第178話 東雲機関長と聴診棒

 応接室に入ると、そこにはドルネア公爵が待っていた。


「おぉ、タカツ艦長、久しいの!」


「ドルネア公、ご壮健でなによりです」


 ドルネア公との挨拶が終わると、その両脇に控えていた二人のラミアが、私に向かって頭を下げる。


「「タカツ様! お久しぶりです」」


 月光基地に出向中のエレノーラとラモーネは、ラミアーズ女子の中でもFカップの巨乳を誇る美女たちだ。私は彼女たちにも挨拶を返す。


「おぉ、エレノーラ、ラモーネ、元気そうだな。相変わらずけしからんおっぱいで、安心した」


 平野がいないと自然にセクハラ発言が出てくる私だが、ラミアーズ女子たちは


「相変わらず艦長は幼女なのにエッチだね!」


 などと言いつつも、二人は私の手の届くところまで胸を近づけて、私が二人の胸をポフポフするのを許してくれた。


「むぅっ!」

「むっ!」

「くっ!」


 この場にいる他の三人から、不満げな声が上がる。


 ひとりは、ヴィルミカーラ。


「ひ、ひらのに報告する!」と抗議してきたので、私はきっぱりと言い返す。


「こ、これは只の挨拶だ! 欧米じゃこんなの普通だからな!」


 きっぱりと言いつつ、若干声が震えてしまった。欧米という言葉の意味がわからず困惑しているヴィルミカーラに、私は畳み掛ける。


「欧米じゃ、普通なんだよ!」


 欧米人が聞いたら国際問題に発展しそうな発言だが、ここは異世界だから問題ないな。


 もうひとりの抗議はドルネア公爵。


「むっ! ワシには触らせてくれんというのに、艦長は良いのか」


 不満気なドルネア公に、ラミア女子たちがお互いに顔を見つめ会う。


「セキニンとってくれるなら、いくら触ってもいいけど?」

「だよねー! わたしも第四夫人で全然いいけど、でも妾扱いならゴメンかなー!」

「むむぅ」


 困った顔になったドルネア公に、私は注意する。


「閣下、以前にも申しましたが、彼女たちを大切にできないのであれば、直ちにリーコス村へ呼び戻しますよ」


 幼女に睨みつけられたドルネア公が、両手を前に出しながら慌てて、私の言葉を否定する。


「そ、そうではない! 彼女たちはワシの出来る限り大事にしているつもりだ。ただ……」


「ただ? なんですか?」


 幼女に追い詰められたドルネア公は、目の前で指をモジモジさせていた。尊大という言葉がそのまま歩いているようなドルネア公爵が、こんな仕草をするなんてレアにもほどがある。


「ワ、ワシの妻たちと現在話し合い中というか……説得中と言うか……な、なかなか交渉が難航しておっての……」


 どうやらドルネア公としては、ラミア女子たちを妻に向える気があるようなのだが、今の妻たちがなかなかそれを受け入れてくれないらしい。


 敬虔なラーナリア正教徒として、その名を知られているドルネア公。その妻たちが、ラミア女子たちと同じ妻になることを受け入れるのは、なかなか難しいのだろう。


 当のドルネア公自身は、かつては尊大な人間至上主義者だった。だが、シュモネー夫人から真実の教えというのを説かれて以降、非人間族に対する偏見は完全に失われているようだった。


 公はタヌァカ式のカリキュラムを受けていないというのに……。


 シュモネー夫人、相変わらず底が見えない。


「か、閣下!?」

 

 私がラミア女子たちにセクハラするのを見て、不満の声を上げた最後の一人――


 アリス・スプリングスがドルネア公の言葉を聞いて絶句していた。


 青い瞳を目一杯に広げ、彼女はドルネア公の顔を見つめる。彼女の時間だけ止まっているようだった。


「かかかか、閣下が、そそそその魔族を妻に迎え入れる……あぁ、わたくし疲れていますのね。幻聴が聞こえてしまったようですわ」


「そうなのじゃ、スプリングス子爵。この二人を妻にしたいのじゃが、なかなか今の妻たちが聞き入れてくれなくてのぉ」


「そうですか……閣下も色々とご苦労なさって……今、何と?」


「うむ。このエレノーラ、ラモーネを妻にしたいのじゃ。二人とも美しいだけでなく、心根も善いし、頭も良いし気配りもできる。きっと今の妻たちとも仲良くやっていけると思うのじゃが」


 どう思う? というドルネア公の視線がアリスに向けられる。


「えっ!? えっ!? えっ!?」


 ガチガチのラーナリア正教徒で、ガチガチの人間至上主義者だと確信していたドルネア公の口から、想像だにしなかった言葉が自分に向けられて、アリスのCPUがフリーズした。


 プスプスッという煙が頭部から出ているのが見えるようだ。


「ど、どるねあこうが、ら、らみあをつまに……」


 アリスの意識が飛び、その場にくずれ落ちる。


「えっ!?」


 咄嗟にエレノーラが、身体をひるがえしてアリスの体を支えたので、床に頭を打ち付けるような事態にはならなかった。

   

