第92話 艦長死す!

「どうしてハゲのことがフェルミにバレたんだ!?」


 驚愕する私の声を聞いて艦橋にいる全員の視線が集まる。


「これで作戦は失敗なのか!? すべてが終わってしまうのか! 王国どころか人類軍の同盟諸国からも敵認定されて一生追われることになるのかぁぁ」


 いらぬ妄想が膨らんで頭を抱えているところに、大柄な人物が艦橋に入ってきた。


「そんなことにはならんから落ち着け! ちびっこ艦長!」


 私に向って大声で語り掛けて来たのは女海賊のフェルミだった。


「安心しな! あの王女様は自分の頭のことを何も知っちゃいないよ」


「お、おま、フェルミ……船長か?」


 私はフェルミ船長の突然の登場に驚いた。


 なにより驚かされたのは――


「その頭……」


「あ~っ、これか? 切っちまったぜ。この方がサッパリしていいからな」


 女海賊フェルミは、長かった赤髪をバッサリと切り捨て、見事な丸刈りとなっていた。


 美人度に貢献していた豊かな髪をこうも簡単に捨てられるものだろうか。女でなくとも、それがとんでもない決断であることは容易に想像がつく。


 まぁ、今は幼女だけど。というか幼女だからこそフェルミの変化に衝撃を受けているのだろう。


「そんなに驚くことか? ここの乗組員にも何人か丸刈りの女を見かけたんだがな」


 そう言って頭を掻くフェルミは、昨晩までの印象と全く違うものとなっていた。しかもその変化は『バタ臭い美人』から『イケメン姉貴』と次元の違うものだ。


「なんか身体が軽くなったつーか。気分もスッキリしていい感じだぜ」


 ニカッと笑うフェルミの笑顔が眩しい。丸坊主になったフェルミは好印象で、以前よりも親しみ易いように私は感じた。


 黒く短いタンクトップから漏れ出る下乳が相変わらず目を引くが、それが『エロい』から『セクシー』に変化を遂げている。


 フェルミ姉貴なら頼めば、気っ風きっぷよくおっぱいを揉ませてくれる気がする。たぶん揉ませてもらえるに違いない。


「んっ? アタシのおっぱいが揉みたいのか? 揉ませてやろうか?」


 なっ、フェルミ船長!? 私の心を読んだ!?


 驚く私に向って平野副長が冷たく言葉を放つ。


「艦長……思ったことが口に出てます」


「おっふ」


 このままセクハラ訴訟へと発展する前に、私はフェルミ船長から詳しく事情を聞くことにした。


 妖異軍より王女と女海賊を救出してから7日目。


 完全に意識が戻ったフェルミ船長は、頭部の怪我が完治するまで勝手に包帯は取らないように!と強く言われていたにも関わらず、その日のうちに包帯を外していた。


 皆の会話から大体の事情を察したフェルミ船長は、昨晩バッサリと丸刈りにしたのだという。


 彼女曰く。もし王女がハゲに気が付いてしまったとき、その傍らに丸坊主でニコニコ笑ってる自分がいれば、多少なりともショックを和らげることができると考えたそうだ。


 フェルミ船長は超イケメンだった。




~ 植毛ボックス ~


 イケメン女船長フェルミの協力もあって、王女のメンタル毛ア作戦は順調に進んで行った。


 植毛ボックスは、リラックスチェアとべニア板で作った大型ボックスを組み合わせた王女専用の治療ポットだ。


 リラックスチェアに座ると後頭部がボックス内部に収まるようになっている。ボックス内には植毛スタッフが待機しており、そこで息を潜めつつひたすら植毛作業を行うのだ。


 王女には頭部の怪我を治療するので動かないように伝えているので、治療の間は大人しく座っていることになる。


 だが、さすがは王族と言ったところか、一日4時間×2回を王女は静かに座って過ごしていた。


 ただ彼女が退屈することがないように携帯ゲームを渡したのは正解だったようで、治療の間、ずっと王女は乙女ゲーム(翻訳:フワーデ)に夢中になっていた。


「ねぇ! ミキ! 皇子から『ふっ。面白れー女だぜ』って言われましたわ! どうしてでしょう何故かしら? 面白いなんて失礼なことを言われたのに、わたくし胸の辺りがキュッてなりましたわ! これは何? どういうことなの?」


