第23話 少女は脅される

 黒いメイド服の少女は野良のポーターだった。


 名前はミライ。

 

 古大陸出身で、武芸を磨くために旅を続けているのだという。旅の途中、路銀が尽きたので仕事を探していたらしい。


 ちょうどこの港町付近にダンジョンがあると聞いてやってきたのだとか。


 ところがここにあるのは初級ダンジョン。ギルドや先達から『野良には要注意』と厳しい指導を受けている新人冒険者が、野良のポーターを相手にすることはなかった。


「冒険者ギルドで仕事を貰えばよかったんじゃないか?」


 と私が聞くと彼女は首を左右に振った。


「冒険者登録にもお金が必要なので、ここで幾らか稼いでいこうかと思いました」


「それで誰にも雇われることないまま、飢え死にしかけていたと……」


「恥ずかしい……」


 そういって顔を伏せる少女の長いまつげと瑞々しい桃色の唇に目を奪われる。この娘、かなりの美少女だぞ!


 私の美少女センサー(アホ毛)がピンと立った。


「よし、君をポーターとして雇うことにしよう」


「「「「えっ」」」」


「いいんですか!?」


 少女を含め、私を除く全員が驚いていた。


「ちょっと、良いんですか艦長?」と南大尉。


「……」坂上大尉は無言。


「野良のポーターを雇うのは止めた方がいい」とヴィルフォアッシュ。


「わ、わたしも、や、やめた方がい、いいと思う」とヴィルミカーラ


 つまり全員が反対だった。


 理由を確認すると全員が「信用できない」という一点だ。それを聞いた少女は身体を小さくして縮こまっている。


「あ、あの……わたし、荷物持ち以外にもお料理とかお掃除とか、雑用一般はお手伝いできると思います。それに、こう見えてもメイド神拳と萌け……古大陸の武芸を嗜んでいるので、戦力としてもお役立ちできるはずです!」


 少女は必死になって自分を売り込み続けた。ヴィルフォアッシュが冷たい目を少女に向けながら言い返す。


「冒険者登録もしていない、ポーター商会に属しているわけでもない、そんな野良のポーターを雇うのがどれだけ危険なことか子供でも分かること……」


 そこまで言ってヴィルフォアッシュは発言を止めた。


「タカツ様、今のは決してタカツ様を批判したわけではありません。異世界から来たあなた方がこちらの常識に疎いのは当然のこと。ですが、野良を使うのはそれだけ危険なことなのです」

 

 私は軽く頷いて彼にに悪意がないことは理解していることを示す。その後、少女に声を掛けた。


「えっと……ミライさん? 彼が言ったことは理解できたかな?」


 コクコクと少女は頭を縦に振った。


「わ、わかります。他の冒険者さんたちからも同じことを言われました。自分も逆の立場でしたら、皆さんと同じように思うことでしょう……」


 少女は姿勢を正し、パッパッと身だしなみを整えた。そして私たちに向ってペコリと頭を下げる。


「失礼いたしました。無茶なお願いをして申し訳ございません。お食事を戴いてありがとうございました。お礼を差し上げたいのですが、私にはこれしかありません。どうぞ!」


 そう言って、彼女は首にぶら下げていた小さな銀の筒を私の手に握らせる。


「それでは失礼いたします!」


「ちょっと待って!」


 この場を去ろうとする少女を私は慌てて止めた。皆の意見もよく分かる。だが私はこの少女を雇うと決めており、その意志はまだ変わっていない。


 私自身は少女を信用しても良いと思っていた。きちんと手を合わせて「いただきます」と「ご馳走様」を言える子に、悪い子なんていないのだ。


「みんなは彼女が信用できないということだが、信用できればいいんだよな?」


「ええ、まぁ……そうです」


 南大尉が訝し気な表情で私を見つめる。


「私とて、出会ったばかりのこの娘をそのまま信用することはできない」


 私の言葉を聞いた少女が顔を伏せる。


「なので、信用できるように彼女を脅しておくことにする」


「「はい!?」」


 南大尉と少女が綺麗にハモった。


「出でよ! フワーデ!」


 私が天を指さしながら大声を上げると、


「ハーイ!」

 

 私の頭上に戦闘ドローンが飛んで来て、ドローンに搭載されいるスピーカーからフワーデの声が響いた。


「フワーデ! この少女を覚えろ!」


「覚えた!」


「少女よ、ちょっとドローンから逃げて見てくれ」


「えっ!?」


「ちょっと、この辺をぐるぐる走ってみてくれ」


 少女は頭の上にハテナマークを浮かべる。だがとりあえずは言われた通り、私たちの周囲をトトトッと駆け回り始めた。


 その後をピッタリとドローンが追尾していく。


「!?」


 驚いた少女は、必死になって逃げ始めた。しかしドローンは恐ろしく早いスピードで彼女を追い続ける。たとえ少女が木々の中に隠れても、その頭上でドローンがホバリングし続けた。


「もういいぞ! フワーデ! 少女もこちらへ!」


 少女はドローンを避けるようにしながら、私たちのところに戻って来た。


「ま、魔法使いさんだったのですか……」


 少女の私を見る目に畏怖が浮かぶ。


「彼女が逃げられないことが保障できれば、みんなも少しは信用しても良いのではないか?」


「そ、それな、なら……か、構わない」

 

 ヴィルミカーラが同意したのを切っ掛けとして、他の面々も渋々同意する。


「ということだ、少女。君をポーターとして雇わせてもらう」


「本当ですか! あ、ありがとうございます!」


 そう言って、少女は嬉しそうに何度も頭を下げた。


 ……初めの予定ではこれで終わっていたところだ。だが、私の想定より状況がトントン拍子で進んだので、私はつい調子に乗って悪ノリモードに入ってしまった。


「少女よ、先ほど身を隠していたあの木だが……」


 私が大木を指さすと、少女と皆の視線がその木に集まった。


「フワーデ! ってぇぇぇ!」


「わかったー!」


 ブーーーーーン!という低い唸るような音がすると、ドローンから発射された無数の弾丸が大木に大穴をあける。


「「「「「……」」」」」


 ギギギッ……。穴のあいたところから木が倒れ始め……


 ズッシーン!

 

 見事に倒れた……。


「少女よ我々を裏切って逃げないことをお勧めする。君のためにもね……ククク」


 私は両手を腰に当てて踏ん反り返りながら、悪の大幹部を気取った。


 少女は気を指さしてアワアワしながら震えていた。


 他の面子は絶対零度の視線を私に向けていた。



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