ゴンドワルナ大陸

第203話 遭遇

~ ゴンドワルナ大陸 サマワール帝国沖 ~


「平野艦長、水測より巨大な潜水体の発見報告!」


 護衛艦ヴィルミアーシェの戦闘指揮所CICに立ちながら平野幸奈は、その報告を聞いて柳眉を寄せる。


「詳しく状況を説明して!」


「了! 当該潜水体は、艦首方位右3度、距離8キロメートル! こちらに向って移動しているようです」


 平野は背中に冷たい汗が流れるのを感じた。


「潜水体が生物かどうかわかる? サイズは?」


「まだ特定できておりません。現在、分析中です」


 実のところ、こちらに向ってきているという時点で、平野は潜水体が敵であると判断していた。


 脳裡に、かつてリーコス沖で遭遇した巨大妖異の姿が浮ぶ。 


「ドローンを飛ばして撮影させて! ドローンオペレーターは耐妖異装備を!警戒を厳に! 危険を感じたらドローンは放棄して構わない!」

「了!」


「対妖異戦闘準備!」


 平野の命令を受け、CIC指揮官を務めている橋本裕二船務長が声を張り上げる。


「対妖異戦闘準備よぉおい! 総員、フワーデゴーグルを着用せよ!」


 橋本の号令で、平野を始め戦闘指揮所CICにいる全員がフワーデゴーグルを装着した。


 フワーデゴーグルは、妖異の姿を見たり、声を聴いたりすることによる精神攻撃や精神汚染を防ぐための装備だ。以前は、ヘルメットタイプであったが、その後改良されて、現在のゴーグルタイプになっている。


 ゴーグルを装着すると、耳元で小さくフワーデソングが流れ始める。これはフワーデ・キャンセラーという、妖異から発せられる悪い音波を打ち消す効果があるとされているのだが、平野はあまり信じていない。


 とはいえ、あえて効果の有無を試すつもりもなかった。


 海獣が6キロメートルまで迫ったとき、CICのモニターにドローンが撮影した未確認潜水体が映し出される。


「「「!?」」」


 その映像を見て戦闘指揮所CICにいる全員が言葉を失った。


 それは巨大なクジラのような姿をした水棲生物であった。


 護衛艦ヴィルミアーシェより大きい。目測だがその全長は200メートルを超えているかもしれない。


「海獣レヴィアタン……」

 

 映像を見た誰かのつぶやきが、平野の耳に入って来た。


 海獣の全身は暗い緑の鱗で覆われており、その頭部は人間に似ていた。顔の下には、長いひげの様にも見える無数の触手が蠢いていた。


 確かに神話の怪物そのものだ。


 この妖異の名は「ユルガン」。実はリーコス村の沖合にまでやってきたことがあり、そのときにはフワーデがこの妖異を感知していた。


 プッ、プッ、ププッ、プッ……。


 海獣が3キロメートルまで迫ったときから、フワーデゴーグルに雑音が入ってくるようになった。恐らく妖異から発せられているものによる影響だろう。


 平野が隣で控えている鬼の娘に声をかける。


「不破寺さん! 万が一のときは、ここにいる全員を殴って起こしてください」

 

「わかりましたん!」

  

 鬼人である彼女は【超魔法耐性】というパッシブスキルを有しており、妖異による精神影響を全く受けることがない。

 

 過去の妖異戦では、巨大妖異の姿をモニタ越しにみた者たちが気を失ったことがある。いくらフワーデゴーグルがあるとはいえ、同じような状況が発生する可能性は十分にある。


 この鬼娘は、そうした際に全員を起こす役割を担なっていた。この航海中、不破寺は平野の護衛として常に傍らに立っている。

 

 本人たちに自覚はないが、それぞれが巨乳の持ち主である二人が一緒に歩く姿は、護衛艦ヴィルミアーシェの男性乗組員たちに大いなる癒しオカズを提供しているとかなんとか。


「潜水体、速度5ノットで接近中!」


 オペレーターの報告に、平野は即決断を下す。


「アスロック発射準備! 8発全て叩き込んで!」

「アスロック発射準備! 目標、潜水体!」


 CICのモニターには、醜い人の顔をした海獣の姿が映し出されていた。


 準備完了の報告を受けた平野は、直ちに発射命令を下した。


「アスロック発射!」


 側面のモニターに、アスロックがランチャーから次々と発射される様子が映し出される。


 8発のアスロックは空中を飛び、そしてパラシュートを開いて海中へと落下していく。


「アスロック、目標補足運動に入りました」


 オペレーターの報告から、しばらく後、


 ドドーン! ドドーン! ドドーン! ドドーン!

 ドドーン! ドドーン! ドドーン! ドドーン!


 数キロ先の海面に巨大な水柱が立ち昇った。


「全て命中! 目標が動きを停止しました」


 ドローンが音声を拾える位置にまで近づく。


 ズザァァァァァア!


 大きな音を立てて、巨大な海獣の上半身が海上に浮かび上がった。爆発によって、その身体の大部分は破壊されていたものの、この怪物はまだ生きていた。


 間髪おかず、平野が次の攻撃命令を下す。


「主砲発射!」

「了!」


 ドンッ! ドドーン!

 ドンッ! ドドーン!

 ドンッ! ドドーン!

 ドンッ! ドドーン!

 

 護衛艦ヴィルミアーシェの主砲が砲弾を海獣に次々と叩き込んでいく。


 10発を数える頃になると、海獣は跡形もなく消え去っていた。


「オーバーキルだったかしら?」


 想定よりもすぐに戦闘が終了してしまったため、平野はついそんなことを口走ってしまった。


「初めて遭遇した敵ですし、あれだけ巨大な妖異です。どんな能力を持っているかも分かりません。これくらいが丁度良かったと自分は考えます」


 橋本船務長がフワーデゴーグルを外しながら、平野の独り言に答えた。




~ 報告 ~


 その日の夜、平野は艦長室でネットスーパーの注文画面を開いていた。


 先ほどから画面の前で逡巡している。


 砲弾やアスロックの補充状況から、護衛艦ヴィルミアーシェが戦闘状態に入ったことは高津艦長に伝わるはずだ。


 イケテル棒の色々な味を組み合わせて注文を繰り返すことで、電文のようなものも送信できなくはない。


 だが既に妖異は消滅している。


 あっさりとした勝利だった。


 通信量節約のため、特に問題のなかった小規模戦闘については、報告を省略する取り決めがなされている。


 なので取り急ぎ報告するようなこともない。

 

 というかもう眠い。


 そして平野は、「イケテル棒プレーン味100本」を注文してから眠りについた。



~ 資料 ~

妖異ユルガン

https://kakuyomu.jp/users/teikokuyouitaisakukyoku/news/16817330666629937263

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