「王女様、それが『萌え』でございます」


「モエ?」


「正確な発音は『萌へぇぇえ』でございます」


 と言いながらアヘ顔をする田中未希航海長(32歳独身)とゲーム内の二次元皇子攻略に夢中になっている第三王女を、私は生暖かい目で見ていた。


 王女の会話相手を務める田中のアヘ顔に、彼女の将来が不安になってきたが今は考えまい。後でアヘ顔はやり過ぎでは?と聞いたら、王女の意識をゲームに向けさせるために必死だったそうだ。


 その言い訳がスプリングス氏に理解してもらえれたらいいな、と一応は神様に祈っておく。 

 

 それよりなにより、王女の治療を視察していた私の胸を打ったのは、汗だくで作業する植毛スタッフたちの姿だった。


「平野……。植毛スタッフには士官食堂で好きなだけ飲み食いさせてやってくれ。費用は全て私が持つ」


「わかりました」


 このメンタル毛ア作戦で一番過酷だったのは、彼ら植毛スタッフだろう。


 狭いボックス空間で息を殺しての精密作業は一人当たり20分が限界。交代時は、控えの接待役が王女の気を引いている間に、ボックス内のスタッフが入れ替わる。


 後の報告書では、この作戦で植毛スタッフは平均5kgの体重減と記されていた。




~ 外交使節団 ~


 全乗組員が一丸となった努力の結果、無事に王女のハゲのカモフラージュが完了した。

 

「これなら外交使節団をリーコス村で足止めしなくても大丈夫だな」


 リーコス村の広場では、幼女用にしつらえ直した儀礼服を着用した私と平野副長、スプリングス氏、そしてリーコス村の人々と共に使節団を出迎えるべく待機していた。


 20騎の王国騎士団が守る豪勢な馬車が広場前に停止すると、それに続く数台の馬車からぞろぞろと執事やメイドらしき人々が降りてきた。


 彼らが豪勢な馬車から我々が待っている広場中央までレッドカーペットを敷くと、馬車から4人の使節団が降り立った。


「アシハブア王国使節団の皆様、リーコス村へようこそ」


 私はレッドカーペットを歩いてきた4人を出迎えた。


 しかし、4人は私のことを無視してキョロキョロするばかりだ。そのうちの一人が私の背後に立つスプリングス氏の存在に気が付いて声を掛ける。


「スプリングス氏、艦長はどちらかな? リーコス村でご挨拶できると伺っていたのだが?」


「は?」


 スプリングス氏の頭にクエスチョンマークが浮かぶのが見えるようだった。彼が艦長は目の前にいると伝えるより先に、使節団の男が口を開いた。


「あの白髪を湛えた歴戦の勇士に直接ご挨拶できることを心待ちにしていたのだが。こちらに居られないというのは、何か大事がございましたか?」


「「アッ!?」」


 その場にいる護衛艦フワデラ関係者全員の顔が真っ青になる。


 そうだった!


 王国の人間は、フワーデが作ったフェイク映像の艦長を艦長だと思っている!

 

 つまり彼らは護衛艦フワデラの艦長というのは、老成した白髭の宇宙戦艦初代艦長みたいな艦長だと思っているのだ!


 マズイ!

 

 だってフェイクなんだもの!


「かかかか、艦長? 艦長、艦長は……」


 ようやく使節団の四人が、目の前でアワアワする私に気が付いて視線を向ける。


「艦長はどちらに?」


 彼らの質問に私は必死で知恵を振り絞って答えた。


「艦長は……」


「艦長は?」


「艦長は死にました!」


「「「「ええええっ!?」」」」 


 平野副長が額に手を当てて天を仰いだ。



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