第120話 帰国の意志

 リーコス村広場には山の様な荷物が積み上げられていた。


 突然の物資出現の報告を受けた私は、ヴィルミアーシェさんと一緒に現場に到着。調査班を編成しようと指示を出しているところに、新婚旅行を終えた南夫妻のヘリが戻ってきた。


 南大尉の報告により、この荷物の山が彼らの新婚旅行のお土産であることが判明する。


 南・坂上両大尉が、古大陸で出会った人々から頂いたお土産の処理に困っていたところ、シュモネー夫人がそれら全部の輸送を請け負ってくれたということらしい。


 南大尉が荷物を見て驚きながら言う。彼自身、この荷物がどのように運ばれているのかは知らないらしかった。


「グレイベア村の地下にある拠点に戻ってきたときは、私たちとシュモネー夫人の三人だけだったんです。どうやってこれを運んで来たんでしょね」


「そうだな……」


 適当に答えつつも、私自身には心当たりがある。いつかの夜の浜辺でシュモネー夫人から見せられた、あの宇宙船ならこれくらいのことはたやすいのだろう。だが口には出さなかった。


 もしかしたら近くで透明化でもしていて、私たちのことを観察しているかもしれない。そして、なんとなくシュモネー夫人は、私が宇宙船やロボのことを他人に話すのを嫌がるような気がする。沈黙は命なりだ。


「ともかく二人が無事に戻って何よりだ、疲れているとは思うが、とりあえず報告を聞かせてくれ。新婚旅行のことは動画で大抵見ているから、シュモネー夫人の依頼の件について話してくれればいいよ」


「「了!」」


 二人の報告によると、シュモネー夫人から依頼されたことは、労力的には大したことなかった。だがとても大事なことだったと思う。


「シュモネー夫人の依頼というのは、こちらの世界に転移した人たちに帝国への帰国の意志があるかどうか、私たちに確認して欲しいというものでした」


 そして、シュモネー夫人が二人に引き合わせたのは一人の女性と一人の少年だった。


「一人はシズカという女性の勇者でした。帝国では平野静香というお名前で、彼女が中学生のときにこちらに転移させられたようです」


「中学生だと!? 子どもをこの異世界に連れて来たのか!」


 突然の私の怒号に、周囲にいた乗組員や村人たちの視線が一気に集まる。私自身、憤怒のあまり額の血管が浮き出てていくのを感じていた。


 坂上大尉が私をなだめるように声を落として説明を挟む。


「あっ、えっと、今はおそらく二十代後半くらいのようでしたが……」


 どうやら今現在が中学生ということではないらしい。だがそれでも転移させられたときには中学生だったことに違いはない。


 以前、フワーデから転移や転生といったものは、私たちのような例外は別として、普通は事故等で死亡した人間が対象となると聞かされていた。


 確かシンイチも階段から落ちて命を落としたところを天使によって、この異世界に転移させれらたと言っていた。


 シンイチの前世は社会人だと聞いていたので、私は他の転生者も似たようなものだろうと考えていた。大人の選択だ。彼らが異世界で生きていこうと決めたのなら、それはひとつの選択だろう。


 だが中学生の子どもにそんな選択をさせるなんて……。まさか天上界の奴ら、自分たちの都合の良い手駒にするために、わざと命を奪ったりしてるんじゃないだろうな。


 天上界に対する疑念が私の中に生まれた。というか最初から疑念しかなかったが。


「もう一人は、キーストン・ロイドさん。帝国でのお名前は鹿島要だったようです。この方は何回も転生させられたとか複雑な経緯があるようでした」


「まさかまた子どもが?」


「転生したときは32歳だったと聞いています。それと、キーストンさんには妹さんがいらっしゃいまして、その妹さんが艦長と会ったことがあると言ってましたよ」


「えっ? 妹さん? 私に会ったって?」

 

 頭にクエスチョンマークを浮かべる私に、坂上大尉がその妹さんの名前を上げる。


「ミーナ・ロイドさんという金髪の可愛らしいお嬢さんです。そ、その艦長から独身アピールされて、少し困ってしまったとおっしゃってました……」


 そう言って、坂上がそっと私から目を逸らす。


 私は、不思議の国から飛び出してきたかのような金髪碧眼のミーナ嬢のことをようやく思い出した。


「つまり、その鹿島という人がミーナ嬢のお兄さんということなのか?」


「鹿島というより今はキーストンさんというべきだと思いますが、まぁ、そうですね」


 そう言えば、私がミーナ嬢を口説こうとしたかのような行動を――本当はただの挨拶でそんな意図は全くなかった行動を――平野が妻に報告する予定だったことを思いだしてブルーになった。


 ブルーになったおかげで、少し冷静さを取り戻した私は、二人に大事なことを確認する。


「それで? 二人に帝国への帰国を希望するか確認できたのか?」


「はい。二人ともこちらの異世界に残るそうです。もちろん、私たちが全力で帰国支援を行う旨を伝えた上での決断です」


「そうか……」


 顔を伏せる私に坂上大尉が、


「お二人とも、既にこの世界に大切な人や家族をお持ちのようでした。決して強いられているのではなく、彼ら自身の判断だったと私は思います」


 南大尉が、二人に対してリーコス村とグレイベア村とシンイチ・タヌァカ氏のことを伝えており、もし二人が困ったことがあれば訪ねて欲しいと伝えていた。


「二人ともシュモネー夫人とは以前から面識があったようで、シュモネー夫人も二人が希望すればいつでもグレイベア村の拠点に転送すると確約してくれました」


「それは心強いな」


 今やミジンコの私にとっては恐怖の銀河皇帝になりつつあったシュモネー夫人だが、逆に銀河皇帝が二人のことを手助けしてくれるというのであれば、これほど心強いこともない。


 この世界に残ることを決めた二人については何とか納得した私だったが、天上界に対する不信はもはや拭いようのないものとなっていた。


 やもすると、天上界の目的を達するため、帝国臣民を計画的に殺害して転生させているなんてこともあるかもしれない。


 さすがにそれは考え過ぎかもしれない。だが少なくとも、彼らを無邪気に帝国の味方だと認識するのは危険だろう。


 このときの疑念は消えることなく私の中にくすぶり続け、


 この後、ずっと後の未来の帝国で――


 異世界に攫われた人々の救出を目的とする『帝国第零転移兵団』が設立されることになる。


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