第121話 居残る覚悟
早朝から出撃だったフワーデ・フォーのお仕事が午前中に片が付いたので、私は不破寺さんと一緒にリーコス村の司令部(兼村長宅)内にあるレストランで昼食をとることにした。
「ワイン漬けカラマ鳥の地中海風から揚げ定食!」
私は注文を取りに来たヴィルミカーラに、元気一杯の幼女声を張り上げて注文する。ついさっきまで一緒に出撃していたヴィルミカーラは、いつの間にか帝国アンナカレーニナーズの制服に着替えていた。
「あと、生ビール!」
「か、艦長は、お酒だ、駄目でしょ……た、倒れたらお、お持ち帰りしても、い、いいの?」
白狼族なのに黒毛のヴィルミカーラは、黙っていれば超美人な白狼族である。その上、オオカミ耳美人が着る胸が強調された制服が超カワイイ!
……のだが持ち帰りされては、本気で艦長の貞操が心配なので、生ビールは断念することにした。
「じゃ、じゃぁアーシェさんの生乳搾りラッシーで」
私が生ビールを諦めていつものドリンクを注文すると、不破寺さんが驚愕の声を上げた。
「えっ!? ヴィルミアーシェさんのお乳ドリンクなのですかん!?」
「ア、アーシェが毎朝、し、絞った牛の乳で、つ、作ってます」
同じような反応を何度も見て来たのだろう。ヴィルミカーラは慣れた感じで、不破寺さんの勘違いを正していた。
「あっ、あーっ! そうですかん。そうですよねん。ヴィルミアーシェさんのおっきいおっぱいなら、もしかしたらーって、ちょっと変な想像してしまいましたん」
テヘッと舌を出して、不破寺さんは片方の手で自分の頭をごっつんこしていた。カワイイ。
私は紳士らしく、黙って笑顔を不破寺さんに向けるだけに止めておいた。
貴方のおっぱいの方がたくさん搾り出せそうですよ……なんて口が裂けても言わない。だって艦長、紳士だもの。
結局、私と不破寺さんは同じものを注文することにした。
なので、同じタイミングで料理が運ばれてきた。
「こ、これがワイン漬けカラマ鳥の地中海風から揚げ定食!」
テーブルには、大きなから揚げが盛られたお皿が運ばれてきた。オリーブオイルで上げられたカリッとした表面からは、ジュージューと油の音が聞こえてくる。
皿を並べ終えたヴィルミカーラが手にしていた岩塩を削る。それから右腕を白鳥のように曲げて、上からヒョイッ、ヒョイッと何か見たことのあるポーズでから揚げに振りかけた。
「ふ、ふふっ」
何故かヴィルミカーラの顔がドヤ顔になっている。
そして最後に、ナイフとフォークを手にして、私と不破寺さんの皿にあるから揚げのひとつをそれぞれ半分にカットすると――
サクッ……。
二つに割れたから揚げの中から、ワイン漬けされて赤身を帯びた鶏肉が姿をあらわにする。
ふわっとワインの上品な香りが鼻腔を抜けた……と思った次の瞬間、焦げたニンニクの香りがじわじわと存在感を出してきた。
あまりにも美味しそう過ぎて愕然とする私の顔を見たヴィルミカーラが、またドヤ顔になっていた。
「ふ、ふふっ。め、召し上がれ」
ヴィルミカーラのドヤ顔が気になるが、それ以上に目の前のから揚げが私のハートをキャッチしてグラブっていた。
心ゆくまでから揚げを堪能することができる喜びに、私の心が打ち震え、口からは涎が落ちそうになる。
「そ、それじゃ、不破寺さん、いただくとしましょうか」
「はいですん。いただきますですん!」
私の箸が魅惑の地中海から揚げをつまみあげる。
その瞬間――
「がんぢょぉぉぉぉぉ! ぎいでぐだざいぃぃぃぃ!」
田中未希航海長(32歳独身)が私の腕に縋り付いてきた。
その勢いを受けて箸から弾け飛ぶから揚げ。
それは弧を描いて、そのまま地面に……
落ちそうになったところを、不破寺さんが宮本武蔵よろしくパシッと箸でキャッチした。
「……」(じっとから揚げを見る艦長)
「……」(どうしようか悩む不破寺さん)
パクッ。
から揚げは不破寺さんの口内へと消えていった。
「わ、わたしのをおひとつどうぞですん」
「ど、どうも……」
不破寺さんのお言葉に甘えて、彼女のから揚げに手を伸ばす私の腕に田中未希航海長(32歳独身)がしがみついてくる。
まずこいつをなんとかせんといけん。
「お、おかえり田中。グレイベア村での休暇は楽しめたか?」
「ぞれでずぅぅぅ! ぞれをぎいでぼじがったんでずぅぅ」
「なんだ!? プロポーズでもされたのか? とりあえず顔を吹け!」
私は自分が使ったお手拭きを田中に向って投げた。幼女の使用後なら文句はあるまい。
田中はお手拭きを受け取ると、涙で濡れた顔を拭い、鼻をズビーッとやっていた。
こいつ……私の食事をどこまで邪魔するつもりなんだ。一度、きっちり本気で叱っておくか……。
「ぞうなんでずぅぅ。ず、ずでふぁんがぷろぼーずしでぐれだのぉぉ」
はっ!?
