第125話 異世界の中の異世界

 リーコス村は元々が白狼族の隠れ里だったこともあり、その存在を知るものは少ない。


 王国の第三王女誘拐事件によって、アシハブア王や諸侯の間では村の名前がそこそこ知られるようになったものの、その興味のほとんどは村よりも護衛艦フワデラに向けられていた。


 アシハブア王国から北に向かう商人や旅人たちも、わざわざ主街道を離れて危険な山や森を超えてまで、白狼族の村に近づくものはない。商人たちとの取引も、これまでは村人が街道まで出向いて、そこで物々交換を行っていた程度だった。


「……というわけで、楽しい話をありがとう。王国までお送りしますので、どうぞご壮健で!」


 私はリーコス村の広場で手を振りながら、王国の宝石商人アーロンが乗ったヘリが王国へと飛び立っていくのを見送った。 


「あの人だけでも助けられて本当に良かったですん」


 私の隣では、不破寺さんが同じようにヘリに向って手を振っていた。


――――――

―――


 昨晩、偵察ドローンが国境付近の街道で妖異軍の存在を確認。現場には不破寺さんとヴィルフォアッシュの指揮する白狼族隊、飛行ドローン・イタカ隊で対応した。


 深夜だったので、フワーデ・フォーの幼女メンバーは全員お休み中だった。もちろん私は飛び起きて指揮所に向ったのだが、


「艦長……パジャマで鮫のぬいぐるみを抱えて艦内を歩くのは止めてください。発見した妖異は偵察目的の小隊の様ですから、こちらで対処しておきます」


 と平野副長によって強引に艦長室のベッドに戻されてしまった。


「ま、まかしぇたひらの……」


 スピーッ!


 瞬時に眠ってしまった私は、翌朝、平野副長から報告を受けた。


 どうやら妖異軍とアシハブア王国へ向かっていた商人の隊がエンゲージしてしまったらしい。商人たちはバラバラに逃げたものの、そのほとんどが妖異によって殺されてしまった。


 結果として、不破寺さんが救出した宝石商人以外は死亡したか行方不明になったそうだ。


 幸い宝石商人に怪我はなかったので、彼に食事を提供し色々と話を聞いた。ちょうどその日は、要員交代のために王国に向うヘリがあったので、彼を乗せて王国まで送ることにしたのだ。


――――――

―――


 宝石商が乗ったヘリが山向こうに消えると、陽が落ちて辺りに夕闇が広がり始める。


「アーロンさん、いっちゃいましたねん」


「あぁ。それにしても魔鉱宝石の原石を譲ってもらってよかったのかな。彼の商売の妨げにならなければいいのだが」


「でも相場の三倍で買い取ったのですよねん。アーロンさんにとっては良い取引だったんじゃないですかねん」


「そうだといいんだが」


 彼がどのような約束の下に動いていたのかわからない。


 お金が払えないという理由だけで、簡単に奴隷落ちしてしまう世界だ。せっかく助けたのに、その後は奴隷になってましたというのは何とも後味が悪い。


 なので、もしこの原石を持ち帰らないことによって、彼にペナルティが発生した場合も想定して大目の金貨を持たせている。


「まぁ、良い結果になることを祈るしかないな」


「それじゃ不破寺神社でお祈りしてから、司令部に戻りましょうですん」


 フワッと私の身体が浮く。


 不破寺さんに抱っこされて、私たちは不破寺神社へと向かった。


 参拝の後、司令部に戻ろうと神社の坂道に差し掛かると、リーコス村の夜景が眼下に広がる。


 そこはまるで異世界にある異世界のような違和感があった。


 いや、違和感というより懐かしさか。


 魔法があるこの世界では、魔鉱石を使った照明もそれなりに普及しているのだが、いかんせん光量が少ない。行燈の光みたいな感じだ。


 だがリーコス村の夜はかなり明るい。この夜景を見る度、私は帝国にある大きな商業施設が入ったドライブインを思い出す。


 通りの該当も帝国並みの明るさになっており、司令部までの道なら深夜でも懐中電灯なしで歩くことができる。


「ここから沖に浮かぶ船の灯りを見てると、まるで帝国にいるような気がしますですん」


 リーコス村の夜景と沖に浮かぶ護衛艦フワデラの灯りは、確かに帝国で見られる当たり前の風景のように思われた。


 思わず私はホームシックに胸を締め付けられてしまった。それを不破寺さんに悟られないように、わざと元気な声で不破寺さんに話しかける。


「不破寺さん、そろそろ帝国へ帰りたいですか?」


 不破寺さんは一瞬考えてから答えた。


「もちろん帰りたいですん。でも、ずっとお仕事を無断欠勤してますので、局長に怒られるかと思うと、もう少しここに居たいような気もしますねん」


「ははは、そうですか。もし不破寺さんが叱られるときは、私がちゃんと弁護しますよ。悪いのは天上界の連中ですから」


「そのときはぜひお願いしますねん」


 不破寺さんに抱っこされて司令部に向いながら、私はふと帝国にいる妻のことを想った。


 彼女は今頃どうしているだろうか。


 職務上、長い間離れることは珍しくないが、これほど長く連絡が取れないのは初めてのことだ。


 正直、妻がいまどうなっているのか想像がつかない。妻は世界が滅亡しようと最後まで生き抜くコマンドーの如くタフな面もあれば、ウサギのように一人でいると死んじゃうくらい寂しがり屋のときもある。


 昔、私が護衛艦ハルカゼの副官だった頃、作戦行動中に急な予定変更が入ったことがある。そのまま極秘行動に移行したため、ひと月ほど妻に連絡することができなくなった。


 すると、どこをどうやってどうしたものか、マレー沖を極秘航行中の護衛艦ハルカゼに妻が乗り込んで来たのだ。彼女は私の無事と状況を確認すると、どこをどうしてどうやったものか、そのまま家に帰って行った。


 当時の私は、我が妻の愛情の深さに震えたものだ。


 というか……怖くて震えた。


 ハルカゼの艦長も震えてた。


 私の妻は何をしでかすかわからない。


 そういえば、妻が私を浮気断定して裁く時の基準もよくわからない。


 例えば、子供からの付き合いのある平野は、私にとっても妻にとっても妹のようなものだ。


 共に過ごす時間も多いので、時折、いわゆる第三者的視点に立てばラッキースケベな場面になることもある。


 だが、そうしたときに、妻から叱られる場合とそうでない場合の判断基準がまったくわからない。


 私の妻は何をしでかすかわからない。

 

 もしかすると……


 もしこのまま悪魔勇者討伐作戦がだらだらと長引いてしまうようなことがあれば、ここまで来てしまうかもしれない。


 割と本気でそんなことを考えている。


 そりゃ彼女には会いたいよ? 何と言っても私の方が惚れてるからな!


 冗談でゴリラ呼ばわりすることもあるけど、惚気抜きでチョー美人だかんな。


 でも、ただ、ほら……


 再会する前に、平野が妻に報告するために記録している『幼女となった私の所業記録』を破棄させるか、誤解を解くかしておかないと。


 ね?


 ねっ?


 と、とにかく、妻がこっちに来るなんて考える前に、


 なんとしても悪魔勇者を倒して帝国に帰還せねば!


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