第173話 沈黙の士官食堂
司令部内で剣を抜いた騎士二人が連行されたのを見送った後、アリスが再び私に抗議しようとするのをステファンが制止。
二人の行ないがいかに愚かで危険な行為であったのかを、よくわかっていなさそうな妹にステファンが滔々と説いた。
その結果、渋々ながらもアリスは私とヴィルミカーラに謝罪。アリスの様子を見る限り、内面的にはまだ納得していないようだ。ヴィルミカーラへの謝罪は、非常につっけんどんなものだったが、ヴィルミカーラ自体が気にしていないようだったので良しとする。
まぁ、王国との同盟を破棄するにしても田中とステファンの結婚式の後だ。とりあえず私も納得することにした。
「とはいえ、乗艦の前に護衛の方々の武装はこちらで預からせていただきます」
私が四人の騎士にそう告げると、彼女たちが一斉に抗議を始める。
「そんな!」
「我々にはアリス様を護る使命が……」
「なんとも無理を言う」
「船にも亜人がいるのだろう? そんなところに武器を持たずに」
私は抗議を上回る大声で返す。
「いちいち説明せねばなりませんか!?」
大声で叫んで息を多く吐いた分、すぅ~っと吸う息が深くなる。次に吐くときも大声が出せそうだ。
そんな私を見たステファンが慌てて騎士たちに説明する。
「艦には王女殿下もおられる。それだけ安全な場所であるということでもあるし、そもそも謁見の際には武装を外さねばならんから同じことだ。こんなことで抵抗するのは無意味だし時間の無駄で、ただフワデラの方々の不興を買うだけだ」
ステファンの説明を聞いて、騎士たちは渋々という感じで、白狼族スタッフに武器を預けた。私もスタッフにジェットスーツを預けて、迎えにきたヘリに同乗することにした。
「では、参りましょう」
アリスたちに声を掛けた後、私はトトトッとヴィルミカーラに駆け寄った。それを見たヴィルミカーラは、身体を屈めて腕を差し出す。
私はヴィルミカーラの直前で身体を回転させて、お尻から飛び込んだ。
ヴィルミカーラが綺麗に私をキャッチして立ち上がる。
いつものポジションに落ち着いた私は、ヴィルミカーラの首に顔を埋めてハスハスする。
「うむ。やはりここが一番落ち着くな!」
アリスに聞こえるようにわざと大きな声で言うと、彼女の柳眉がピクリと逆立った。
青い目が細くなり、私を睨みつける。かなりカチンと来ているようだったが、ツンと澄ました態度を崩さない。
なんかムッと来たので、アリスに見せつけるようにヴィルミカーラのほっぺたにチューをする。
「はふんっ!」
ヴィルミカーラが妙に艶っぽい声を発する。そして、
「こ、これが逆NTR……」
などと意味不明なことを言いながら、ヴィルミカーラが私の頬をペロペロと舐めてきた。
いつもなら頭突きをして止める状況だが、今はアリスに見せつけるために頭を撫でてやる。
「はぁ……か、艦長がや、優しい……い、今ならい、イケる!」
ヴィルミカーラが唇をとがらせて、私の唇を奪おうとしてきたので、私は頭突きを喰らわせてそれを制止した。
「う……うぅ……い、痛い……」
アリスの冷たい目線を受けながら、私たちが乗ったヘリが護衛艦フワデラへと飛び立った。
~ 士官食堂 ~
護衛艦フワデラに到着したアリスの使節とカトルーシャ王女の謁見はつつがなく終了。その後、王女がアリスや騎士たちを労いたいというので、艦内で夕食会が開かれることになった。
「……」※沈黙(アリス御一行)
「……」※沈黙(カトルーシャ王女&コラーシュ子爵)
「……」※沈黙(私&平野&ステファン)
「……」※沈黙(シンイチ&ライラ)
そして今、士官食堂には非常に気まずい沈黙が支配している。
食事の配膳は、ラミア幼女のラピスが一生懸命に務めてくれた。おそらく魔族の運んできた料理など食べられないということなのだろう、アリス御一行は一切料理に手を付けようとしなかった。
