第124話 オカルト板:不思議な建物に迷い込んだ男 

(本文は、アシハブア王国に伝わる民話を集めた『アシハブア万奇譚』から、帝国に関連するお話をワタシが意訳したものだよ。文責:フワーデ) 


804:名もなき吟遊詩人 

俺がまだ若かった頃に体験した実話。


悪魔勇者が大陸の覇権を狙って、多くの国々を侵略していた頃のことだ。あの頃は、この国でもそこら中に妖異や魔族が出没したりしてたから、危なっかしくてそうそう旅なんかできるもんじゃなかった。


とはいえ、商人ってのはたくましいもんで、そんな物騒な状況でも商売のためにあちこち飛び回っていたよ。


まぁ、出会った相手が魔族なら、賄賂も通じるし、人情だって俺たちとそうそう変わりゃしねぇ。だが妖異に出くわしたとなりゃ話は別だ、あいつら人の形してる奴でも一切話は通じないからな。


妖異といって、今の若い連中にはピンとこないかもしれないな。まぁ、奴らは蛭みたいなもんだよ。近くに人間がいるってわかったら、どこまでも追ってきて血を吸いやがるのさ。まぁ蛭と違って、妖異は人間を頭から丸ごと喰っちまうけどな。


805:名もなき王都のパン屋

うちのじいちゃんが行商中にでっかい妖異に襲われたって話聞いたことある。そのとき一緒にいた相棒が馬ごと喰われたって言ってた。


806:名もなき吟遊詩人 

マジ? じっちゃんよく生きてたな。


807:名もなき王都のパン屋

なんか魔法使いとエルフのパーティが駆けつけて、妖異をちっちゃい女の子に変えて始末してたって言ってたけど、よくわからん。


808:名もなき吟遊詩人 

そっか。まぁ、無事でなにより。


で、話を戻すと。当時の俺は魔鉱宝石を扱う旅商人やってた。大陸北方にあるマルラナで高品質の原石を手に入れた俺は、王国に向う商隊に加えてもらって、意気揚々と帰国の途上についてたわけ。


ところが、アシハブア王国に入ってすぐに、セイジュウ国の妖異軍と鉢合わせしちゃったんだよ。


商隊には冒険者の護衛がついていたけどさ、さすがに相手が軍隊じゃ話にならない。相手に気付かれないようにやり過ごそうとしたけど、まぁ運悪く見つかっちまってね。


そこからはみんな必死で逃げて逃げて、そのうちバラバラになって、気付くと俺は一人になってた。商隊の連中はどうなったと思って振り返ると、真っ暗な森の奥の方で、すごく大きな火の手が上がっているのが見えた。


809:名もなき吟遊詩人 

そこから凄い叫び声と轟音が聞こえた気がして、俺はいてもたってもいられなくなって、また必死で森の中を走り続けたのさ。


そのうち、自分がどこにいるのかさえわからなくなった。慣れない山の中を走り回って疲れ切った俺は、とうとう一歩も動けなくなったんだ。そしたら、


「あの? 大丈夫ですかん?」


って、女の子の声が後ろから聞こえてきたんだよ。こんな夜の山奥で女の子を聞いたら、まず逃げろって長老から教わっていたけど、もうそんな力は欠片も残って無くてそのまま俺は気絶しちまったみたいだ。


810:名もなき吟遊詩人 

で、目が覚めたらラーナリアの楽園だった。


811:名もなき王都の靴職人

それ死んでるwww


812:名もなき吟遊詩人 

それな!

とにかく目が覚めた時は、そうとしか思えない建物の中にいたんだよ。あんなのは王宮でも大貴族の屋敷でも見たことねぇ。信じてもらえないと思うが、水晶の壁や魔法のドアが沢山あって、そこかしこに天使のように綺麗な人たちがいるんだよ。


その半分くらいは白狼族に似てる感じだったな。まぁ、白狼族みたいな狂暴な連中が天国にいるわけないけどな。


それで俺が目覚めたことを知ると、天使さんが小さい女の子と鬼人の娘を伴なってやってきた。どうやらこの鬼人が俺のことを助けてくれたようだった。


「昨日は大変な目にあわれましたねん」


鬼人は、隣にいる少女に俺がここに運ばれてきた経緯を説明していた。鬼人の態度から察するに、この子供は見た目と違ってかなり地位の高い人物のように見えた。


普通なら考えられないことだが、ここがラーナリアの楽園ならそういうこともあるだろうと思った俺は、この女の子を宝石ギルドの長老より敬意を込めた対応をすることにした。


そして、それが正解だった。後で聞いたら、この子供が楽園で一番偉い御方だったんだよ。


813:名もなき吟遊詩人 

その後、少女が俺にお腹が空いてないかと尋ねてきたので、俺が頷くと、楽園のレストランに案内してくれた。あの時、飲み食いしたもののはいまでも夢に出来るくらい美味かったな。


「ホーンラビットのふわふわカレー」


「パラライズフィッシュのピリピリ煮込み」


「コブラーナのイチコロ素揚げ……」


どれもこれも天国の味だったよ。なんとかあの味を再現できないものかと、今でも一流シェフに金貨をバラ撒いて作らせているんだが、あの時の味には及ばない。


あのとき飲んだ『アーシェの生乳搾りラッシー』も忘れられない。だって信じられるか?


