第143話 ルートリア連邦

 悪魔勇者が治めるセイジュウ神聖帝国とアシハブア王国の間には、大陸で最大の森林地帯が広がっている。その森林を丸ごと抱えているのがルートリア連邦共和国だ。13の国から成る連邦では、現在、人類軍と妖異軍の勢力争いの真っ只中にある。

 

 人類軍と妖異軍の両陣営による紛争や様々な駆け引きが続く中、連邦ではいずれの陣営に属するのかが国によって異なる状況が続いている。しかも、その時々の趨勢によって、人類軍側についたり妖異軍側になったりするという不安定な状態だ。


 特殊忍者分隊 双月光の主たる目的は、このルートリア連邦からセイジュウ神聖帝国に向けて伸ばし続けている通信網の拡張とメンテナンスにある。


 アシハブア王国最西端に新設された月光基地に、双月光のメンバーと共に訪れた私は、作戦指揮室でモニタ越しに彼らが初任務に取り組む様子を見守っていた。


「こちらカーラ。作戦ポイントにてヘルメスを発見。これより破損状況を確認する」


 ヴィルミカーラが発見したヘルメスの映像と、彼女の背後を守るヴィルフォアッシュのカメラ映像がそれぞれ別のモニタに映し出される。


 それにしてもヴィルミカーラは報告に当たって一切噛むことがなかった。声の調子から彼女が非常に緊張していることが伝わってはくるが、もしかしていつもの喋り方はワザとやっているのだろうか。


「ヘルメス3の破損状況はグリーン。太陽パネルが破壊されてるだけで他は大丈夫みたい。おそらく大型の動物か魔物に太陽パネルを破壊されたんだと思う」


「了解。三番機の回収は不要。修理が終わったら獣に見つからないような場所に隠してくれ」


「了!」


 モニタにはヴィルミカーラが手際よく太陽パネルを交換する様子と、ヴィルフォアッシュが周囲にヘルメスを隠す場所がないかを探している様子が映し出されていた。


「坂上、南、異常はないか?」


 私の問いかけに対して坂上大尉と南大尉からの応答が入る。


「坂上、周囲に異常なし」

「南、周囲に異常なし」


 南大尉のカメラが周囲を見回す様子を映し出す。そこには、作業中のヴィルミカーラとヴィルフォアッシュの姿が映し出されるものの、そこに坂上大尉の姿は見当たらない。


 だが坂上大尉のカメラ映像には、白狼族の二人の姿がかなり間近な位置で映し出されていた。近くにいるはずなのに、誰のカメラ映像にも坂上の姿はない。


 私はヴィルフォアッシュに確認してみた。


「アッシュ、君の位置から坂上大尉は確認できるか? すぐそばにいるはずなんだが」


 ヴィルフォアッシュのカメラ映像がぐるぐると動いて周囲を見回すが、坂上大尉の姿は確認できなかった。


「いえ……。気配は一切ありませんが、本当に近くにいるのですか?」

「いますよ」


 坂上大尉の応答を聞いたヴィルフォアッシュが、すばやく後ろを振り向いた。しかし、やはり坂上の姿は見つからなかった。


 驚きのあまり少し呼吸を乱したヴィルフォアッシュが「さすがです」と坂上大尉の忍者由来の隠密スキルに賛辞を贈る。


「南大尉、さすがに新婚の旦那であれば、愛しい新妻の居場所なんて完璧に把握してるよな?」


「えっ? あっ、ま、まあ……そうですね」


 南大尉が自信なさ気に答える。


「じゃぁ、坂上の位置がわかっているんだな?」


 私の意地悪な念押しに腹でも立てたのか、南大尉は首を伸ばしてヴィルフォアッシュの方を見ながら、


「えぇ、まぁ、大体は……」


 などと見栄を張りおった。


「そうか。ちなみに坂上はもうヴィルフォアッシュのところにはいないぞ」


 戦闘指揮所のモニタには、坂上大尉から送られてくる映像が映し出されていた。


 それじゃ答え合わせだ。


「もしもし、わたしメリーさん……」


 私は坂上がこのネタに乗ってくれることを信じて言葉を区切った。


「いま、あなたの真後ろにいるの」※坂上大尉

「!?」※南大尉


 ここで南が悲鳴を上げなかったのはさすが帝国軍人だと褒めておこう。

 

 背後から声を掛けられた南大尉がバッと振り向くも、やはりそこには誰もいなかった。


 だが坂上大尉のカメラは相変わらず南の背中を移している。


 忍者って凄い。寺男のTさんくらい凄い。


 そう思った私であった。


 そんなことをしているうちに、ヴィルミカーラが太陽光パネルの交換を終え、ヴィルフォアッシュが見つけた隠し場所にヘルメスを移動させる。


 双月光のメンバーは新基地に来る前に、二週間の特殊訓練を受けており、その中でヘルメスの構造を徹底的に叩き込まれている。


 ことヘルメスの扱いに限定すれば、うちの航空機整備科の連中とほぼ同等の知識を持っていると言っていいだろう。


 ちなみに今回の作戦で待機組である井上少尉とヴィルフォローランは、飛行型戦闘ドローン・イタカを遠隔操作して、周囲の警戒を行っている。


 ヘルメスとイタカは同型機であり装備が異なるだけなので、イタカの操作にもかなり習熟しているのだ。


 ヘルメス3番機の修理が終わって15分後。


 ヴィルミカーラたちは回収ポイントからヘリに搭乗し、無事に月光基地へと戻ってきたのであった。


 彼らが無事に戻ってきたことに安堵した私は、続いて彼らの初任務が成功したことが嬉しくて、思わずヘリから降りてくる彼らの下へと駆け寄って行った。


「よくやった!」


 少し興奮気味になった私は、一人ひとりに握手しながら手をブンブン振り回して言った。


 最後に握手したのはヴィルミカーラだった。


「よくやった! ヴィルミカーラ! 危険な場所でよく落ち着いて修理してくれた」


「あ、ありがと、わ、わたし、が、頑張ったよ」


 私にニッコリと笑いかけてくるヴィルミカーラの手は、汗ばんでいて、そして冷たかった。よくよく彼女を観察してみると、顔は少し青ざめているし、少し震えているようにも見える。


 よほど緊張していたのだろう。それはそうか。戦地に侵入していつ襲われてもおかしくない場所に、たった数人で乗り込んでいったのだ。


 むしろ緊張しない方がおかしい。


「んっ!」


 私はヴィルミカーラに向って両手を大きく広げる。私の意図するところがわからなかったらしく、ヴィルミカーラの頭上に大きなクエスチョンマークが浮かんだ。


「初任務成功のご褒美だ。私を好きなだけハグすることを許可する」


 我ながら恥ずかしい提案だった。さすがにロリショタリストのヴィルミカーラでもドン引きするか。


 そう思って手を引っ込めようとした私を……


 ギュウウゥゥゥゥゥゥゥ!


 ヴィルミカーラが一瞬にして抱え上げて、その美しい顔をグリグリと擦り付けてきた。


「ご、ご褒美、う、うれしいぃぃ!」


 ヴィルミカーラの首に手を回すと、彼女の体は汗で冷たくなっていた。


 私は少しでも彼女を暖めようと、幼女な両腕を彼女の首に回した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る