「 エレノーラ、すまんが そのままアリスを医務室に運んでくれ! ヴィルミカーラ、案内を頼む!」

「わかったわ」

「わ、わかった!」


 ヴィルミカーラの先導に従って、エレノーラがアリスを抱き上げたまま、スルスルと音もなく速やかに応接室を出て行く。


 とりあえずアリスが意識を取り戻すまで、会談は中止ということになった。




~ 聴診棒 ~


 アリスが医務室で寝ている間、ドルネア公が護衛艦フワデラを見てみたいというので、私たちはドルネア公を伴なって艦に戻った。


 護衛艦フワデラに到着すると、カトルーシャ王女が喜々として、ドルネア公の手を引いて案内を始めた。艦内の施設や設備について、得意げにアレコレ説明する王女と、そんな王女の話をニコニコとしながら聞いているドルネア公。


 こうして見ると仲の良い姪と叔父でしかない。


 以前リーコス村で再会したときには、臭い臭いとカトルーシャ王女に避けられていたドルネア公が、今は姪っ子に手を引かれて相好を崩している。


 良かったな。


 心の中で私はドルネア公にサムズアップを贈っておいた。


「叔父様、ここが機関室ですわ!」


「ふむふむ。ところで、あの女性は何をしているのかね?」


 そう言って、ドルネア公が指差したのは、機関室のパイプに長い金属棒を当てて、うっとりと目を閉じている東雲ゆかり機関長だった。


「あの方は機械の音を聞いているのですわ。というの金属の棒を耳に当てて、機械の異常音を察知しますのよ!」


 ドヤ顔で説明する王女に、ドルネア公は首を傾げる。


 そのドルネア公を見て、私は冷や汗を流す。


 うちの誰かがカトルーシャ王女に、聴診棒のことをと教えていたことを、たった今ほど知ってしまったからではない。

 

 私が肝を冷やしたのは――


 ドルネア公の視線の先で、聴診棒を耳に当てて身もだえしている東雲機関長の姿のせいだ!


「ハァハァ。フワーデちゃんの恥ずかしい音が聞こえる、しっかりと聞こえてくるよぉぉ。ハァハァ」


 なんで息が荒いんだよ、東雲! どうして顔を赤らめてんだ!?


「ハァハァ。ここかい? いやらしい音がここから聞こえるんだけど? このままだとユニバースしそうな感じだね。ハァハァ」


 言ってる意味こそわからないものの、卑猥なことだと確信できる何事かを口にしつつ、東雲がパイプの表面をいやらしい手つきで撫でる。


 お前、何やってんだぁぁ!


 ホログラムのフワーデが現れて、私たちと東雲機関長の間に立って抗議の声を上げた。


「ちょっ! シノノン! 恥ずかしいから、そういうの止めて!」


 東雲に文句を言いながら、フワーデの視線がチラチラっとこちらに向けられる。


 とっとと機関室から出て行け! ということなのだろう。


「ド、ドルネア公、つ、次に行きましょう! 次!」


 私はドルネア公を引っ張って、機関室から出て行った。


「い、今のは?」

 

 ドルネア公の問いかけに、私だけでなくカトルーシャ王女も答えに窮していた。


 端的に答えるなら「機械に欲情する変態機関長の日常」なのだろうが、ドルネア公にそんなことを説明するわけにはいかん。


「あ、あれはですね……その……帝国には八百万の神々がいらっしゃいまして……」

 

「は、八百万の神々!? て、帝国のある世界とはそれほど広大なのか!?」


 よ、よし煙に巻こう! 適当なことまくしたてて誤魔化そう!


「あっ、いえ、それは物の例えと言いますか、つ、つまり、森羅万象全てに神なるものが宿っていると考える文化が、私たちにありまして、それがモノであっても、そこに神がいるかの如く貴ぶことを良しとするのです」


 思わず早口になってしまった。


「彼女は、機械を神に接するように扱っていたと?」


「えっ、まっ、まぁ、そうですね。ただ、あの機関長は、機械への愛が行き過ぎるあまり、狂信者の域に達してますがね!」


 狂信者! このワードで誤魔化そう!


「きょ、狂信者か……ワシにはよくわからんが、帝国人というのは凄まじいのだな。だがこれで、君たちが亜人や魔族に対して偏見を持っていない理由がわかった気がする」


 どうやらドルネア公は、自分で答えを見つけ出そうとしてくれているようだ。


 もうチョイ押せば完全に誤魔化せる! いや、誤魔化し通す!


「異世界から来た私たちからすれば、妖異という世界共通の脅威が目の前にある中で、同じ世界の住人同士が争う理由が分かりませんね。分断によって利益を得るのは妖異だけでしょうに」


「確かにその通りだ。偉大なる女神ラーナリアは、この世界の全ての命を愛している! シュモネー夫人の言っていた通りだった」


 なんだかいい感じに自己完結してくれたドルネア公だったが、


「種族の違いどころか、機械まであのように愛することができるとは……やはり帝国人は凄まじいな!」


 うん。


 そこは完全に否定できないところが、悔しい。


 だがドルネア公とは、機関室での出来事については、うやむやにしましょうという暗黙の同意を取り付けることができたようだ。


 それ以降、ドルネア公から機関室の話題が口に上ることはなかった。


 


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