第202話 帰路
護衛艦フワデラは大海原を航行していた。
晴朗にして波静かな大海原を、我々は南東に向って進んでいる。
艦橋では、いつものようにヴィルミカーラが私を抱きかかえ、ステファン副長が桜井船務長から、艦内任務についてのアドバイスを受け、そんな新郎の姿を田中未希航海長(新妻)がうっとりと眺めていた。
ヴィルミカーラの髪の毛を弄って遊んでいる私の前に、ホログラム・フワーデが姿を表す。
「それにしてもタカツ、もうトゥカラークの調査はしなくて良いの?」
「我々の目的は悪魔勇者だからな。あの大陸にいないのであれば、滞在する理由もない」
「そうなんだ。ちょっと残念。あの女の子たちともせっかく仲良くなれたのになぁ」
ちなみに、我々が救出した三人娘は、夜明けと共にSH-60L哨戒ヘリを飛ばし、金星都市カンドリカンの南区城門まで送り届けた。
轟音と共に空から飛来する飛行体に、街の人間や衛兵が大騒ぎになったらしい。まぁ、二度とっ来ることもないだろうから、そのまま放置でいいだろう。
「大天使さん、私たちが銀の巨人さんと、また会えるって言ってたね」
ツォルゼルキンは、我々が銀の巨人と二体のダゴンと遭遇していたことを知っていた。破壊された黒の碑は、ツォルゼルキンが管理していたものらしい。
それならば、あの銀の巨人は敵なのかと尋ねたら、ツォルゼルキンは笑って答えた。
「然り。何に対する敵かと言えば、それは悪魔勇者のということである。我らにとって今は好ましからずとも、あの者たちこそ、汝らと共に世界を救うものとなるのである」
このときのツォルゼルキンの言葉に、
「仲間になってくれるというのなら、この嫌味な歯車天使よりも、あの礼儀正しい銀の巨人の方が断然いいな!」
と思った。
「然り。そう我を嫌うものではないのである。この後、ちゃんと艦長のチャンネル登録しておくのである」
なんだよツォルゼルキン! すごくいい奴じゃないか!
こうして私は、大天使ツォルゼルキン様の言葉を信じ、トゥカラーク大陸を去る決断をしたのだ。
「トゥカラーク大陸に悪魔勇者がいないとなれば、悪魔勇者は古大陸で確定ということになる。そうなると平野たちが心配だな」
「だね……」
護衛艦ヴィルミアーシェとの唯一の連絡手段は、ネットスーパーによる買い物である。同じお客様IDによる買い物履歴を使って行う暗号通信だ。
護衛艦ヴィルミアーシェは、ずっとプレーン味100本。
これは「特に問題なし」という意味なので、取り立てて問題は発生していないということになる。
「もぐもぐ……とはいえ、悪魔勇者がいる大陸だ。いつ戦いが起こるとも限らん、もぐもぐ……急いでリーコス村に戻ろう」
私の言葉に、ステファン副長が、割り当てのイケテル棒プレーン味を取り出しながら、同意を示した。
「そうですね、もぐもぐ……何かあったら、古大陸に直接向かう必要があるかもぐもぐ……しれません。もぐもぐ」
私は、遠くに見える水平線に目を向けながら、もぐもぐ……平野たちの安全を心から祈念……もぐもぐ……していた。
護衛艦ヴィルミアーシェに知らせるために、我々の方でもイケテル棒プレーン味を毎日100本購入している。事前の取り決めで、配送先はフワデラと決められているので毎日200本のイケテル棒プレーン味が届くことになる。
食堂で「ご自由にお取りください」という張り紙と共に置いていたプレーン味ボックス。最初のうちは、あっと言う間に無くなっていたものだが、一週間もすると消費量が減り始め、今ではほとんどハケなくなってしまった。
悪魔勇者セイジューを倒した際のEONポイントバブルのせいで、現在、乗組員たちは自分たちの好きなスナック類を米帝並みに消費している。
そのため「食べていいですよ」とお菓子が置かれていても、なかなか手を付ける者がいないのが現状である。
「ヴィルミカーラ、お前のノルマは10本だよな! ちゃんと数えてるから誤魔化すんじゃないぞ!」
「か、艦長はき、昨日8本しかた、食べてなかったか、からきょ、今日は12本だ、だよ!」
「ちっ! 数えていたのか……」
田中未希航海長(既婚)が、もぐもぐしながら、
「最初は美味しいのですが、さすが同じ味というのが、もぐもぐ……他の味を途中に挟めたらいいんですけど……もぐもぐ」
と言うのを聞いた桜井船務長が、
「もぐもぐ……それだと暗号がおかしくなってしまいますので、もぐもぐ……」
などと言い、艦橋内ではしばらくの間「もぐもぐ」が飛び交うことになった。
~ もぐもぐタイム終了 ~
私はヴィルミカーラにハンカチで口元を拭ってもらうと、艦内放送のマイクを取った。
「達する。トゥカラーク大陸に悪魔勇者が存在しないことが確認された。これにより悪魔勇者は、護衛艦ヴィルミ―シェが向かったゴンドワルナ大陸にいることが確定した。護衛艦フワデラは、急ぎリーコス村へ戻る。もし途中、護衛艦ヴィルミアーシェとの通信が確立し、彼らから要請があればリーコス村には戻らず、そのまま救援に向かうものとする。以上、厳に告げる」
マイクを置くと、私の前にホログラム・フワーデが現れた。
「それじゃタカツ! 全速力でリーコス村に走るよ!」
そう言って、フワーデは空中で走る動作を始める。
「あぁ、頼んだぞ! では進路そのまま、両舷前進強速!」
桜井船務長に目を向けると彼が号令を上げた。
「進路そのままー両舷前進強速!」
高まるエンジン音と共に、護衛艦フワデラは速度を上げ、
晴れ渡る異世界の大海原を進む。
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ここまでお読みいただきありがとうございました。
次回から、しばらく護衛艦ヴィルミアーシェに視点が移ります。
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