第177話 リーコス村沖演習

 リーコス村司令部(兼村長宅)の海側の庭園からは、東側に広がる海を見下ろすことができる。現在、そこに設置された台場より、各国使節代表者が海上の模擬演習を視察していた。


「続いて、両護衛艦による並走ドラフト航行に入ります」


 スピーカーからアナウンスが流れると、沖から並走してきた護衛艦フワデラと護衛艦ヴィルミアーシェが、海岸に向けて見事にドラフトを決める。白波が海岸に向けて広がっていく。


「なんという速度と起動性……」

「魔法を使っているわけではないのだよな」

「うちの船なら風魔法を使ったところでマストが折れてしまう」


 使節団から感嘆の声が上がる。続いてアナウンスが流れる。


「そのまま主砲による目標破壊に移ります。沖に設置された目標をご覧ください」


 海岸から10キロの沖合に浮かんでいる帆船に、使節代表たちの注目が集まる。この帆船は、護衛艦ヴィルミアーシェが近海航海演習中に拿捕した海賊の船である。海賊船団を拿捕した報酬として、アシハブア王国から譲渡されたものだ。


「両艦共に移動しつつ精密な砲撃を行なう様子をご覧ください」


 護衛艦フワデラが前に出て護衛艦ヴィルミアーシェが追走、単横陣に移行したところで、両艦の主砲が一斉に発射された。


 ドンッ……ドドーン!

 ドンッ……ドドーン!


 ドンッ……ドドーン!

 ドンッ……ドドーン!


 ドンッ……ドドーン!

 ドンッ……ドドーン!


全ての砲撃が命中し、一瞬にして帆船は海の藻屑へと消えて行った。


「「「!?」」」


「両艦の主砲Mk45 5インチ砲は、アメリカ海軍の艦砲システムをベースに、帝国の技術を加えて開発されたものです。射程距離は……」


 アナウンスは帝国の公開演習で使われる原稿をそのまま読み上げて行くが、使節にはあまり意味が伝わっていないようだった。だが、本日の演習のために追加された原稿を読み上げると、一気に使節団の注目が集まった。


「悪魔勇者討伐においては、岩トロルで編成された妖異軍の殲滅でこの主砲が活躍しました」


 岩トロルの名前が出た途端、具体的なイメージが湧き出るようになったのだろう、使節団がざわめき始める。


「岩トロルを殲滅だと……」

「あの砲の威力なら十分可能ではあるな」

「いや、それより距離だろう! いったいどこまで射程があるんだ?」


 そんな使節団の反応を無視して、アナウンスが続く。


「……またザルトス将軍率いる妖異軍の船団も本主砲によって壊滅しています。この対ザルトス戦の様子は、本日ヒトナナマルマル、リーコス村中央広場の野外シアターにて公開されます。皆様ぜひご鑑賞くださいませ」

 

 使節たちが一斉に白狼族スタッフに詰め寄って「野外シアターとは何か? どうやったら見れるのか?」と質問を始める。


 一方、護衛艦フワデラの艦橋で『演習成功』の報告を受け私は、マイクを取って艦内放送にて乗組員クルーたちを労う。


「達する。演習は無事終了した。我が艦隊の強さと乗組員クルーの練度の高さは、各国に十分伝わったものと思う。諸君の奮闘のおかげだ。感謝する」


 私はフワーデに声を掛けて、同じ内容を護衛艦ヴィルミアーシェにも発してもらった。


「ふはぁぁ……終わった……」


 ヴィルミカーラから降ろしてもらった私は、艦橋の床にへたり込んでしまった。艦橋にいる乗組員クルーたちも、全員が安堵のため息を吐いていた。


 使節団から見れば、優雅かつスムーズに行なわれていたように見えたであろう演習。だがそれを実施する私たちの方は、まさに実戦さながらの緊張の連続であり、かなりの疲労が蓄積されていたのだ。


 ヴィルミカーラが私の横に座り込んできて、申し訳なさそうな顔で話しかけて来た。


「か、艦長……こ、この後、め、面会があるか、から、すぐに司令部にい、行かないと……」


「そ、そうだったな。最初はアシハブアからか……」


「い、行けそう?」


「大丈夫だ……と言いたいが、少しでも休みたい。ヴィルミカーラ、すまんが姫抱っこで頼めるか」


「わ、わかった」


 そう言うと、ヴィルミカーラは私をお姫様抱っこで抱き上げた。その後、白狼族の乗組員クルーの先導で後甲板で待機しているヘリに向う。


 片腕抱っこと違って、姫様抱っこは完全に身体を預けることができるので、司令部に到着するまでの僅かの間、私はヴィルミカーラの腕の中で浅い仮眠をとることができた。




~ 司令部(兼村長宅) ~


 司令部裏のヘリポートには、私を迎えに来たヴィルミアーシェ村長とカトルーシャ王女が待っていた。


 ヘリが護衛艦フワデラへ飛び去っていくと、今度は村の広場から騒音が聞こえてくる。今頃は、広場で田中とステファンが披露宴イベントの渦中にいるのだろう。時折、音楽に混じって歓声が沸き起こるのがわかる。


 本当なら南と坂上のときのように、私も披露宴に参加して二人の門出を祝いたいところだが、今回は外交が優先だ。二人には後日、落ち着いてから祝福の言葉を述べることになるだろう。


 ヴィルミアーシェ村長が私の近くに駆け寄ってきた。


「タカツ様、お疲れ様です。はい!」


 そう言ってヴィルミアーシェ村長が両腕をバッと広げる。


 ヴィルミカーラに視線を向けると、むぅっと唇をとがらせながらも、私を静かに降ろしてくれた。


 そのままトトトッと駆け寄ってヴィルミアーシェ村長の腕の中に飛び込む。


「いやぁ、こうしてヴィルミアーシェさんに抱っこしてもらうのも、久しぶりな気がしますなぁ」


「うふふ。いつもカーラにタカツ様を独り占めされてますから、今日は私の番ですよね」


 よろしくお願いしますと言いながら、私は空いた手でヴィルミアーシェ村長の巨乳をポンポンと叩いた――


 嘘である。


 いつものようにモミモミした。


「むぅ。な、なちゅらるせくはら、ひ、ひらのに報告」


 私はサッと手を戻した。


 そんなやりとりをジト目で見ていたカトルーシャ王女が、声を掛けてくる。


「ドルネア公爵を応接室に待たせておりますわ。艦長には、お疲れのところ申し訳ありませんが、まずは我が国との交渉をお願いします」


 ドルネア公が来ているのか!


 頑固で尊大なおっさんだが、月光基地で何度も会っているうちに、今では気心が知れた仲だ。意見がぶつかるところがあるが、彼が王国に向ける忠義は本物だ。


 お互いが国益を背負って、堂々と殴り合いができるような交渉ができるという意味で、信頼できる人物である。


 もうひとつ、ドルネア公には期待していることがある。


 話し合いが終わったら、公にそれをお願いしてみよう。


 そんなことを考えながら、私は司令部(兼村長宅)の建物へ入って行った。

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