第189話 霧深き港町ミナス

 VRフワーデゴーグルの安全性も確保されたところで、いよいよ上陸部隊を港のある街に派遣することとなった。


 最初は、鳥に擬態した偵察飛行ドローン・カラスを使って、街の上空からの撮影を試みた。だがあいにくと、天候に恵まれず、だんだんと濃くなっていく霧に阻まれて断念。


 事前の情報収集は諦めて、直接、街に向かうことになった。


 上陸部隊を乗せたボートは、港町の南2キロにある森が迫る海岸から上陸し、そこから、街道に出て徒歩で街へ向っていった。


「たのしい観光の街ミナスへようこそ……って書いてるよ!」


 フワーデが、街の入り口にある黒い石板に彫られている大きな文字を読み上げる。


「観光の街?」


 VRフワーデゴーグルを通して、フワーデと同じものを見ている私は、思わず首を傾げる。


「観光の街と言う割には、人っ子ひとりいないように見えるし……」


 そもそも街の空気が重苦しい。


 石造りの古い建物と石畳の道、18世紀のヨーロッパの街並みのような印象を受ける。町全体が濃い霧に包まれていて、太陽が薄暗い光がわずかに地面に届けるだけ。


「廃村? もしかして静かな岡の街かな?」


 と私が呟くと、シンイチが「ひぇぇぇぇえ」と情けない声を上げる。


「俺、ホラー超苦手なんですよ。こういうの駄目! 三角頭巾なんか出てきたら、絶対泣きますから!」


 おそらく、このメンバーの中で最強のスキル【幼女化】を持ち、悪魔勇者の討伐に最も貢献した男が、ライラの手にしがみ付いてガクガク震えていた。


「シンイチ、いくら怖いからって幼女にしがみ付くのは、ちょっと絵面的に切ないものがあるぞ。ほら! しっかりしろ!」


 桜井船務長が、シンイチの背中をバシバシと叩いて励ましていた。


「そ、そうですね。あ、ありがとうございます」


 よし、私もシンイチをフォローしておくことにしよう。


「桜井、シンイチはライラにしがみ付くふりして、ライラを抱いているトルネラのおっぱいへのラッキータッチを狙っているだけだ。そうだなシンイチ」


「違いますよ! 艦長と一緒にしないでください!」


 あれ?


 シンイチに怒られてしまったぞ?


 ま、まぁ、元気になったようでなによりだ。


「船務長! 人影が!」


 境 友李菜大尉が、街の中を歩く人影を指差す。ただ霧が濃くて、その姿をハッキリと視認することができない。


 桜井船務長が、その人影を見て、首を傾げる。


「あのフラフラした歩き方、酔っぱらっているのか?」


「もももしかして、ぞぞぞぞぞ、ぞんび、ぞんびだったりしないですよね?」


 再び怯えだしたシンイチが震える声で言った。


 シンイチ! どうしてお前が怯えているんだ? もしゾンビだったとしても、これまでもっと恐ろしい妖異や魔物を瞬殺してきただろうがぁぁ!


 と叫びかけたが、現場に迷惑になるので、艦長、我慢して言葉を吞み込んだ。


 まぁ、あれだ、シンイチは雰囲気に呑まれているだけだろう。いざ戦闘でも始まって、ライラを守らなければならない状況となれば、シンイチなら一瞬で復帰するはずだ。


 放っておこう。


「艦長、接触しますか?」


 桜井から判断を求められて、私が悩んでいると、また境大尉の声が聞こえて来た。


「建物の中から灯りが! あ、あちこちに灯りがともり始めてます」


 霧が濃くなるにしたがって、暗くなっていく街のあちこちから、灯りがともり始めた。


「船務長、このまま建物沿いにまっすぐ街道を進んでくれ。ドローンはここで待機させる。もし戦闘が発生した場合、安全を確保しつつ後退。入れ替わりでドローンを投入する」

「了!」


 VRフワーデゴーグルから送られてくる映像には、皆を先導していく桜井船務長の背中が映し出されていた。




~ パブ「ディープワン」 ~


 警戒態勢のまま街を進んでいくと、街道沿いにある建物の中でも、ひときわ大きな明かりが漏れている建物の前で、桜井船務長が立ち止まる。


 桜井が少しの間、耳をそばだてるが、どうにも判断を付きかねる表情で、境大尉の方を見た。


 桜井船務長の視線を受けた境大尉が小さく頷いて、同行の白狼兵に確認する。


「ドット、サーヤ、中の様子は分かる?」


 境大尉の問いに二人の白狼兵が頷いた。


「中には人がいるようです。おそらく……10人くらいでしょうか」

 

 と女性白狼兵のヴィルミサーヤが答えた。


「ジョッキの音……食器がぶつかる音……恐らく飲み屋ではないでしょうか」

 

 男性白狼兵のヴィルフォドットの言葉を聞いた桜井が、少し驚いた表情を浮かべる。


「飲み屋にしては、静か過ぎる気がするが」


「あのね。看板には『パブ、ディープワン』って書いてるよ!」


「そうか。最初からフワーデに聞けばよかったな」


 桜井がフワーデの頭を撫でると、艦橋にいるホログラム・フワーデが「てへへ」と可愛く笑いながら照れていた。


 ちなみにVRフワーデゴーグルのゴムバンドがキュッ、キュッと音を立てて、私の頭を締め付ける。


 フワーデの頭から手を離した桜井は、少し逡巡した後、中に入ることを決断した。


「境大尉ら三名およびライラとトルネアはここで待機。警戒そのまま。他は俺の後に続け」

「「「了!」」」※境大尉と白狼兵

「わかりました」※シンイチ

「はい」※ライラ

「わかったわ」※トルネラ

「わかったー!」※フワーデ


 桜井がパブ入り口の扉を開く――

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