第85話 台本通り

 護衛艦フワデラは行方不明の王女と海賊フェルミを捜索するために、リーコス村から王都へ向けての航路を進んでいた。


 私は艦橋に立って指揮を執りながら、隻腕のイケメン剣士ステファン・スプリングス氏と今後の方針について話し合っていた。


 ステファン氏によると、グレイベアのルカ村長が自分の眷属に命じて捜索を始めているそうだ。空からの捜索をワイバーン、海の捜索を人魚の一族が担当しているらしい。


 人魚については、もちろん私の萌えセンサーがビビッと反応したので、ステファン氏から色々話を聞いた。


「ふむ。つまり上半身は人間そのままで、下半身が魚のそれと……我々の世界に伝わる人魚そのものですね」


「そうです。脇腹辺りにエラがついていて、海中ではそれで呼吸しているそうです」


「なるほどぉ」


 もちろん、そんな上っ面な話をしたいのではない。


 もっとこう……聞きたいことがあるのだが、特に女性の人魚について確かめたいことがあるのだが、平野副長を始め女性乗組員たちも要る手前、これ以上の深堀はできない。


 そもそも打ち合わせなら艦橋じゃなくてもいいじゃんか! 船の指揮もべつにここじゃなくてもいいし、今なら平野でいいだろ! ここじゃエロいこと聞けないじゃん!

 

 じゃん!


 と私は心の中でダダをこねた。


 まぁ、仮に艦長室でステファン氏からこっそり人魚に関するエロい話を聞き出したところで、フワーデが平野に報告するだろうから隠し通せるわけではない。


 ここに平野しかいなければエロ話も平気でやってのけるのだが、他の乗組員がいる手前、それはできないのだ。


 艦長の威厳が損なわれでもしたら!


 大変じゃん!


「ジィィィィィ」


 平野の冷たい視線が私に突き刺さる。間違いなく私の内心を見透かしている目だった。


「どうやら艦長は……」

「に、人魚がいるなんて凄いなぁ!」


 平野が私の内心を暴露しようとしたところで、田中未希航海長(32歳独身)が被せるように声を挙げた。ナイスカバーだ!


 平野に会話の主導権を渡さないために、私は田中航海長に話を振った。


「航海長は人魚に興味があるのか?」


 私の問いかけに田中が、ブンブンと音が鳴るほどの勢いで頭を振る。


「わ、わたしは、まだ陸に上がっておりませんので、まだ異世界にいるという実感がいまひとつありません。まぁ、フワーデちゃんとか竜子ちゃんは異世界っぽいとは思いますが。それでも、実は巨大な化け物退治も含めて全部モニタリングでした!って看板だされたら、納得しちゃうレベルです」


 異世界転生以降、艦から降りたことがないのであれば、そんな風に思うのも無理からぬことかもしれない。


「ラミア族のトルネラさんを見て、ようやく異世界感覚レベル2になったところです」


「異世界感覚レベル? そんな基準があるのか?」


「ないです」


 イラッ。


「トルネラさんは明らかに異世界度MAXな存在ですよ? でも、もしかしたら私たちは帝国にいて、彼女の方が転移してきたかもしれないじゃないですか!? ここは本当に異世界なんですか艦長!」


 月が二つもあって、北極星がないどころか星の配置も全然違っていて、衛星とのリンクもできないここが帝国だと!?


 なんてツッコミはしない。


 そもそもここが帝国とは異なる世界であることに、真っ先に気が付いたのは田中航海長なのだ。


「そう言えば、田中はグレイベア村の温泉にも行けてないんだったな。この作戦が終わったら許可する。ゆっくりしてこい」


「了! ありがとうございます!」


 満面の笑みで返答した田中航海長が未だ何か言いたそうに、視線を私とスプリングス氏の間で行き来させる。


 あぁ、そうだった。


 私は田中から事前に渡されていた台本を思い出し、そこに書かれていた私のセリフを口にする。


「ス、スプリングスさん、よろしければ田中に色々とこの世界のお話を聞かせてやって頂けませんか? 彼女はこの艦の重要な任に当たっている立場上、ここちらの方々と接する機会がほぼないのです」


 ちょっと噛んでしまった。しかも棒読みっぽい。


「もちろん構いませんよ。私の方も田中様の世界のお話を聞かせてもらえれば有難いです」


 スプリングス氏からイケメンスマイルを向けられた田中未希航海長(32歳独身)の顔が真っ赤に染まった。


 胸の前で指をモジモジするな! 乙女か!


 いや、まさか……乙女なのか……。


 田中ほどの美人が……まさか……。


「艦長、セクハラ……」


 平野が視線で私を射殺しに掛って来た。


 いつもの反射で土下座をしていた私は、顔を上げて田中とスプリングス氏に声を掛ける。


「田中、しばらくフワーデと交代だ。スプリングス氏に艦の案内をしてやってくれ。ついでに色々と話を聞かせて貰うといい」

「了! そ、そそれではスプリングス様! わ、わたくしが艦をご案内いたいたしますので、こここちらへどうぞ!」


 田中が緊張のあまり、関節がさび付いたロボットのような動きでスプリングス氏と共に艦橋を出て行った。


 ガチガチに固まって同じ側の手と足を前に出して移動する田中を、ステファン氏がイケメンフォローでエスコートする。田中が制服を着ていなければ、どちらが案内役かわからなくなるところだ。


 田中! とりあえず、お前の台本通りに行動したぞ。スプリングス氏を艦橋に呼んで、お前を艦の案内役にした。


 あとはお前次第だ!


 グッと親指を立てる私を、平野が無表情で見つめていた。


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