第175話 田中の結婚式 準備編

 田中未希航海長(32歳独身)とステファン・スプリングス子爵の結婚式については、大陸中の国々から出席の打診が届いている。


 もちろん結婚式を祝うことにかこつけて、我々との接触を図ろうとしているのだろうが、そのこと事態は問題ではない。むしろ、こちらとしても好都合だ。


 だが、白狼族と魔族がほとんどを締めているリーコス村において、彼らに対して偏見を持つ者が騒動を引き起こす可能性が高い。それはスプリングスの妹アリスとその護衛騎士たちの振る舞いによって、完全に証明されている。


 護衛艦フワデラの士官室では、結婚式の警備についての打ち合わせが行なわれていた。


 モニタにはリモートで会議に参加している平野艦長が映し出されている。会議には各科長の他、カトルーシャ王女とコラーシュ子爵、シンイチも同席していた。


 凡その準備計画が立ったところで、私はコホンッと咳払いをして皆の注目を集める。


「それでは重要な項目について、最終的な確認を行なう。まず、式に参加するのは申請国の外務大臣か同等の権限を持つ者に限る。元首の参加はご遠慮いただくことにする」


 私の言葉を聞いたカトルーシャ王女が、残念そうな表情を浮かべてつぶやいた。


「仕方ありませんわね。本当はお父さまにお越しいただきたかったところですけど、もし各国の元首がこぞってここに訪れるとなれば、リーコス村周辺は各国の護衛騎士団で埋め尽くされてしまいますわ」


「まぁ、集まってくれた方が我々も対処がしやすい」


 私の言葉を聞いた石井晴奈砲術長が、手をやや高く上げて


「ひゅ~っ、どん!」


 そして人差し指を下向きにしてテーブルに突き立てた。石井は、護衛艦ヴィルミアーシェに移った山形砲雷長の代わりに、護衛艦フワデラで砲術科長代理を務めている。

 

 その石井の仕草を見ていたカトルーシャ王女が、柳眉を立てて石井砲術長を睨みつける。だが王女の威厳は石井には通用しなかった。


「王女殿下、私たちの誘導弾が落ちるのは敵の頭上だけですよ。ただ私個人のことで言わせていただければ、ラピスちゃんを泣かせるような人外は敵です。残念なことに誘導弾は私個人の判断では落すことはできませんけど」


 ラピスのことを持ち出されて、カトルーシャ王女の青い瞳に動揺が走る。


「ハルナ……ラピスのことについては本当に申し訳なく思ってますわ」


 カトルーシャ王女と石井砲術長は、普段はとても仲が良い。だが、アリス達によってラピスが傷つけられたことや、王女がそのような事態をあえて招いたことについて、石井はかなり頭に来ているようだった。


「王女殿下が謝るべきなのは私じゃないですよね」

「そ、そうですわね……」


 石井の言葉に、カトルーシャ王女は顔を赤らめて頷いた。それからシンイチに顔を向ける。


「シンイチ……後ほどラピスに謝罪させてくださいな」

「構いませんよ」


 このやりとりを聞いた石井が、テーブルを強く叩いた。その勢いで、彼女の長い横髪に結ばれた髪留めが跳ね上がる。


「まだラピスちゃんに謝ってなかったの!? 真っ先に心配しなかったの? ラピスが魔族だから? 後回しでいいってことですか?」

「そ、そんなことは……」


「石井! その辺にしておけ」


 激昂する石井を制止する。石井の怒りを共有するものではあるが、それに乗っかっていたら話が進まない。


 私は唇をとがらせる石井と、気を落として小さくなっているカトルーシャ王女に加え、白目を向いて「ミサイル……ミサイル」とうわごとを言いながら泡を吹いているコラーシュ子爵を放置して、話を進めることにした。


「それでは次……」


 私は残りの重要項目を発表していった。


 その内容は、


・リーコス村内では一切の武装を禁止。リーコス村及びグレイベア村住人に対し、無礼を働いたものは三日間拘禁。


・悪魔勇者討伐に功績のあったシンイチの伯爵への叙爵、ステファン・スプリングスには新たなる家名と子爵の叙爵についての勅令を式当日に公表。


・外交交渉については公開演習後、出席序列順に行われる。

 

 というものだ。


 ちなみに、ひとつずつの内容について私が解説している間、コラーシュ子爵はずっと白目を向いたままだった。




~ 次の議題 ~


 結婚式の打ち合わせの後、カトルーシャ王女とコラーシュ子爵には退席していただき、別の会議が開かれる。士官室から出たカトルーシャ王女はラピスのところへ謝罪に向い、コラーシュ子爵はそのまま医務室へと運ばれていった。 


 私は再び咳払いをして皆の注目を集める。

 

「結婚式が終わったら、すぐに次の悪魔勇者討伐作戦を開始する。これは我々が帝国へ帰還するための最後の作戦となるだろう」


 全員の心が引き締まるのが音に聞こえたような気がした。


「この作戦には『悪魔勇者討伐』『悪魔勇者捜索』『拠点強化』の三つの達成目標がある」


 私は作戦の概要を皆に説明した。


 『悪魔勇者討伐』は、この作戦の目的であり最終目標でもある。前回のようなミサイルで止めを刺せるような状況が再現されるとは限らない。強力な兵装の開発やシンイチとの連携、その他にも悪魔勇者を倒すためにらゆる努力を惜しまず行ない続ける。


 『悪魔勇者捜索』の作戦目標は、悪魔勇者がいる可能性が高いトゥカラーク大陸及び古大陸ゴンドワルナに出向いて、悪魔勇者の居場所を突き止めることである。当然、他の大陸にいる可能性も排除せずに調査を行なう。


 『拠点強化』は、リーコス村とグレイベア村の近代化や防衛力の強化の他、二つの大陸に我々の活動拠点を構築することが目標となっている。


「以上だ。各作戦目標の詳細については橋本船務長が説明する」


 この後、具体的な作戦内容についての議論が深夜まで続いた。

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