第176話 田中の結婚式 実践編

 田中未希航海長(32歳独身)とステファン・スプリングス氏との結婚式当日、リーコス村は、各国の使節団やその従者たちで溢れかえっていた。


 席の序列等については、帝国においても非常に繊細で気を使うものだ。時間ギリギリまで最大限の配慮をしたとしても、それでも文句を付けてくる連中はいる。


 文明だけでなく、その価値観においても中世レベルのこの異世界。


 ちょっとした序列への不満や、私たちからすればクソどうでもいい面子が原因となって、流血沙汰が起こり得ることは、これまでの経験から想像に難くない。


 いちいち貴族風を吹かせる連中や、非人間族差別者たちの相手をするのも面倒なので、最初から威圧することにした。そう! 暴力は全てを解決する! 


 最初の使節が到着したのは、結婚式の二週間前。その日から、護衛艦フワデラと護衛艦ヴィルミアーシェで砲撃演習を行なう。


 ドン……ドドーン!

 ドン……ドドーン!

 ドン……ドドーン!


 司令部(兼村長宅)からでも主砲の音が聞こえるほどだ。この演習は朝・昼・夕の三回行なっている。


 バババババババッ!


 SH-60L哨戒ヘリが、リーコス村周辺に陣幕を張っている使節団の元に食糧と水を運んでいく。


 村の中に入れるのは、使節代表者と補佐、従者4名までと制限しているため、それ以外の者はリーコス村の周辺に陣を張ったり、近隣の村に滞在していたりする。

 

 彼らへの差し入れという名目で食糧を届けているのだが、もちろん、本当の目的はヘリによる威圧だ。


 しかもヘリのパイロットは、現在では十分な実力を身に着けた白狼族である。


 ヘリから食糧を運ぶためのスタッフの中には、白狼族だけでなく、ラミア族やコボルト族もいるのだが――


 バババババババッ!


 ヘリの爆音に気を奪われるあまり、誰一人そのことをとやかく言う者はいなかった。


 夜になると、大量の飛行型戦闘ドローン・イタカの編隊が照明を使って、リーコス村上空に文字を浮かび上がらせる。


『リーコス村へようこそ!』

『悪魔勇者を倒した』

『護衛艦フワデラと』

『悪魔勇者を倒した』

『リーコス村の』

『白狼族と』

『悪魔勇者を倒した』

『グレイベア村の』

『獣人・魔族が』

『皆様を歓迎します』


 というメッセージが繰り返される。ちなみに、


『悪魔勇者を倒した』


 というメッセージを表示するときは、ピカピカ照明を点滅して強調している。


 飛行型ドローン・イタカと四脚型ドローン・ティンダロスには、リーコス村とその周辺で昼夜を問わず巡回警備中だ。


 何か喧嘩でも起こったら、ただちにドローンが駆けつけて警告する。警告しても聞かなければ機銃の掃射で威嚇する。


 そう! 暴力は全てを解決する! 


 ということを結婚式当日まで繰り返していたので、当日のリーコス村とその周辺は、とても落ち着いた雰囲気となった。


 平野やヴィルミアーシェ村長、カトルーシャ王女からは、いくらなんでもやり過ぎだと言われた。


 しかし、私は聞く耳を持たなかった。


 だいたい田中とステファンの結婚式を心から祝っているのは、私たちとリーコス村・グレイべ村の住人だけだろう。使節団なんぞ、護衛艦フワデラとの接触を狙っているだけなのだから、そんな連中に配慮する必要はない!


 といったら呆れられてしまったが、気にしない。


 だって艦長だもの。


 そんなことより結婚式である。




~ 結婚式 ~


 結婚式は、花嫁姿の田中未希航海長(32歳独身)が、白馬に乗せられて司令部(兼村長宅)を出発するところから始まった。


 和服姿のステファンが白馬の手綱を引き、司令部から広場の前を通って、不破寺神社へと向かう。白馬にちょこんと座る白無垢姿の田中は、まるでこの世のものとは思えないほど神秘的で美しかった。

 

 ステファンの方も、金髪碧眼の美丈夫が黒紋付羽織袴を纏うという、まさに異世界的で不思議な組み合わせだが、これが意外にも堂に入っている。


 目の前を二人が通り過ぎた人々の反応は、ため息をこぼすか、あるいは口を開けたまま呆然とするかのどちらかだ。私でさえ、その幻想的な美しさに言葉を失ってた。


 厳粛な雰囲気の中、二人は不破寺神社に到着。


 まずカトルーシャ王女によってアシハブア王の勅命が読み上げられ、ステファンには新たな家名と爵位が与えられた。


 今日以降、彼はリーコス村北西にある領地ノルドリングを与えられ、ステファン・ノルドリング子爵となる。


 その後、不破寺さんによって祝詞が奏上され、神前での結婚式が執り行われた。


 そしてこの日――


 田中未希航海長(32歳独身)は、


 未希・ノルドリング子爵夫人(32歳新婚)となった。


「田中……じゃなくてノルドリング夫人! おめでとう! よかった! 二人がこうして結ばれて、本当によかった……よがっだよぉぉおぉぉ!」


 式がつつがなく終了した後、私はステファンとノルドリング夫人の前で祝いの言葉を述べながら、途中で思わず男泣きしてしまった。幼女だけど。


「艦長! ありがとうございます! 艦長のおかげで、素敵な旦那様と結ばれることができました」


「タカツ艦長、私からも心からの感謝を。こんなに美しい妻を娶ることができたのは、艦長のおかげです」


 二人が結ばれて、本当に良かった。


 これで田中に約束させられていた重荷から解放される!

 

 そう思う程に、胸から熱い感情が溢れ出てきて涙が止まらない。


 そう! これで帝国に戻った際に間違いなく開かれるであろう「幼女を装ったセクハラ断罪法廷」で、私の弁護に立ってくれる人物たなかをゲットだ!


 妻と平野の厳しい追及を、すべて田中が打ち返してくれるはず!


 んっ?


 ちょっと待て……


 田中はここに残るんだから、弁護人にはなれなくね?


 大事なことに気付いた私は、全身から恐怖で血の気が引いて、涙が止まらなかった。


 ちなみに――


 この日、シンイチ・タヌァカはタヌァカ伯爵に叙爵された。


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