第22話 野良ポーター

 早朝に宿を出た私たちは、街外れにある森の入り口で馬車が来るのを待っていた。


 初級ダンジョンは冒険者ギルドのある港町から馬車で1時間ほどの処にある。海沿いの小高い山の中腹にあるため、ギルドからでもダンジョンがある大体の場所を目で確認すことができる。


「大体あの辺りになります」


 大きなリュックを抱えたヴィルフォアッシュがダンジョンがある場所を指で示す。


「あそこまで歩くとなると時間が掛りそうだな」


 そんな私の言葉を聞いて、大きなリュックを抱えたヴィルフェカーミラが初級ダンジョンまでの移動方法について教えてくれた。


「しょ、初級ダンジョンまでは、ぼ、冒険者ギルドからの、乗り合い馬車が出てるから、だ、大丈夫」


「そこまで環境が整備されているのか。ここまでくるとダンジョンに通う冒険者が普通の労働者に思えてくるな。それにしても――」

 

 そこまで言って私は他の四人に一通り目を向ける。

 

「みんな荷物が多いな」


 皆の重装備に対して私が呑気に感想を述べると、全員がジト目を向けてきた。


「艦長こそ、そんな装備で大丈夫ですか? 初級だからって異世界のダンジョンを甘く考えてます? 舐めプ余裕ですか?」


 幼女にしてはちょっと大き過ぎるリュックを背負った南大尉が、私のキッズリュック(クマさんの絵柄)を見ながら少し不機嫌そうに言った。


「大丈夫だ。荷物の重量が30%以下なので、イザという時には華麗なローリングで対処できる。ロリロリ回避だ」


「はぁ、そうッスか……。でもヴィルフォアッシュさんの指示通り、4日は凌げる準

備をしましたから、確かに荷物は多いかもしれません」


「しょ、初級でも、だ、ダンジョンはだ、ダンジョン。ゆ、油断は死を招く」


 私たちに危機感を持たせようとヴィルミカーラが厳しい顔をして見せた。


 無理して表情を作っているためか、黒いケモミミがピクピク動いている。それ見た私は、ねこじゃらしをふりふりされる子猫の気持ちを分からされてしまった。


「それにしても異世界だっていうのにアイテムボックスみたいなのはないんですね」


 南大尉がさも残念そうな口調でそんなことを言いだした。


「あ、アイテム、ぼ、ボックス? な、なにそれ?」


「いくらでも荷物を入れることができる魔法のかばんみたいなもんですよ」


 南大尉がアイテムボックスについてヴィルミカーラに説明するが、彼女もヴィルフォアッシュもいまひとつピンとこないようだった。


「しかしまぁ、これだけの荷物を抱えて行くとなると、ダンジョンでお宝をゲットしても持ち帰ることができないなんてことになるかもしれんな」


 ヴィルフォアッシュがそういうことはよくあることだと指摘した。


「ダンジョンの場合、浅い階層であれば見張りを残して交代で得物を運ぶこともありますが、深い階層となると価値の高いものだけを持ち帰り、残りは隠しておきます」


「後で回収するってことか」

 

 南大尉の言葉にヴィルフォアッシュは首を振った。


「他のクエストでまた同じ場所を訪れるか、よほど余力がない限りはそのまま放置します。それに大抵の場合、後日回収に行っても既に他の冒険者や盗賊が持ち去っているでしょうね。隠すのは僅かな可能性に賭ける博打のようなものです」


「ぼ、冒険者のか、隠す場所なんて、と、盗賊には、お、お見通し」


「なるほど。しかし魔石が入手できたら、なるべく多く持ち帰りたいんだがな」


「艦長、初級ダンジョンの主たる目的はあくまで実践の連携を確認することなんですから、あまり欲を出さない方がよいかと」


 と坂上大尉が言ったとき、見知らぬ少女が私たちにフラフラと近づいてきた。黒髪をポニーテイルでまとめた女の子は黒いメイド服姿。身体よりも大きなリュックを背負っている。


「もしかしてポーターをお探しですか?」


 そう言い終わることなく、少女は私の前でパタンと倒れてしまった。


「おい、大丈夫か?」


 声を掛けた私に反応するかのように、少女の身体から奇妙な音が響いてきた。


「きゅるるるるる~」


「お腹壊したの?」

 

 私の言葉に少女はうつ伏せのまま首を横に振る。


「空腹なのでは?」


 坂上大尉の言葉に少女は首を縦に振った。ちなみにその際、おでこを地面に打ち付けている。


「なんだ腹が空いていたのか、それなら……」


 私はヴィルフォアッシュに合図して後ろを向いてもらい、彼のリュックを漁って戦闘糧食Ⅰ型(缶)レーションをひとつ取り出した。


「艦長の荷物、そこに入れてるんかーい!」


 南大尉のツッコミをスルーして、私は少女にレーションの缶を開いて差し出す。少女はバッと音を立てて身体を起こすと、懐から黒い箸を取り出し、


「いただきます!」


 と手を合わせるやいなや、レーションをガツガツと凄い勢いで食べ始めた。少女はあっと言う間にレーションを完食し、懐からハンカチを取り出して口と手を拭うと、


「ご馳走様でした!」


 と両手を合わせて私に礼をした。


「ここ三日ほどちゃんとした食事をしておりませんでしたので、このまま危うく野垂れ死ぬところでした。この恩は忘れません。きっとお返しします。なので、ポーターは要りませんか?」


 そう言ってニッコリとほほ笑む少女は黒い瞳を持つ美少女で、

 

 まるで――

 

 私たち帝国の人間のようだった。


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