第39話 古代神殿の悪夢①

 古代神殿は岩石を掘って作られていた。その見た目は元の世界にあったヨルダンのペトラ遺跡を彷彿させる。


 その入り口の前にはちょっとした広場があり、風が入ってこないものの寒さはかなり厳しい。


 その広場に到着した私たちは、悪夢のような光景を目にして呆然と立ちすくんでしまった。


「一体ここでどんな戦闘が行われたんだ?」


 そう言って私が指さした方向には、これまで何度も遭遇したミ=ゴたちの無数の遺骸がある。


 震える私の声を聞いて、北方人の二人が答える。


「前に来たときは、こいつらと一緒に巨大な親玉が襲い掛かってきたんだ」


「それをタヌァカ様が一瞬で倒しちまったんだよ」

 

 マジか……凄いなタヌァカ。勲章を手づかみ取り放題で上げてもいい。そんな権限ないけど。


「し、死んでいてよ、よかった……」


 ヴィルミカーラのつぶやきを聞いて、その場の全員が黙したまま頷く。チームの中で最も勇敢な戦士であろうヴィルフォアッシュまで、その目には恐怖の色を浮かばせていた。


「か、艦長……同じようなのが他に至りしませんよね」


 南大尉がフラグを立てる。


「そうであることを祈ろう。一応、化け物たちの死亡を確認した上で神殿に入る」


「「了」」


 そして私たちはさらにトンデモないものを発見してしまう。


「艦長! ここに人間と思われる遺体があります!」


 坂上大尉の足元には、身体を丸くして横たわる男性の遺体があった。


「?」


 その遺体を見た私は違和感を覚える。何だろう? この遺体、何か引っ掛かる。


 遺体を観察していた坂上大尉が、その後頭部分を指差した。まるでレーザーでも使ったかのように綺麗に切断されている。


 その中には、あるべきはずの脳がなかった。


「艦長……この男性、頭が空っぽです!」


 ホトケさまに酷いこと言うんじゃない坂上! クールにも程があるだろ!


 そう私が注意しようとすると、坂上大尉の背中から南大尉が慌てて降りて、遺体に駆け寄った。


 そして悲痛な声で……


「浩二! 浩二じゃないか! どうしてこんなことに!?」


「コウジ? 南大尉、この男性を知っているのか?」


「勿論です! だって俺のいとこなんですから!」


「なんだって!?」


 異世界に飛ばされた二人の不幸な再会だった。




~ 二人の南 ~


 南大尉の話によると、南浩二は年下のいとこで、南大尉は子供の頃からよく面倒をみていたらしい。


 浩二は大学三年生のときに突然行方不明となってしまった。彼と親しかった南大尉は浩二が何らかの事件に巻き込まれたものと考えて、彼なりに手を尽くしてずっと探し続けていたようだ。


「まさか……こんな異世界で殺されていたなんて……」


 遺体を前にして南大尉が冷たい石の床に膝をつく。


「脳を抜き取るなんて……どんな拷問だよ……ゆ、許さねぇ……化け物ども……」 


 南大尉が手にしているストック付拳銃がブルブルと震え始めた。坂上大尉が背後から南大尉をそっと優しく抱きしめる。


「浩二くんだったのね……」


 坂上大尉がつぶやくと、そのまま二人は声を押し殺して泣いた。後で聞いたら、坂上大尉も幼少時の南浩二と何度か会ったことがあるようだった。


 そして、この二人の悔しさと怒りを私も同じように共有していた。


 遺体となった南浩二は帝国の人間なのだ。帝国臣民をこのような残虐な方法で苦しめ死に至らしめた者たちを、帝国軍人として絶対に許すわけにはいかない。


「帝国海軍の矜持に掛けて、この対価を化け物共に払わせる」


 静かな怒りを込めた私の言葉を聞いて、南大尉が何度も頷きながら南浩二について語り始めた。


「こいつ……バカだったけど、本当に可愛い奴だったんです。エロゲばっかやってたけど、いつも良作は俺に勧めてくれて……。大学卒業したら俺みたいに帝国軍に入るって……。巨乳好きでその良さを俺に教えようとしてくれて……一緒にアキバにも行ったのになぁ。楽しかったよなあ、何度も一緒に行ったあの巨乳メイドカフェ……ぐ、ぐるじぃぃ……」


 いつの間にか坂上大尉のホールドが南大尉の首をキメに行っていた。


「あ、あの~」

 

 北方人のミカエラが、そーっと手を上げて発言の機会を求めた。


「どうしました?」

 

 私が尋ねるとミカエラは


「そのご遺体の方ですが……もしかしたら生きているかもしれません」


「「「えっ!?」」」


 遺体が生きているというのがちょっとよくわからなかったが、とりあえず私はミカエラの話を聞くことにした。もしゾンビになったのであれば、やっかいなことになりそうだ。


「タヌァカ様から聞いたのですが、そのご遺体の脳が神殿内で保管されていたそうで……」


「保管? 脳が?」


 私の声は素っ頓狂に裏返っていた。北方人たちは構わず説明を続ける。


「その脳が生きていたらしく、魔法で元通りにするために天上界へ送ったとおっしゃっていました」


「俺たちは筒に入れられた脳を見たし、それが黒い靄の中に消えていくのも見たぜ」


「ほ、本当なのか!?」


 南大尉が二人に縋り付くように尋ねる。


 もし生きているのなら、その可能性が少しでもあるのなら信じたいというその気持ちはよく分かる。


 私もそうだから。


 今は異世界にいるという異常事態。奇跡だってそうそう珍しいものではないはずだ。


「南大尉。彼らの言葉を信じよう。タヌァカという人物に会うことができれば、きっと良い知らせを聞けるに違いない」


「そう……そうですよね!」


 南大尉の声に元気が戻って来た。


「まずはミ=ゴどもにこの大きなツケを払わせてやろじゃないか!」


「「了!」」


 そして私たちは古代神殿の内部へと向かった。

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