第136話 ラピスの夜泣き対策

 ラミア族の幼女ラピスは昼間のうちはとても元気で明るい良い娘だ。目に入るもの全てが珍しいのだろう、どんなことにも興味を持って、毎日のようにシンイチやライラを手で引っ張りながら艦内巡りをしている。


 乗組員たちも可愛いラピスが来ると笑顔で彼女の相手をして癒されていた。


 昼間のうちは元気なのだ。


 夜になるにしたがってラピスのテンションは段々と落ちてくる。夕食を終えた後は、必ずシンイチかライラのどちらかにしがみついて離れようとしない。


 そして深夜になると必ず夜泣きする。


 無理もない。ラピスの村は丸ごと消滅してしまったのだ。父親を失っただけでなく、友人や知己も全て彼女から奪われてしまった。


「うわぁぁぁぁぁぁん! パパッ! パパぁぁ!」


 だから士官寝室で休んでいる者は誰一人として、ラピスの夜泣きを咎めるものなどいない。それはうちの乗組員たちだけではなく、不破寺さんやトルネア、カトルーシャ王女たちも同じだった。


「艦長さん、ラピスちゃんの夜泣きが始まったですん!」


 不破寺さんには、ラピスが夜泣きしたときは、私を起こすように伝えていた。


「そうですか、それではアレを試してみることにしましょう」


 私が艦長室から出ると、そこには泣き喚くラピスを抱えたシンイチがいて、私を見るやいなや「騒がしくして申し訳ありません」と何度も頭を下げる。


 この深夜の夜泣きだけは、なぜだかシンイチの頭なでなでも効果が出ない。おそらくシンイチはそのことを気にしているのだろう。


 シンイチの責任ではないのだがな。もちろんラピスでもない。


 連日の夜泣き対応で寝不足気味なのだろう、シンイチの目の下にはうっすらとクマが出ていた。さすがにこの状態をいつまでも放置しておくわけにはいかない。


 ということで、ここはメンタルケアのスキルに定評のある主計課の小野寺譲一等水兵(21歳独身)に協力してもらうことにする。


 小野寺一等水兵は【お腹の肉をつかむと心がホワホワする】というフワデラ乗員にしては珍しく有用なスキルを持っている。


 彼はそのスキルを使って、妖異によって心を狂わされたカトルーシャ王女や女海賊フェルミのメンタルケアに成功している。


 私も実際にお腹の肉をつかませてもらったことがあるが、確かに心がホワホワした。

 

 お風呂で温まってホワーッとしたときに、つい膀胱までホワーッっとしてしまい、ついついお漏らししてしまったときのようなホワホワ感だ。


「まさかご自宅以外のお風呂でそんなことしてないですよね?」


「うひぃ! 平野! いつの間に!?」


 当直についていた平野はたまたま近くを通り掛かったときに、ラピスの泣き声を聞きつけてやってきたらしい。平野に事情を説明すると、彼女は小野寺一等水兵を起こしてレストルームまで連れてきてくれた。


 小野寺一等水兵がソファに腰かけて腹を出す。事情を知らない第三者が見れば、いったい乗組員に何をさせてるのかと首を捻らざるを得ない絵面だ。


「小野寺くん、夜中に起こしてすまないな」


 私は心の底からそう思った。


「いえっ! ラピスちゃんのためならどうということはありません!」


 EONポイントの管理が始まって以降、主計課は常に多忙を極めている。そんな中で疲れを見せることなく、明るい笑顔を返してくれた小野寺一等水兵には感謝しかない。

  

 何かお礼をしなければな。


「頑張っている小野寺くんには、平野副長がお腹をもみもみすることでお礼になるかな?」

「いえっ! できれば女王様には素足で踏んd……」

「シンイチ! 早くラピスに彼のお腹を掴ませてやれ!」

「ハイ!」


 なんだろう。夜中のテンションのせいか、小野寺がバカなことを口走りそうになった気がして、私は彼に最後まで言わせることなく用件を勧めることにした。


 小野寺の腹を掴んだ途端、ラピスは泣くのを止めて、幸せそうな顔で眠りへと落ちていった。


「それとシンイチも、小野寺の腹を掴ませてもらえ。ここのところ十分な睡眠がとれていないだろう? 疲れが相当溜まっているはずだ」


「そ、そうですか? いや、そうですね……では失礼して」


 そう言ってシンイチはラピスの手を覆うようにして手を重ね、指先で小野寺の腹を掴んだ。

 

「あっ……これは……いいか……も……」


 うつらうつらし始めたシンイチの隣に不破寺さんが腰かけて、彼が倒れないように肩を貸していた。


 スースーと寝息を立てる小野寺の腹を掴むラミアの幼女。


 うつらうつらと眠りこける小野寺の腹を掴む青年。


 ……それにしても絵面!


 加えて先ほどから平野に見下されながら、顔を紅潮させている小野寺!


 もう二度と貴様を「くん」を付けて呼ぶことはないだろう。

 

 平野のことを「女王様」と呼んだ時点で、貴様は、最近うわさになっている怪しい宗教団体の信徒である疑い濃厚だかんな。


 その宗教は、護衛艦フワデラのみならず、リーコス村やアシハブア王国にまで急速に勢力を伸ばしつつあるという。


 そんな噂について語っていたFuwaTuberの番組では、その宗教の崇める神かあるいは教祖が平野であると言っていたが……。


 まさかそんなわけないよな。


 私がチラッと平野を見上げると、平野の瞳に一瞬キラリと光が走った。


 確かに平野のスキル【見下し好感度UP】を使えば、宗教の教祖くらいなら簡単になれるかもしれんが……。


 まさか……な。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る