えっ!?
あっ、あー-っ!
「あーっ、あれか! 子どもの演劇会の話か? シンイチがライラにプロポーズした話だっけ? 私もニュースで見たぞ」
「ちがいまずぅ。ずでわんがわだじにげっごんじでぐれっでいっでぐれだのぉぉ」
「ステファンさんが、田中さんに結婚を申し込まれたみたいですねん」
不破寺さんが泣き喚く田中の通訳をしてくれたおかげで、私はようやく事態を呑み込むことができた。
「ステファンがお前にプロポーズ!? 本当なのか!?」
「ほんどうでずうぅ。がんじょうにいちばんざいじょにほうごぐじだぐでぇぇ。へりがらとびおりでぎまじだぁぁぁ」
ピピッ! とインカムから着信音が響く。
続いて平野副長が切迫した声で、
『艦長! ヘリからの緊急連絡です! 田中が海に落ちました。これから捜索隊を……』
「あ、あぁ……田中なら今、私の隣にいるが……」
『いえ、だから、捜索隊を……今、何とおっしゃいましたか?』
「田中なら私の隣にいる」
その後、田中は私のインカムの電源が切れるまで平野から説教をくらい続けた。
そのおかげで、私はこんどこそゆっくりとから揚げ定食を堪能することができたのである。
――――――
―――
―
「それで、お前はプロポーズを受けたのか」
平野副長の説教で体力の半分を持っていかれた田中から、私は詳しく話を聞くことにした。
「はい」
田中が頬を赤く染めて頷く。
「ちゃんとスマホに録音とってます」
……さすがだな。
ちなみに、いま私は田中の話を聞くために、不破寺さんの膝の上に座らせてもっている。
はぁ、後頭部に当たる不破寺さんのおっぱい枕が天国ぅ。
だがあくまで落ち着いて話を聞くためだ。キリッ。
「それでいいんだな……」
私のこの問いに、田中は姿勢を正して真剣な態度で答えた。
「はい。彼と一緒にこの世界で生きていきます」
私は黙って頷いた。
もし、田中が帝国の誰かを好きになっていたなら、その方が良かった。
だが田中はスプリングス氏を好きになってしまった。
スプリングス氏が田中を預けるに当たって信頼できる男であることは、これまでの付き合いで十二分に理解している。
彼が片腕になり、顔に傷跡を残した理由も、ぼんやりとした話ではあるが本人やシンイチから聞いている。
そうした事情を田中は既に本人から聞いているだろう。この休暇中にそうしたことにもちゃんと向き合ってきたはずだ。
帝国に残してきた両親や家族、いずれ別れることになるかもしれない乗組員たちのことについても、しっかり考えるよう言ってきたし、何度も相談を受けたこともある。
その上での彼女の判断だ。
私は田中の目を見た。
「田中、これまでお前は優秀な航海長だった」
「ありがとうございます」
その目に田中の覚悟を見た。
「だから今回も私はお前の判断を信じる。そしてこれからも応援するさ、おめっとさん!」
「艦長!」
ふぎゅっ!
田中に思いっきりハグされた私は、前門の田中の胸、後門の不破寺さんのおっぱいに挟まれて幸せ……
窒息して
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