第137話 ラピスのお仕事

 小野寺のお腹を掴み療法を始めてから二週間もすると、ラピスの夜泣きは治まった。全乗組員がラピスを可愛がることもあって、ラピスも護衛艦フワデラの生活に慣れてきた。


 今ではシンイチやライラが付いていなくても、一人で艦内のあちこちに出掛けるようになっている。


 私がラピスの散歩に付き合って艦内を巡っていると、驚いたことにラピスはすれ違う乗員全ての名前を呼んで挨拶していた。


「ラピスちゃん、おはよ!」

「しののめさん、おはようございます!」


「おはよう!ラピス!」

「おはようございます! あおみねさん!」


 ちっちゃいラピスがピシッと敬礼をすると、誰もが相好を崩してしまう。


 だってラピスの敬礼チョーカワイイんだよ!


 誰が教えたのか知らないが、敬礼の瞬間だけ、可愛い眉根を寄せて真面目な顔になるのな!


 チョーカワイイ!


 そして次の瞬間にはニコッと天使の笑顔になるの!


 チョーカワイイ!


 私もラピスに負けじと敬礼すると乗組員は、


「艦長! おはよございます!」


 と終始真面目な態度が崩れることはない。どうも私の幼女力はラピスに及ばないようだ。艦長の幼女センターポジションが脅かされているのをヒシヒシと感じる。


「それでラピス、今日はどこに行くんだ?」


 ラミアの蛇体をスルスルとくねらせながら、ラピスは音を立てず艦内を進んで行く。普段はもっと早く動いているのを見かけるのだが、今は私の歩行速度に合わせてくれている。


 チョー愛おしいんですけど!!


「しんどうさんに、信号旗のたたみかたを教えてもらうの!」


 艦の外に出ると、ラピスは私の顔をチラチラっと見る。早く新藤航海科員のところへ行きたいのだろう。


「先に行っていいぞラピス、私はゆっくり歩いて行く」


「うん! 先に行ってるね!」


 ラピスはニッコリと天使の笑顔を見せた後、ラミアの蛇身を使ってスルスルと信号旗へ昇っていった。


 その後、私がラピスの元に辿り着くと、彼女は新藤が凄まじいスピードで次々と信号旗を裁いているのを目を輝かせて見つめていた。


 新藤は山の様にある信号旗の一枚一枚を開いて汚れや毀損がないかチェックし、次の瞬間に折りたたむということを神スピードで行っている。


 新藤が私に気付いて手を止めようとするのを、私は軽く手を振って、


「そのまま続けてくれ」


 と作業を進めてもらった。


「早い! 早い! 早い!」


 ラピスは楽しそうに声を上げながら、新藤の作業を瞳をキラキラさせて見つめている。尻尾の先がパタパタと振れていた。


 その後、ラピスは新藤から旗の扱い方についてのレッスンを受けていた。


 次ぎは朝食タイムだ。


「私は先任伍長会議に行くから、ラピスは食堂に行くといい」


「うん!」


 ここ最近のラピスのお仕事は朝食の配膳だ。士官食堂と先任伍長食堂で配膳のお手伝いをして学んだラピスは、自ら科員食堂に出向いて乗組員たちに配膳サービスを提供している。


 サービスといっても今はお茶くみ程度だが、それでも立派な仕事には違いない。


 先日、ラピスにくっついて彼女がお手伝いする様子を観察した。


 ラピスはまず士官食堂へ出向いてお手伝いする。


「おっ、ラピスちゃん、今日もえらいね! ほら、私のコロッケをあげよう」

「わたしダイエット中だから、から揚げ半分でいいや。ラピスちゃん、どうぞ」

「ありがとー!」


 という感じで、皆からオカズ一品を貰っていた。オカズは彼女の口にそのまま運ばれて、ラピスはその場でもぐもぐする。


 次に先任伍長食堂に出向いてお手伝い。


「ラピス! 今日もちゃんとお手伝いしてるな! えらいぞ! たんと喰って力付けろ!」

「えっ、ハンバーグ!? 貰っていいの!?」


 なんて感じで、皆からオカズ一品を貰っていた。もちろんその場でもぐもぐする。


 最後に科員食堂。基本的にセルフサービスなので、ここではラピスはオーダーでサービスを提供する。


「ラピスちゃん! お茶お願い!」

「はーい!」


 人でごった返す中を、ラピスはお茶を持って乗組員のところへと運ぶ。


「おのでらさん! お茶どうぞ!」

「ありがとね! はい、お礼のから揚げ!」


 から揚げを貰ったラピスがその場でもぐもぐする。このハムスターを彷彿とさせるラピスのチョーカワイイもぐもぐを見たくて、わざと大目にオカズを盛りつける乗組員も多いようだ。


「ラピスちゃん! こっちにもお茶お願い!」

「はーい!」


 から揚げをとラピスはお茶を運びに向かう。この時、狭い中を邪魔にならないように移動するために、蛇身を高めに立てて、尻尾をくるっと丸めている。


 そのせいで成人男性並みの身長になっている食堂でしか見れないレアラピスを確認することができる。


 そうして皆が食事を終えると、士官食堂に戻ってシンイチやライラたちと一緒に朝食をとるというのがラピスのモーニングサイクルとなっている。


 今朝のお仕事と朝食が終わったラピスは、ライラにクシで髪をといてもらいながら、今朝あったことをシンイチに報告していた。


「それでね! サガミさんがね、わたしの尻尾を踏んじゃってね! ごめんねってお菓子いっぱいもらったの!」


 楽しそうにおしゃべりを続けるラピスに耳を傾けるシンイチ。


「お菓子もらえて良かったね。ちゃんとお礼は言ったの?」

「うん! ありがとーって言ったよ!」


 二人の会話を聞きながら、ラピスの限りなく黒に近い濃紺の髪をポニーテールにまとめるライラ。ライラも幼女なのだが、傍目から見ると二人の姿はどうにも母娘のように見えてくる。


 楽しそうに過ごしている三人の姿は、実際のところ親子の団欒にしか見えなかった。


 それにしてもラミアは子供のラピスであっても、人間の大人顔負けの量を食べるものだ。


 そういえば大人なラミア族のトルネアは、いつも私たちと同じような食事をしていたようだが、そんなので大丈夫なのだろうか。


 そんな疑問を、給養員と雑談したときに聞いてみた。すると給養員はスマホを取り出してある動画を見せてくれた。


「ビッグマートのおかげで食料は十分あるから気にしないで良いって、トルネラさんには言ってるんですがね。でも自分は沢山食べるから、あまり迷惑かけたくないって言って……」


 動画には、停泊中の護衛艦フワデラからトルネアが海中にダイブする姿と、そこから動画カットが入って、今度は縄梯子を昇ってくる様子が映しだされていた。


 トルネアの尻尾にはマグロに似た巨大な魚が巻き付けられていた。


 どんだけ腕力あるんだよ!とか、こんな重量を支える帝国海軍の縄梯子超スゲーなとか、色々とツッコミたいところはあったのだが。


「ちょ、もしかして夜食にやたらマグロ系のメニューが多いのって……」


「ええ、大食のトルネアさんもこのマグロ全部は食べきれないようで、残りは分けて頂いてます」


 今まで普通にマグロだと思って食べていたんだが、このマグロ風異世界魚を食べさせられていたのか?


 知らない間に異世界マグロデビューしてた。


 まぁ、旨いから問題ないけどな。


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