もちろん、私を含めそれ以外の者は、普通に美味しい料理を堪能した。
最初に沈黙を破ったのは、カトルーシャ王女だ。
「御馳走様。ワイン漬けカラマ鳥の地中海風から揚げ定食、とても美味しかったわ。ラピス、食器を下げてもらえるかしら」
「は……はい!」
王女の言葉に、ラミア幼女のラピスが慌てて食器を下げに行く。
幼いながらも、食堂に満ちた気まずい空気を感じているのだろう、若干怯え気味だ。
ラピスはまず庇護者であるシンイチ夫妻の下へスルスルと移動する。
「ありがとうラピス!」※シンイチ
「ラピスが運んでくれた料理だから、いつもの倍美味しかった」※ライラ
シンイチとライラのそれぞれに頭を撫でられたラピスは、天使の笑顔を浮かべる。
次にラピスは、私たちのところに来た。
「御馳走様ラピス、美味しかったよ」※私
「ありがとう、ラピス」※ステファン
「ラピスちゃん、私だけサバっぽい魚のフィッシュアンドチップス……普通でした」※平野艦長
平野のトレイを下げる際、ラピスはちょっと困ったような顔になった。
平野だけ微妙な料理にしたのは私の命令によるものだ。こいつは、普段は超クールビューティーな癖に、美味しい食事をすると、くっころ姫騎士化する悪癖の持ち主だからだ。
こんな微妙な外交の場で平野にR18音声を出させてなるものか。
次にラピスは、王女のテーブルに移動する。
「ありがとう、ラピス。あなたもお料理を手伝ったのかしら?」
「はい!このきゃべつのサラダは、ラピスが切ったの!」
カトルーシャ王女の言葉に、ラピスは食い気味に反応する。
「だから美味しかったのね!」
王女がラピスの頭を撫でると、ラピスは嬉しそうに目を細める。ちょっとドヤ顔になってるのが超カワイイ。後で持ち帰ろう。
コラーシュ子爵も同じようにラピスに礼を言っていたが、体調が悪いのか顔面が蒼白になっていた。
最後にラピスは、アリスたちのところに移動する。
「あの……お下げしていいですか?」
一口どころか、食器さえ動かされていない冷えた料理を見て、ラピスは恐る恐る尋ねる。
「「「「「……」」」」」※アリス御一行
アリスと四人の護衛騎士は、ラピスの言葉に反応しない。それどころかラピスを見ようとさえしなかった。
「ラピス、全部下げなさい!」
カトルーシャ王女が困惑するラピスに声を掛けた。その声は険しいものになっている。
「えっ!? でも……」
「構わないわ。料理は冷めてしまっているし、次はデザートをお願いね」
「はい……。それじゃ失礼します」
恐る恐るラピスは、アリスたちの手が付けられていない料理をひとつずつ下げていった。
続いて、ラピスは全員にデザートを運んでいく。
その間、士官食堂には重い沈黙が支配していた。
配膳が終わる頃になると、不気味な沈黙に当てられたラピスは完全に涙目になっていた。
「ライラ、ラピスを頼む」
シンイチが声を掛けると、ライラは頷いてラピスを連れて食堂を退出する。ライラにギュッとしがみ付いているラピスの姿が痛々しい。
ラピスが去った後も、重い沈黙は、私たちがデザートを食べ終えるまで続いた。
今回も、王女が最初に口を開いた。
「ここは護衛艦フワデラ艦内、その艦長がここにいらっしゃる。そしてアシハブア王国の第三王女であり、特命全権大使でもある私がお願いして催された会食の席。まさにここは外交の場。にも拘わらず……」
王女がアリス御一行に向けて、目を細める。
「貴方たちは、何をしているのですか!」
大声を上げながら、王女が強くテーブルを叩いた。
「「「「ヒッ!」」」」
「うひっ!」
王女の怒りに触れた四人の護衛騎士がビクッと身体を震わせる。
ついでに艦長も、ビクッてなった。
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