第5話 幼女回収

「で、これは何だ?」


 私は格納庫の床に転がっている異様な姿をした幼女を指さして言った。


 南大尉が率いる回収隊は、海岸に残してきた武器と装備をすべて回収して無事に戻ってきた。


 私が南隊の面々を労うねぎらうために彼らの下へ訪れると、この幼女が縛られて床に寝かされていたのだ。


「はっ。回収の途中でこの異形に遭遇したので確保しました」


 南大尉の足元で猿ぐつわをされている幼女は涙目になってこちらを見つめている。これから酷いことをされるのだろうという恐怖がその目に浮かんでいた。


「これってさ……」


 私は誰に聞くでもなくつぶやいた。


「ドラゴンじゃね?」


 床に転がっている幼女の背中にはドラゴンを思わせる飛膜の小さいのが付いている。頭部には二本の角。そして尻尾!


「ドラゴンですね」


 平野副長が私に同意する。しっかり確認しようと私が平野副長から降りて異形の幼女に近づくと、


「ウーッ! フーッ! フーッ!」


 幼女は私に何かされるとでも思ったのだろう、束縛から逃れようと必死にもがきだした。その目が恐怖で最大限まで見開かれている。


「めちゃくちゃ怖がってるな」


「艦長の本質を見抜いたのでしょう」


「おい平野! いい加減なことを言うんじゃない。もし私の本質を見抜いたのなら、この幼女はアヘ顔になっているはずだ」


「そういうとこですよ」

 

 平野の言葉に私は思わず納得してしまったが、同時にちょっとイラッとした。


「なら、お前は怖がられないとでも?」


「もちろん」


 平野が異形の幼女を胸に抱き上げる。異形の幼女は最初おびえていたが、平野があやすと徐々に落ち着きを取り戻していった。


「さるぐつわを解いてあげて」


 平野副長が坂上大尉に言った。


「し、しかし、それでは副長が危険では……」


「構わないわ」


 坂上大尉は副長の命令に従って幼女のさるぐつわを解く。平野が幼女の目に掛かった前髪を上げようと手を伸ばすと、異形の幼女は平野の手にガブッと嚙みついた。


「「あっ!!」」


 その様子を見ていた全員がハッと息をのむ。


「ひ、平野……大丈夫か……」


 私が声を掛けると、平野は噛まれた手の指を動かして異形の幼女の口元をやさしく撫でる。


 幼女の目は「怒る? ねぇ、私のこと怒る?」というような感じで平野を見つめていた。


「怖かったよね。でももう大丈夫だから……」


 異形の幼女が口を離すと、平野は幼女の頭をやさしく撫で続けた。


「もう大丈夫」


 幼女は平野の首にガシッとしがみつくと、そのまま平野の顔をぺろぺろと舐め始めた。


「ほら、艦長。この娘はわたしのことを怖がっていませんよ?」


「む、むぅ、確かに。貴様にはドラゴンマイスターの称号を与えよう」


 いつまでも異形の幼女とか呼ぶのも大変なので平野に名前を付けさせたら、


「竜子で……」


「お前、いくらなんでもそれは安易すぎないか?」


「竜子で……」


「まっ、まぁ、そこまで推すのなら竜子ということで」


「さぁ、竜子。お姉ちゃんと一緒に食堂に行きましょうね」


「お姉ちゃんってwww おま……あっ、ごめんなさい! お姉ちゃん! 置いていかないで! 私も食堂に連れてってぇぇ!」


 平野に置いて行かれた私は自分の足で歩いて食堂に向うハメになってしまった。


 幼女の体だと艦内の移動はかなりキツイのだ。




 ~ 艦内食堂 ~


「りゅ……りゅこ……」


「竜子よ」


「りゅ……りゅ、竜子?」


「そうそう! えらいえらい! 竜子ちゃんとっても賢いねー!」


「かわいいし! お持ち帰りしたいぃぃ!」

 

 私が食堂の片隅で食事をとっている間、竜子は平野や坂上、他の女性クルーに囲まれて、みんなから可愛がられていた。


「私も幼女なのに……」


「私も幼女なのに……」


 大事なことなので二回言ったが私のぼやきを聞いていたのは、むっさいおっさんの砲雷長とむっさいおっさんの飛行長の二人だけだった。


「同じ幼女でもこっちの中身は艦長ですしねぇ。仕方ないですよ」


「中身はおっさんですしねぇ」


「それ水陸機動隊にも同じこと言えんの?」


「機動隊の連中はもう戦闘訓練を始めてますよ。みんな意気揚々、幼女状態でどうやって敵をキルするかあれこれ検討してるようです」


「身長を活かして金的攻撃に磨きを掛けるとか息巻いてましたからね。あれ見たら、とても幼女には思えませんよ」


 怖い話を聞いてしまった。いや頼もしい限りなのだが。


「それでドローンによる観測はどうだった」


「その……信じがたい話だとは思いますが、戦場のほとんどが幼女で埋め尽くされていました」


「私自身は身をもって体験しているから、その話は信じられる」


「ドローンを南北に分けて飛ばしたところ両軍の後続部隊を発見。ここは異世界なので南北というのが正しい表現なのか分かりませんが、コンパスは方向が安定していますので、仮に南北と呼称します」


「ふむ。それで後続部隊も幼女だったのか?」


「幼女ではありませんでした。いずれの後続部隊も小規模なものばかりでしたが、観察した限りにおいて北側からは魔物勢、南からは人間勢が進軍してきています」


「内陸の奥がどうなってるかも知りたいところだが、艦を移動させるにしても海岸線沿いということになるからなぁ」


「北と南、どちらかを選ぶとしたらやはり人間勢の南がマシ・・かと」


「まぁ魔物やドラゴンよりはマシ・・だろうな」


 しかし人間勢だからと言って我々に対して友好的であるとは限らない。今の我々にとっては、どちらにも見つからないようにするのがベストの選択だろう。


「そういえば、CIWSシーウスで落としたドラゴンの回収はどうなってる」


「全部沈んじまって駄目でした。潜れば回収できるかもしれませんが……」


「見知らぬ異世界の海だ。今はやめておこう」


「となると、ドラゴンについての情報はあの竜子から聞き出すしかないですな」


「知能はそれなりに高いようだし、平野たちにも懐いている。とりあえずは艦で保護することにしよう」


 突然、目の前に大きなおっぱいが現れた。


「艦長さん……なのですよねん?」


 そう聞いてきたのは不破寺神社の神職だった。そういえば艦内に民間人が乗っているのをすっかり忘れていた。


「わたしたちが異世界に来たって本当なのですかん?」


 私はおっぱいに釘付けになっていた目を離し、鬼の娘を見据えながらゆっくりとうなずいた。




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