第201話 悪魔勇者はいません!

 大天使ツォルゼルキンが、悪魔勇者がこのトゥカラーク大陸にはいないと断言した。


 あまりの衝撃に、私だけでなくCICにいる全員が言葉を失っている。


「然り。これが我が汝らに給う福音である」


 カラカラカラと、ツォルゼルキンの全身の歯車が音を立てて回転する。


 ツォルゼルキンが、その理由について説明を始めた。


 このトゥカラーク大陸では、千年に渡る人類と魔族の争いが続いている。最終的に女神トリージアを奉じる人類が勝利し、魔族を率いていた魔王国は地下に封じられた。


 大勢は決定したものの、魔族は完全に滅びたわけではない。また地下に封じられた魔王国も、再起の時を虎視眈々と狙っているらしい。


 魔王国は、大陸の7カ所に黒の碑によって封印されている。トゥカラーク大陸では、通常は滅多に天上界から出ることのない大天使が降り立って、これらの碑を直接管理しているのだ。


 もし、悪魔勇者召喚のような巨大な力が発生した場合、必ずこの封印で感知できるはずだとツォルゼルキンは断言した。


 そして黒の碑が建てられてから現在まで、そのような巨大な力を感知したことは一度もないとも言った。


「然り。実際に、混沌信者どもの巨大妖異の召喚は、この大陸のいずれで行われようと、すべて感知して対処している。悪魔勇者の召喚が轟雷であるとすれば、巨大妖異の召喚は囁き声のようなものである。もし悪魔勇者の召喚があったなれば、我らがそれに気付かぬということはありえぬ」


 まだツォルゼルキンが信頼できない私には、その言葉はただの慢心にしか聞こえなかった。


 私はステファンに声をかけてシンイチを呼び出してもらった。確か、彼には支援精霊という天上界のサポートが付いていたはずだ。彼らに、この歯車が本物の大天使なのかどうかを確認してもらおう。


 ツォルゼルキンの話が続く。


「然り。不思議なことに、この大陸にいる混沌の徒は、悪魔勇者召喚よりも、巨大妖異の召喚に執心しているようなのである。これまで何度も勇者を派遣して、彼らの儀式を打ち砕いてきたが、それらが悪魔勇者召喚の儀式だったことは、これまで一度もないのである」


 自信たっぷりに述べるツォルゼルキンに、私はつい疑問を口にしてしまった。


「単に見落としているという可能性はないのですか?」


 私の失礼な質問に対し、ツォルゼルキンはカラカラカラと音を立てて笑い、口元の歯車を回転させる。

 

「然り。悪魔勇者召喚を我が見落とす? それは面白い冗談なのである。此度は二人の悪魔勇者が召喚されておるが、その際、世界の隅々に渡るまで轟音が響き渡っているのである。もしそれがこの大陸より発するものなれば、我らが見逃すはずはないのである。そんなことも知らずして我を侮るとかマジ草生えるのである。特にチャンネル登録数三桁未満の艦長ごときに言われるのは心外なのである」


 よし! シンイチがきたらこいつを【幼女化】させる!


 絶対にだ!


 そう決心を固めた私の頬を、ヴィルミカーラが指で突いた。


「だ、駄目だよ。て、天使様に攻撃し、したら駄目。も、もし、そんなめ、命令し、しようとしたら、べ、ベロチューする! し、舌も入れるか、から!」


 ヴィルミカーラがそんな警告をするが、私はそんな脅しに負けたりしない!


 むしろ舌を絡ませてやる!

 

 と意気込む私に、田中未希航海長(新婚)がスマホを向けてきた。


「ばっちり撮影して、平野さんに送ります!」


「よし! わかった! ヴィルミカーラの言う通り、奴を攻撃しない! だからスマホを降ろすんだ田中!」


 そこへナイスなタイミングで、ステファンがシンイチを連れて戻ってきた。


「艦長! シンイチ殿をお連れしました」


「シンイチ、早速で悪いが、あの歯車ロボットが本物の天使なのかどうか、支援精霊さんたちに確認してもらえないか?」


「わかりました」


 そう言うと、シンイチは顔を伏せ、何やらぶつぶつと独り言をつぶやき始めた。おそらく支援精霊たちと会話を始めているのであろう。


 少しするとシンイチが顔を上げた。その表情には明らかに怯えのようなものが走っている。


「か、かか艦長! あれは本物の天使みたいです。しかも天上界でもかなり偉い人みたいで……」


 シンイチが動揺している。


「一応、天使なのか? しかし偉いって言われてもなぁ……あれが?」


 あれが? という言葉にシンイチが目を見開く。


 なんだかマズイことを言ってしまったのだろうか。

  

「あ、あの……これは支援精霊の言葉なので、俺が言ってるわけじゃないのですが……」


「なんだ? 構わないから言ってくれ」


「もし艦長がミジンコだとしたら、あの大天使は大元帥のようなものだって……」


「なんだと!?」


 以前、フワーデにミジンコ扱いされて傷ついたことのある私は、思わず声を荒げてしまった。


「わ、悪かった。シンイチが言ったわけじゃないんだよな」


「そ、そうです。それに支援精霊の二人にとっても、あの大天使は恐れ多い存在らしくて、今は床に五体投地しながら話しているそうです」


「そ、そんなにか……」


「然り。我はそこそこ偉いのである。フワーデ様のダンスをパクッて、艦長ダンスなどと誰も視ない踊りを配信しているミジンコとは、圧倒的に格が違うのである!」


「よーし、その喧嘩買ってやるぞ! シンイチ! 今すぐアイツを【幼女化】し……」

 

 そう叫び掛けた私に、


 ヴィルミカーラが舌を出してレロレロし、


 田中未希航海長(新婚)がサッとスマホを向けて来た。


 クッ!


「……【幼女化】なんてしちゃ駄目だからな」


「えっ? アッ……ハイ……」

  

 私は臥薪嘗胆の思いで、ヤツの【幼女化】を諦めた。

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