第93話 プランE
「な、なんと! フワデラの艦長がご逝去されていたとは……」
アシハブア王国から訪れた使節団の言葉を受けて、同行していた騎士団にまで動揺が広がる。馬にまで動揺が伝わったのか、暴れる馬を抑えなければならなくなった騎士もいた。
やってしまった。
王女のハゲ対策のことで頭が一杯で、使節団のことはタイムリミットを告げる連中くらいにしか考えていなかった。
「一体、艦長殿の身にどのようなことがあったのでしょうか……」
使節団の中で一番年を食っている白髭の老人が平野副長に向って問いかける。
どう答えればいいのかと困惑する平野副長の様子を見て、この場に居合わせていたヴィルミアーシェさんがフォローに入ってくれた。
「リーコス村の村長ヴィルミアーシェと申します。閣下、風も強くなってまいりましたので、まずは司令部にご案内させていただきたいと存じます。宴席も用意しておりますので、まず」
恐らく、まずはそちらに……とヴィルミアーシェさんが続けようとしたところに、使節団の一人が怒号を発した。
「黙れ! ドルネア公の話に割り入るなど無礼にもほどがあろう! 控えろ亜人風情が!!」
ヴィルミアーシェさんを威圧して、私たちのこめかみに血管を浮き上がらせたのは使節団の若者その1だった。
「し、失礼いたしました」
ヴィルミアーシェさんが一礼をしてすっと後ろへ下がる。
てんめぇ! 私のヴィルミアーシェさんに何てことしやがる! ヴィルミアーシェさんの耳がシュンってヘタれちまってるじゃねーか!
この野郎、山形に撃たせるぞゴルァ!
亜人風情たぁよくも抜かしやがったな!
……という思いを抑えるあまり、私のこめかみは出血直前になる。
お前ら喧嘩売りにきたのか!?
山形に砲撃させるぞゴルァ!
ミサイル全部弾着させっぞゴルァ!
……だんだんと怒りを隠しきれなくなってきた私を見て、スプリングス氏が慌てて使節の前に進み出る。
「失礼致しましたドルネア公爵閣下。何分、我々も艦長を失ってまだ日が浅く、動揺しております故、対応に無礼があったことにつきましては何卒ご容赦ください」
ドルネア公が顎に伸ばした白髭を撫で、大仰にうなずいて応える。
「それは仕方ないであろうな。ふむ。まずは場所を移して詳しいお話を伺うとしよう」
そう言ってドルネア公が振り返り、他の3人の使節に目で合図を送る。先の若者その1と他二人はそれに頷くが、その瞳には剣呑な光が走っていた。
んー? どうも村人に向ける視線に悪意を感じる。
そう思って使節団一行を観察してみると、どうも村人に対して距離を取ろうとしているかのような、ハッキリとは言えないが違和感を感じる。
少なくともヴィルミアーシェさんを威圧したクソガキは、間違いなく人間至上主義者なのだろう。
村人を睨みつける視線に宿る敵意を、少しも隠そうとしていない。
それにしても、外交官というのは、例え親の仇と交渉することになっても、それが国益に叶うのであれば熱愛中の恋人であるかのように振る舞うものじゃないの?
それがいきなりの喧嘩腰って……アシハブア王国は我々を敵に回したいということなんだろうか。
いやまて……。
そう言えば帝国では、外交官という連中は国の金を使って女装下着パーティで乱痴気騒動しつつ、高級ワインを楽しむのが仕事だと思ってるって、同期のあいつが言ってたな。
こいつらもそういった私利私欲の輩なのか。
こちらとしては彼らがいくら私利私欲に走ろうと一向にかまわんが、ヴィルミアーシェさんへの非礼やリーコス村の住人に向ける視線が気にくわん。
いずれにせよ、こいつらに対する待遇は……
平野副長が使節団に向って進み出ようとするのを私は手で制止する。平野の静かな怒りはその表情から十分に感じ取ることができた。彼女に手を上げさせるわけにはいかない。
私はインカムに手を当てて全員に指示を出した。
「プランEで行く」
ブロロロォン! ブロロロォン! ブロロロォン!
エンジンを大袈裟に吹かして3台の73式小型トラックが広場に入ってきた。
私は使節団に声を掛ける。
「使節団の皆様は、こちらで司令部までお送りしますのでご搭乗ください!」
「あ、あれは王都に来ていた鉄の馬車! まだ他にもあったとは……」
驚きのあまり硬直する使節団と護衛騎士団の頭上に、SH-60L哨戒ヘリが飛来する。
ババババババババババババッ!
大きな音と風に馬が驚き、何頭かが騎士を振り落として森の中へと消えて行った。
思わずニヤリと口角があがるのをわざと使節団その1に見せてから、私は彼らの背後に控えている侍女たちに声を掛ける。
「王女様御付きの侍女の方! サリナさんという方はいらっしゃいますか?」
「へっ!? は、はい! 私です!」
手を挙げたメイドさんに私が目を向けると、他の付き人たちが困惑する彼女をこちらに向って押し出してきた。
「先に王女様のところへご案内いたします。どうぞこちらへ!」
私はサリナさんの手を取り、ヘリから降りて来た
「ほへぇ!? へっ? ふえぇぇぇぇ!」
わけがわからず涙目になっているメイドのサリナさんがそのままヘリで連れ去られて行く。
その間、使節団の面々は目を逸らして見ぬ振りを決め込んでいた。
「騎士団と付き人の皆様も司令部まで先導致しますので、アレに従ってください」
そう言って私は道路に置かれている黒い箱を指差した。
ガシャン! ガシャン! ガシャン! ガシャン! ガシャン! ガシャン! ガシャン!
それをドローンと知らないものには、ただの黒い箱としか見えていなかったであろうティンダロスが、突然起動して四本足で立ち上がる。
「「「うわぁぁぁぁぁぁ!」」」
大混乱が起こった。
「艦長……やり過ぎです」
平野の顔が青くなっていた。
それには全く同意するが、私としては彼らがヴィルミアーシェさんに土下座して謝罪するまで容赦するつもりはない。
「使節団の方々をお連れしろ! くれぐれも無礼のないようにな!」
私は大声を張り上げて、73式小型トラックを運転しているヴィルフォアッシュとヴィルミカーラに声を掛ける。
二台それぞれの後部座席では、使節の連中が身を小さくして座っていた。
私と平野副長、そしてスプリングス氏が最後のトラックに搭乗して司令部……ヴィルミアーシェ村長宅に向かう。
私の隣で平野副長がため息を漏らす。
「はぁ……また大人げないことを……」
それはそうだろう! だって私は幼女だからな!
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