第87話 魔将軍の後始末

「くっ! これは……手遅れだったのか……」


 南大尉が、悔しそうに顔を歪めながら拳を強く握る。


「くっ! 王女様……私があの時にお引止めしてさえいれば……」


 ステファン・スプリングス氏は、膝を屈して座り込み、拳で床を打ち付けていた。


「いやいやいやいや! ちょちょちょ待てよ!ちょ、待ってよ! なに諦めてんの!?」


 顔を青ざめさせた二人に、私は抗議の声を挙げる。


「しかし、艦長。いくらなんでも、これでお二人が無事とは思えません」


 いつもはクールな平野副長の声まで、若干震えていた。


「艦長さん、この二人どうしますかん?」


 両の小脇に二人の女性を抱えた不破寺さんが、そんなことを尋ねて来た。


 手足を縛られ、猿ぐつわをかまされた二人の女性は、唸り声を上げながら暴れるが不破寺さんは微動だにしない。


「どうしよう……」


「ま、まずは草壁医官に見せるべきでしょう」


「そ、そうだな……急いで草壁を呼んできてくれ!」


 途方に暮れる私に、平野副長がナイスフォローをしてくれた。草壁医官によって鎮静剤を打たれた二人はそのまま夢の世界に落ち、私もようやく一連の状況について落ち着いて考えることができるようになった……


 ……と思ったら不破寺さんがトンデモないものを出してきた。


「あっ、艦長さん! 草壁さん! そう言えば、あの二人の頭にこの蟹さんがくっついてましたん」


 そう言って不破寺さんが差し出した袋の中にはカブトガニのようなものの遺骸が2つ入っていた。


「うげ! なんじゃこりゃ」


「ごめんなさいですん。見た瞬間に殺しちゃったですん。お二人に悪い影響がでなければと心配ですん……」


「どうしてこんなことに……」


 思わず私は天を仰いだ。


 私は冷静になるため、王女と女海賊のことは草壁医務官に任せて艦橋に戻った。


 平野副長に抱っこしてもらって、艦橋から外の海を眺めれてみれば、そこには燃え盛る船や沈みつつある船が数隻と、さらに多くの船の残骸が見える。


 船が沈むのを見守るかのように4匹のワイバーンが上空を旋回していた。


「どうしてこんなことに……」


 ヒトサンマルマル。人魚たちの報告で、王女を乗せた海賊船が最後に目撃された場所に急行した我々は、そこに20隻の船団を確認。


 ヒトサンイチマル。飛行ドローンを使った偵察で、その船団が魔族を乗せているのを発見。ステファン氏と航海長によって、船首旗が妖異軍のものであることを確認した。


 ヒトサンフタマル。ステファン氏からマーカス子爵代理としての要請を受け、アシハブア王国マーカス領に侵入する妖異軍との戦闘を開始。


 ヒトサンフタナナ。「主砲とCIWSと魚雷とVLS全部載せで全部灰燼に還しましょう」と、ノリノリの山形砲雷科長を押さえる。「人質が確保できるまでは、単装砲で各艦の航行機能を停止させる」までにとどめるよう指示。


 ヒトサンヨンマル。思ったよりかなり脆かった船団の船が炎上する中、敵旗艦上空に到着したヘリから不破寺さんが降下、人質二人を確保。


 人質の近くにいた指揮官らしきものとその他の魔族たちは、不破寺さんの太刀によって文字通り二分されていた。


 その様子を映像で見ていたときは、鬼気迫る姿に恐ろしいものを感じたが、不破寺さんが人質を連れ帰ったときに、そうなってしまった理由が分かった。


 私でも、あの場で人質の二人の惨状を見てしまっていれば、その場にいる魔族をハチの巣にしていたかもしれない。それほど二人の様子は酷いものだった。


 ヒトヨンゴーゴー。主砲で旗艦を撃沈。海に入った者や小舟に移った者はそのままにさせていたが、彼らは人魚族たちの手によって殺されていった。後に聞いたところによると、人魚族は妖異軍に対して相当の恨みがあるらしい。


 そして人質二人を乗せたヘリが護衛艦フワデラへと戻ってきた。


 ……ということがあったのだ。


 艦橋からは、燃え盛る最後の船が海中へと消えていくのが見えた。


 私はため息交じりにつぶやいた。


「それにしても……指揮官まで死んでしまったか……」


「彼らの目的もよくわからないままになってしまいましたね」


 平野副長が、何度もぽんぽんと私を抱え上げなおしながらつぶやく。


 無意識にやってる感じだ。


(はぁぁ、ぽんぽんしてもらうと落ち着くうぅ……) 


 その後、草壁医官から、二人の健康チェックが終了したとの連絡を受け、報告を聞くために私たちは医務室へ向かった。


 医務室にはタヌァカ氏とライラさんの姿があった。もし二人が危篤状態に陥ったときに、タヌァカ氏に幼女化するために草壁医官に呼ばれたようだ。


 そしてタヌァカ氏を呼んだ草壁の判断は正しかった。タヌァカ氏は人質二人の頭にくっついていたものを知っていたのだ。


「これは夢魔ですね。魔族が使うのを見たことがあります。人間の頭に張り付いて妄想を見せ、血と魔力を吸う魔物です。精神的な拷問や、逆に精神病の治療とかで使われることもあるみたいです」


 タヌァカ氏の説明を草壁が引き継いだ。


「タヌァカ氏の話とフワーデの図鑑の情報からの推測になりますが、この夢魔は恐らく二人の人質を大人しくさせておくために使われたのではないかと。夢魔による身体的外傷はアレを除いて他にはなさそうです」


 そう言って草壁務官は、ベッドでスヤスヤと眠っている二人に目を向ける。私もそれにつられて二人に目を向けた。


「そうか、アレ以外は大丈夫だということか?」


「はい。身体検査を行いましたが、アレ以外に、彼女たちが暴行を受けた形跡は見つかりませんでした。アレだけです」


 私は改めて二人の顔を観察した。ここに到着したときに付着していた血や汚れは、綺麗に落とされていた。顔色は青ざめたままで、まだ病人のようではあるものの、その寝顔は安らかなものだった。


「後は精神的な影響か。フワデラに着いたときには、恐ろしい絶叫を上げていたらしいが……」


 私の疑問に、タヌァカ氏が答えてくれた。


「えっと、強引に夢魔を引きはがすと、大抵の人は狂ったように絶叫するらしいです」


「そうなの?」


「急に夢魔が引きはがされると、妄想の世界から突然に現実に戻されるので、かなり強いショックを受けるとか」


「そ、その後はどうなる?」


「しばらくすると落ち着くと思います。ただ、しばらくといっても具体的にどれくらいになるかわかりませんけど」


 私はタヌァカ氏の示してくれた希望と、自分の願望に飛びついた。


「ということは、時間さえあれば二人は元通りに!? 元の状態は知らんけど!」


「そ、そうかもしれません」


 タヌァカ氏の曖昧な返事に私が顔を輝かせたところで、草壁医官が触れたくない話題を突いてきた。


「問題はアレだけです。艦長」


 私はたちまち現実へと引き戻された。


「アレか……」

「アレです」


 人質の二人が、シンクロするかのようにタイミングを合わせて寝返りをうつ。


 私と草壁の視線は、二人の後頭部に注がれた。


 夢魔が取り着いていた二人の後頭部に。


 まるで、帝国歴史教科書に掲載されているフランシスコ・ザビエルのような、


 二人の後頭部にあるツルツルした領域に、


 私たちの視線は釘付けとなった。


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