第204話 ゴンドワルナ上陸

 護衛艦ヴィルミアーシェは、前回、護衛艦フワデラで来訪したときと同じ、ロイド伯領沖に停泊していた。 


 これまで平野は、おそらく悪魔勇者がゴンドワルナ大陸にいるものと予測を立てて行動していた。


 そしてその予測は、先日、戦った巨大な怪物の存在によって、彼女の中で絶対的な確信へと変わっていた。


 怪物との戦闘中にフワーデゴーグルに入ってきた雑音の解析結果は、あの生物が90%の可能性で妖異であることを示していた。あれほど皇帝セイジューとの戦いの中でも、あれほど巨大な妖異と遭遇することはなかった。


 つまり皇帝セイジューより大きな力を持った何かが、この大陸にはいるのだろうと考えるのは当然のことである。


 平野はフワーデゴーグルを外すと、ため息を吐いた。


「とりあえずこのゴーグルのおかげで、最悪の事態は回避できるようになったようだけど……」


 もしフワーデゴーグルが開発されていなければ、妖異の精神攻撃を受けた自分たちがどのような状況になっていたか、想像するだけで平野は恐ろしかった。


 だが怖がってばかりもいられない。まずは悪魔勇者の存在を確認することが、自分たちの使命である。


 そのための直近の目標として、前回、タカツ艦長が接触したというロイド子爵とコンタクトを取ることであった。


 そのためにまずは、ロイド伯領にある港町ガドアにいるミライを探して、彼女の協力を仰ぐことが必要となる。


 平野は護衛艦ヴィルミアーシェの後甲板で、現在は夫婦となった南義春大尉と坂上春香大尉に最終確認を行っていた。


「では南・坂上両大尉は、不破寺さんと共にガドアに上陸して、ミライを探してください」


「「了解!」」


「不破寺さん、二人のことをお願いします」


 鬼族とはいえ民間人の少女に対して、自分の部下の保護をお願いをするのは、まったく躊躇ためらいがないわけではない。


 しかし平野は、この鬼の少女が大勢の海賊を一人で無力化した姿を見た。その後も、この鬼娘の様々な活躍を見てきた平野は、今では彼女の実力を十分に認めており、そして信頼していた。


「了解ですん!」


 明るい笑顔で答える鬼娘。【超魔法耐性】を持つ彼女の存在は、魔法が存在するこの異世界では、非常に頼りになる存在である。


「シンクロー! お土産よろピク!」


 平野の隣に立っていたワイバーン幼女の竜子が、真九郎に声を掛ける。


「畏まりですん!」


 一瞬、竜子を叱ろうかと思った平野だったが、あまりにも緊張感のない二人のやりとりに、フッと息を吐いて笑ってしまった。


 平野は、竜子を抱き上げると、優しく彼女の頭を撫でた。


「竜子、不破寺さんには大事な任務があるの。だからあまり無茶を言わないでください」


 ワイバーンの幼女は、平野に頭を撫でられて、幸せそうな笑顔を見せる。


「うん。ごめんなさい! シンクロー! ちゃんと無事に帰ってきて、それでお話聞かせてね!」


 三人が上陸艇で港町ガドアに向かうのを、平野と竜子はずっと見送っていた。




~ 港町ガドア ~


 港町ガドアは、ロイド伯領における商業の中心地であり、多くの船や旅人が行き来している。


 ここ数年は、大陸北方で勃発している戦争の影響で、戦火から遠いこの地では、食糧や武器などの流通が活発になってきている。


 深夜も魔鉱灯が明るく照らす港町ガドアは、眠らない町として有名になりつつあった。


 上陸艇が闇に紛れて港に接岸すると、南大尉と坂上大尉は港町の中をスイスイと迷うことなく歩き始めた。


 二人に遅れまいと真九郎が小走りになりながら、声を掛ける。


「もしかしてお二人とも、ギルドに行く道をご存じなのですかん?」


「はい。冒険者ギルドは、次の角を曲がった道の先ですね」※南大尉


「ここは以前にも来たことがありますので……」※坂上大尉


 真九郎は、そういえば二人がシュモネー夫人に連れられて、この大陸に来ていたことを思い出した。


 そのときシュモネー夫人は、南と坂上をこの大陸にいる二人の異世界転生者と面談させ、帰還の意思を確認させたという。結局、二人の転生者はこの世界に根を下ろすことを決意していたらしい。


 ただその際、南と坂上はこの港町ガドアだけでなく王都にも立ち寄っている。シュモネー夫人が「せっかくの新婚旅行だから」と、いくつかの名所を案内してもいた。そのため大陸の情勢や地理については、同じく上陸したことがあるタカツ艦長よりも詳しくなっていた。


「なるほど。お二人は新婚旅行で来たことがあるのでしたねん」


「「!」」


 夜目も効く鬼の目が、先行する二人の耳たぶが真っ赤に染まっているのを見逃さなかった。


 間もなく三人は、ガドアにある唯一の冒険者ギルドに到着した。


 南がドアを開けて中に入ると、酒場を兼ねた一階のフロアは、エールを傾ける冒険者たちで賑わっていた。


 三人に若い女性の声が掛かる。


「お帰りなさいませ、ご主人様ー! 三名様でよろしかったでしょうか……って、皆さん!」


 南たちを見て、黒いメイド服の少女の顔がパァーッと明るく輝いた。トトトッと小走りに駆け寄ってくると、坂上大尉の手を握りしめる。


 坂上大尉も、その手を握り返しながら、少女に笑顔を向けた。いつもクールな坂上大尉にしては、珍しく感情が表情に出ている。


「ミライ、久しぶり!」


「ハルカさん、お久しぶりです! また会えるなんて! それに真九郎さんも南さんも!」


「ミライちゃん、元気そうでなによりですん!」


「ミライちゃん、おひさ」


 こうして護衛艦ヴィルミアーシェは、ゴンドワナ大陸での活動拠点の足掛かりを作る第一歩を踏み出したのであった。

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