そして褒賞は上に、罰は下に押し付けられるのが世の現実。この世界では違うのでしょうか?」
「違いません。恐らく今回の件では誰かが詰め腹を切らされるでしょう」
タヌァカ氏が答える前にスプリングス氏が答えた。平野はスプリングス氏に顔を向けて話を続ける。
「では、今回の件では誰が責任を取らされますか?」
「恐らく私とマーカスでしょうね」
スプリングス氏が辛そうに答えるのを、隣の田中未希航海長(32歳独身)が彼の手をとってそっと寄り添う。
私のラブ波検知アホ毛センサーがピンと立った。二人の関係が面白いことになってる予感にワクワクしかけたが、今は全力でスルーする。
「はい! そこまで!」
私はパンっと手を叩いて発言権を取り戻す。
「そもそも今回の捜索の最初の目標がそれだ! 下手を打つと王国は責任を押し付けてくるが、上手くやれば逆に王国に恩を売れる。王女は無事だった。少なくとも身体的に問題は……アレ以外にない。つまりメンタルケアとアレを何とかできれば私達の勝利だ! だからここでは勝利する方法を議論しよう」
その場にいる全員が頷いて同意してくれた。
「身体的なケアについては草壁医官、メンタルについては乗組員の中に臨床心理士の資格を持つ
その場にいる全員が再び頷いて同意してくれた。
「では問題は……」
「後頭部のハゲだね!」
「そぉぉぉぉぃ!」
今回はフワーデの発言に被せることができなかった。
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