天使の大きなおっぱいから絞られた高貴なお乳で作られた天国の飲み物だぞ!


あれもなんとか再現しようと思って、大金貨をはたいて白狼族の女性から生乳もらって再現しようとしてきたけど無理だったよ。やっぱりあの楽園にいたのは白狼族じゃなくて、天使だったという証拠だな。


814:名もなき王都のパン屋

詳細キボンヌ!


815:名もなき吟遊詩人 

悪いが、食事の話はめちゃくちゃ長くなるから別スレでやらせてくれ。


816:名もなき王都のパン屋

いや、白狼族の生乳の方


817:名もなき吟遊詩人 

そっちかーい! それも長くなるから別スレな。


で、食事の間、少女は俺にいろんなことを聞いてきた。どこで生まれたかとか、どんな仕事をしているのかとか、色々だ。


話の途中、俺が魔鉱宝石を扱っていることを知ると、少女は目を輝かせて話に喰いついてきた。


少女が魔鉱石を欲しがっていると思った俺は、持っていたマルラナ産の原石を御礼に差し出すことにした。


1年の稼ぎがパーになるが、命を救ってもらったうえ、こんなによくしてもらったんだ。惜しいなんてことは全く思わなかったよ。


ところが、少女は原石を受け取ろうとはしなかった。どうやら俺の商売を心配してのことらしい。その気持ちは有難いが、こちらとて生まれながらのアシハブアっ子でえ、一度出したもんを引っ込めるわけにはいかねぇ。


818:名もなき吟遊詩人 

どうぞ、いやいや、どうぞ、いやいや、とお互い意地の張り合いになりかけたところで、


「なら、艦長さんが買い取ればいいのですん」


鬼人の娘さんが間に入ってくれて、お互い「それなら」となんとか収まりが付いた。


それで手打ちとなって、その後はワインが出てきたので俺はしこたま酔っぱらってしまった。それから後のことはあんまり覚えていない。


そのとき、うっすらとした意識で聞こえて来た会話の断片は覚えてる


「大丈夫ですか? これから王都に立つヘリがあるのですが、ご自宅までお送りしましょうか?」


「あっ……あぁ、ザッカ―通りのバーク魔鉱商会で……」


「艦長、私が彼を連れていきましょう。ザッカ―通りならわかりますので」


「そうか、それじゃステファンに任せるとしよう」


「ほら、立てますか? 私の肩につかまってください」


「あ、ありがとう……」


 みたいな会話だったと思う。


819:名もなき吟遊詩人 

それで次に気が付いたときには、俺はギルドの控室だったというわけ。

ギルドの連中に聞いたら、顔に傷がある剣士が俺をここに連れて来たって言ってた。

その後は大騒ぎだったよ。


何せ数日後に、俺が商隊と一緒にマルラナを出発したっていう知らせが届いて、さらにそのすぐ後にその商隊が妖異軍によって壊滅した報せが届いたもんだから、俺もギルドも大混乱。


あと俺の荷物に、あの楽園の少女から原石の代金として受け取った袋が入っていたんだが、それが相場の3倍も入ってた。それでギルド長が俺のことを認めるようになったのが、今の成功のきっかけだったよ。


で、人魔大戦後、色々あって今はアシハブア王国から遥か南にあるサルロマーヌ共和国でのんびり余生を過ごしている。


820:名もなき吟遊詩人 

あの不思議な一日のことは今でも忘れない。本当にラーナリアの楽園だったのか、それとも妖精の迷い家にでも紛れ込んでしまったのか、わからない。


だがギルドに戻った俺は、確かに大金貨がつまった袋を持っていたし、楽園で食べた料理や飲み物の味を今でも明確に思い出すことができる。


ラーナリアよ、フィルモサーナの女神よ、我ここに残りの人生のすべてを掛けて、あなたの御心に沿い、善行を尽くすことを誓います。


どうか、我が魂がその門に辿り着いたときには、大いなる楽園へと迎え入れ給え。


みんなも楽園に行けるように善行した方がいいぞ。


アーシェの生乳搾りラッシー、超美味かったからな!


821:名もなき王都のパン屋

マジか!? 今日からオレ、塩バターパン作る時にマーガリンじゃなくちゃんとバター使うわ!


822:名もなき王都の靴屋

ちょっ! 今明かされた真実。まさか、近所のパン屋じゃないだろうな。


823:名もなき王国の灰色熊

>>アーシェの生乳搾りラッシー、超美味かったからな!


それってリーコス村じゃね?





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る