第135話 母親の行方

 護衛艦フワデラの艦長室。


 ラピスの身心も落ち着いてきたので、平野副長とシンイチ、ライラ、トルネラに集まってもらって、一緒にラピスの話を聞くことにした。


 ラピスは、妖異軍によって初めて戦闘ドローン・イタカが撃墜された村に暮らしていたらしい。妖異が村に押し寄せた際、彼女の父親はラピスを森の中に逃がした後、妖異軍に見つかって殺されてしまう。


 森の中で身を隠していたラピスは、次々と村人が殺されていく様子を見ていた。そして、もはや自分が帰る場所がなくなったことを、ラピスはその幼い心で理解した。


 どうせなら父や村人たちと死のうとラピスが考え始めたとき、我々のヘリが到着。続いてシンイチが幼女化ビームで村にいた統べての妖異を薙ぎ払ってしまった。


 急な事の成り行きに戸惑うラピスだったが、見知らぬ私たちに対して警戒を解くことはなくそのまま森の中に潜み続けた。


 結果的にはそんな警戒は必要なかったのだが、安易に飛び出さず、状況を観察する判断ができるなんて、なんて賢い娘だと思う。 


 遺体を集めた私たちが、最後に村人に向って敬礼する姿を見て、ラピスは私たちが頼るべき大人だと認識したようだ。だが森を出たラピスが村に戻ったときには、既に私たちのヘリは飛び立っていた。


 慌てたラピスは、ただひたすらヘリが去った方向を目指して進み続けた。森を抜け、山を越え、川を渡り、その間ずっとはぐれ妖異や魔物から身を隠し、進んだ。


 それから一週間後、奇跡的にリーコス村へと辿り着き、ズタボロになって北門前で倒れていたのだ。


「うあぁぁぁぁぁぁぁぁん! ラピズゥゥゥゥゥ!」

 

 そして今、ラピスに抱きついて号泣している幼女、それが私である。


「えらいぃぃ! こんなに小っちゃいのにえらいぃぃぃ! よくがんばっだ! がんばっだよぉぉぉ」


 小っちゃい幼女の私が小っちゃいラピスの頭をよしよしする。 


 ラピスの話を聞いていた全員が涙を拭っていた。


 私は、ラピスが息も絶え絶えの状態で倒れている姿を見ているから、なおさら胸が締め付けられる。シンイチも私と同じなのだろう、彼も目を真っ赤にしてすすり泣いていた。


 ただひたすらヘリの去った方向を目指し、山河が横たわる長い距離を幼子がたったひとりで進んで来たのだ。いくらラミアが強靭な種族と言え、これは奇跡の中の奇跡のはずだ。


「ラビズぅぅぅぅ!」


 ついに鼻水まで流し始めた私の顔を、ラピスがいやいやと拒絶して手で押しのけて遠ざける。


 バサッ!


 平野が私の顔にタオルを掛け、そのまま鼻チンするように言ったのでその通りにする。


「艦長、いい加減にしてください。ラピスが困ってます。というか嫌がってます」


「ぞ、ぞうが……ずまない……」


 平野がゴシゴシと力を込めて私の顔を拭う。ちょ、ヒリヒリする!


「むぅ! 平野、痛い!」


 力入れ過ぎだろ平野! 艦長のプリティ幼女フェイスに傷がついたらどうするんだ!


「艦長、とりあえずラピスにはおやつでも食べてもらいませんか? ラピス、食堂でパフェを作ってもらうといいわ」


 私の抗議のほっぺたプクーを無視して、平野副長がラピスに優しく微笑みかける。パフェと聞いたラピスの表情がパアァァッと明るくなった。


「そ、そうだな……では、シンイチとライラで士官食堂に連れて行ってやってくれ。トルネラは残ってもらえるか」


 ラピスとシンイチ、ライラが艦長室を出て行った後、私はトルネアから話を聞くことにした。ラピスの話をラミア族の視点から見て、何か分かったことがないかを確認したかったのだ。


 トルネアが顎に手を当てて思案する。


「そうですね……まずラピスの母親がどうなっているのか気になりました」


 確かに、あの年頃なら、母親の存在を忘れるなんてことはなかなか考えられない。ということは、あの戦闘で母親が殺されたというわけでないのか。


 トルネアによると、ラミア族は人間や亜人の男性と結ばれるそうだ。子を授かる場合に誕生するのは必ずラミアになるのだとか。


 期せずして、ここでラミアに女性しかいない理由が判明した。


 ラミアは大食漢なので、村が貧しかったりすると、母娘のいずれかが村から離れて暮らすことがある。娘が幼いうちは母親が村から出る場合ば多い。


「ということは、母親は生きているのか?」


「そうかもしれませんね。ただ特段の事情がなければ、母親が離れて暮らすと言っても、頻繁に夫や娘に会いに戻ってくるものだと思います。でも、それならラピスの口から母親のことが出てもいいはずなのに……」


 もしかすると母親とは死別でもしたか、何か深い事情があるのかもしれない。母親のことについてはラピスの状態を見ながら探ることにしよう。


「艦長」


「どうした平野」


「母親が健在である可能性を考慮し、ラピスが無事であることを知らせる手配をしておいた方が良いのでは?」


 確かに平野の言う通りだ。もし、トルネラの言うような単なる食糧事情による別居状態だった場合、村へ戻ってきた母親が苦悩することは間違いない。


「早急に対応しておく必要があるな。無人の村を見て絶望する母親なんて見たくない」


 その後、ラピスが落ち着いているときを見計らって、シンイチに母親の存在について聞いてもらった。


 ラピスはずっと父親と二人暮らしだったようで、母親のことをほとんど覚えておらず、母親の居場所どころかその生死さえ確認することができなかった。


 とりあえず私はラピスの村に避難者掲示板を設置することにした。また王国騎士団に協力を要請し、彼らの捜索対象にラピスの母親を加えてもらった。

 

 トルネアがラミアのネットワークを通じて母親について既に調べ始めてくれていた。またグレイベア村のルカ村長も捜索への協力を申し出てくれた。


 もしラピスの母親が既に亡くなっていたら、これらは全て無駄骨に終わる。


 だがそうでなかった場合のことを考えれば、私に躊躇する気持ちは全くなかった。


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