第119話 天之岩戸伝説

 田中未希航海長(32歳独身)とスプリングス氏のことについては、下手に私が割り込む必要はないと判断した。


 二人の時間を作ってやりさえすれば、後は勝手にフェーズは進んでいくことだろう。


「というわけで田中航海長に1週間のグレイベア村視察を命ずる!」


「了!」


 後甲板で迎えのヘリを待っている田中の隣にはスプリングス氏が立っていた。


「スプリングス氏には、その間の田中のフォローをお願いします」


「わかりました。彼女のことはお任せください」


「ちなみに、帝国に伝わることわざに『ひと……六つ年上の女房は金の鎧装備で固めてでもゲットしろ』というのがあります」


「は、はぁ……」


 スプリングス氏がキョトンとした顔をして私を見つめている。どうやら意味が十分に伝わらなかったらしい。


「私は田中の両親から、彼女を預かる身です。異世界に来た今、いわば私が田中の親のようなもの。ちなみに田中には弟妹が三人いますが、そのいずれも既に結婚して子供を持っています」


「は、はぁ……」


「うちの娘のことを何卒よろしくお願いします。スプリングス氏なら田中のご両親なら大歓迎なはずです」


「もちろん彼女のことは私が守ります ……と言いますか、グレイベア村の滞在でそこまでご心配されるような危険はないかと」


「あははは。その点については心配していません。ただ田中は未婚女性。帝国撫子には奥ゆかしいところがあるので、その辺、気を付けていただきたいだけです」


「は、はぁ……そういうことにも気をつけるようにします」


 私は今一つ呑み込めていないという顔をするスプリングス氏に追い撃ちを掛ける。


「気をつけてください。帝国では男女が二人きりで星空を見上げながら手をつないだら、それはもう婚約成立で婚前交渉でゴールインと考えられています」


 ギクッ!という音が聞こえてきそうな勢いでスプリングス氏の身体が一瞬震える。


「これはあくまで帝国での常識ですが、夜の後甲板でキスを交わそうものなら、それはもう子宝を授かっています!」


 ギクッギクッ!ってなった。


 護衛艦フワデラ内での行動にプライバシーは一切存在しない。どこで何をしようが神出鬼没のフワーデの目が光っているのだ。


 常に監視しているわけではないが、田中とスプリングス氏が二人っきりの時間を、フワーデが見逃すはずなかろう。


 というかR18場面にならない限り二人の様子を見ておいてくれと指示を出したのは私だ。


 私は声のトーンを1オクターブ落として、スプリングス氏に念を押した。


「くれぐれもウチの娘をよろしく頼みますよ」


 ごくり……とツバを呑み込みながら頷くスプリングス氏の横では、田中が、


「もぉぉぉ! 艦長! わたしは艦長の娘なんかじゃありませんしぃぃ!」


 顔を真っ赤にして両手を上下にブンブン振っていた。


 ちなみにその拳はサムズアップになっていた。




 ~ 士官食堂 ~


 私はシンイチとライラと一緒に士官食堂で夜食をとっていた。


 モニタにはFuwaTubeのライブニュース放送が映し出されている。映像では白狼族の女性アナウンサーがニュースを読み上げていた。


『今週の人気番組ランキング1位は、ゆきな☆わんこちゃんねるでした。カワイイワンコちゃんとそれに癒される平野副長の笑顔のコンボが人気のようですね。続いてのニュースです。本日、グレイベア村で……』


 田中をグレイベア村に送り出した私は、ようやく落ち着いてから揚げ定食を堪能することができる喜びに打ち震えていた。


 感動を100%味わうために、から揚げには手を付けず、私は付け添えのオカズから手を付ける。


『コボルト村の復興を願う子供たちによる演劇が開催されました』


 シンイチとライラがモニタに目を向ける。


「へぇ、子供の演劇かぁ」

「前回、村に帰ったときに練習しているのをみかけました。みんな可愛かったです」


『では、子供たちによる演劇 天之岩戸伝説のハイライトシーンをご覧ください』


 ストローでコラコーラを飲みかけていたシンイチの動きが止まる。


 私はその顔を正面から見ていた。続いてモニタには、舞台で一斉に叫ぶ子供たちの姿が映し出されていた。


『ライラは綺麗だっつってんだろぉぉがぁぁぁぁ!』(子供たち)


 ブフォォォォォオッ!


 シンイチが盛大に吹き出したコラコーラが、私の顔に吹きかかる。


 「……」(艦長)

 「ゴホッ、ゲホッ、グボァッ」(シンイチ)

 「いやん!」(ライラ)


 真っ赤になったライラがシンイチの袖をクィッと引っ張る。


 どうやらシンイチがライラに告白したときの場面が、子供たちの演劇で再現されていたらしい。


 演劇のネタにされるようなドラマティックな告白をシンイチが行なったということなのだろう。


 それがどのようなものだったのかは知らないが、もし私が妻にしたプロポーズ場面が演劇になって放送されたら、まず今のシンイチと同じ状態になるだろうな。


 分かる。分かるぞ、シンイチ。君の気持はよく分かる。


 だから、私のから揚げ定食がコラコーラまみれにしたことは許そう。


「艦長、シャワー浴びてくる」


「す、すみません……」


 平謝りするシンイチとライラと、コーラに濡れたから揚げを残して。


 艦長はクールにその場を去った。


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