第174話 御令嬢と濡れた床
士官食堂での夕食の会席で、料理に一切手を付けなかったアリスと護衛騎士たち。
その理由は、間違いなく配膳を行なったラピスがラミアだからなのだろう。魔族の手によって運ばれた料理など、汚らわしくて手を付けられないとでも思ったに違いない。
こういう事態になることは予想されていたことだが、夕食会でラピスに配膳させて欲しいというカトルーシャ王女の強い希望で、こういう形となった。
王女として自分とラピスの親密さを見せることで、アリス達の魔族に対する偏見を少しでも和らげることができればと考えていたようだ。
当初、夕食会を欠席するつもりだったシンイチには、ラピスの安全のためにも出席して欲しいと無理を言って頼んでいた。ちなみに、もしアリス一行がここでラピスに手を上げようとしたら、その瞬間には全員がシンイチによって幼女化されていただろう。
士官食堂では、ずっと王女の叱責が続いている。
さすがに第三王女からお叱りの言葉を受けたアリス達は震えあがっているようだった。だが非人間族への偏見を自覚して反省しているというわけではなさそうだ。
「いいですか! そもそもこのリーコス村の白狼族とグレイベア村の魔族が悪魔勇者の侵攻を防いでいなければ、今頃アシハブア王国は妖異に蹂躙されていたかもしれないのですよ!」
王女の言葉に、アリスは顎を引いて沈黙する。護衛騎士たちも同じように沈黙している。
『王国に住まう者であれば、当然の義務を果たしただけのこと』
『魔族が手を付けた料理なんて口にできるわけない……』
『穢らわしい……』
王国の権威よりも、ラーナリア正教徒としての信仰心が勝っているのだろう。さすがに王女に向って直接口ごたえはしないが、その瞳と表情から内心の声が駄々洩れだ。
結局、王女の説教は徒労に終わった。アリスたちは、外交面での失態については納得を示したものの、ラピスが運んだ料理に手を付けなかったことについては、頑なに反省を拒み続けた。
気まずい空気の中、ふとシンイチを見ると、その目は完全にハイライトオフしていた。
~ リーコス村司令部(兼村長宅) ~
アリス御一行は、田中とステファンの結婚式までの間、リーコス村に滞在することになった。
カトルーシャ王女は、彼らをとっとと王国へ返したいと考えていたようだが、ステファンの家族枠で結婚式に出席させるということで、私は滞在を許可することにした。
村長宅(兼司令部)でヴィルミカーラに剣を向けた護衛騎士たちが、現在教育中であるというのも理由のひとつだ。
その後のヴィルミアーシェ村長との顔合わせでは、アリス達は礼儀正しく振る舞っていた。カトルーシャ王女たちの説教が効いたのか、私の怒りに配慮するつもりになったのだろうか。ただ表情に受かぶ嫌悪は隠しきれていなかった。
「皆さんのお世話は、私たち白狼族スタッフの方で対応させていただきます」
ヴィルミアーシェさんの言葉に、アリスや護衛騎士たちはぎこちない笑顔を浮かべながら黙って頷いた。
おいおい! お前らヴィルミアーシェさんの配慮にもっと感謝しろよ!
私の額にプクッっと十字の血管が浮かび上がる。私は厳しい声で、アリス達に滞在中の注意点を告げる。
「村での帯剣はご遠慮いただきます。また外出時には白狼族スタッフに剣を預けてください」
「それではアリス嬢の護衛を務められないではないか!」
気が強そうな金髪ショートの吊り目の女騎士が、私に向かって抗議してきた。
私は、その女騎士の顔を見返しながら答える。
「ここは安全ですよ。口で言ってもわからないだろうから、実際にお見せしましょう」
私が白狼族スタッフに「A2」と告げると、彼らは「演習A2用意」と叫びながら、一階フロア中央から人々を遠ざけていく。
アリスたちが何事かと驚いた表情を浮かべている中、フロア中央にある庭園のような場所に、人型に近い形をした木の標的が10体設置された。
「あのターゲットですが、大きな文字で『ふしんしゃ』と書かれた標的が7枚、『みんかんじん』と書かれた標的が3枚用意されており、バラバラに配置されています」
「ふ、不審者が7枚……」
金髪ショートの護衛騎士がゴクリと唾を飲み込んだ。アリス御一行の人数とたまたま偶然同じ数になっていることを、不穏に感じたのだろう。そしてそれは正解だ。
「演習準備完了」
白狼族スタッフの報告を受けて、私は直ちに開始の合図を出した。
「演習始め!」
「演習開始。不審者がフロアに侵入! 敵7、民間人3……識別完了しました。敵を排除します。5、4、3、2、1……」
合図の後は、演習A2のシナリオが淡々と進められていく。カウントダウン開始と同時に、フロアの四方の天井から機銃が降りて来て、標的に狙いを定める。
「ゼロ!」
バババババッ!
バババッ!
ババッ!
『ふしんしゃ』と書かれていた標的が一瞬にして粉塵と化した。『みんかんじん』の標的はすべて無事だ。
「「「ひぃぃ!」」」
護衛騎士たちが、怯えつつもアリスを庇うように身を寄せたのは評価に値する。女の騎士団なんて、どうせ形だけのものだろうと、どこか見くびっていたことは反省しよう。
アリスと彼女を覆うように抱き合っている護衛騎士たちに、私は声を掛ける。
「御安心ください。このように的確に敵のみ排除することができますので、建物内の警備は完璧です」
私の説明を、アリスと護衛騎士たちは目を見開いて聞いていた。
『こいつ何言ってるの? 安心できるわけないだろ!』
という心の声が全員の顔に浮かんでいたが、私はそれを無視して、女性の白狼族スタッフに「客人に最大限の気配りを行ないつつ、塗れた床のモップ掛け」を指示する。
顔を羞恥の色に染めたアリスが、憎々し気に私を睨んできたが、それに構うことなく私はその場を後にした。
お前たちがラピスにした仕打ちに比べれば、こんな悪戯なんて軽いものだろ。
本当なら、お漏らし令嬢とお漏らし騎士と呼んでやってもいいくらいだ。
だがヴィルミアーシェさんが、アリス達の様子を見て真っ青になっていたので、それ以上の追撃は断念した。
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