第117話 早撃ち0.03秒超え
私は士官用食堂でから揚げ定食を食べながら、モニタに映し出された南夫妻からの現地報告動画を観ていた。
『こ、こちら古大陸より現地レポートをお、お届けします!』
南たちには私への報告以外に、艦のみんなに公開するための新婚旅行報告兼観光レポートみたいな軽い内容の動画を撮って送ってもらっている。
『艦のみんなのおかげで、新婚旅行にこられたのは私たち夫婦にとってこの上のない喜びです』
南が「夫婦」という言葉を口に出した途端、隣の坂上が真っ赤になる。
『……です』
なんとか声を絞り出した坂上は、そのまま顔を伏せてしまった。
「ヒューヒュー!」
「リア爆! リア爆!」
「おめっとさん」
食堂にいた者たち全員が、モニタに向って冷やかしを入れる。
そして、先程から私の腕にしがみ付いて食事を邪魔しているのが田中未希航海長(32歳独身)だ。
「がんじょぉぉぉ、うらやまじぃでずぅぅぅぅ」
私は田中の腕を振りほどいてから揚げを口に運ぶ。
『えっと、今、グレイベア村から古大陸に到着したばかりです。えっと、ここは……あっ、そうそう、王墓宮殿と呼ばれる古い遺跡ですね。ここから目的の王都まで10日ほどかけて移動します』
映像では、南がセリフに詰まったときに、シュモネー夫人がフォローする音声が入る。その瞬間、カメラが少し揺れるので、シュモネー夫人が撮影を行っているらしいことがわかる。
カメラがパンして周囲の光景が映し出された。
王墓宮殿内の広大なフロアには、まるでエジプトのカルナック神殿を彷彿とさせる太い石柱が幾つも立っていた。
『途中の移動には馬車を使います。えっとこちらです』
南と坂上が移動を始めるとカメラも後を追う。映像には、石柱の大きさやそこに刻まれているレリーフに驚く二人の様子が映されていた。
王墓宮殿の出口に辿り着くと、そこには豪華な馬車が待機していた。その馬車の前にはひとりの美しい女性が立っている。
銀髪をポニーテイルにまとめたその女性は、南たちの到着を認めると軽く会釈してきた。
年齢は田中と近い感じに見えるが、陶磁のように白い顔に浮かぶターコイズブルーの美しい瞳には、神々しささえ垣間見えるようだ。
南がその女性に挨拶を交わし、カメラに向かって彼女を紹介する。
『えっと、この素敵な方は、アレクサーヌ・サンチレイナ令嬢。とても高貴な身分の方なのですが、今回、私たちのために馬車を提供してくださいました。この度は、大変なお心遣いを戴き、本当にありがとうございます』
南と坂上がいかにも帝国人っぽい所作で何度もヘコヘコと頭を下げていた。そんな二人にアレクサーヌ令嬢はやさしい微笑みを向けながら軽く頷く。
貴族と庶民の構図を見せられた気分だったが、アレクサーヌ令嬢が用意してくれた馬車の豪華さを前にすれば、私なら土下座していただろう。
それは王国の舞踏会に公爵令嬢が出向くときに使われるような、豪奢な装飾が施された白馬二頭引きの大きな馬車だった。
だが、こんな豪華な馬車で旅をしたら、却って盗賊に狙われるのでは……。
「がんじょぉぉぉ、わだじうらやまじぃでずぅぅぅぅ」
『大丈夫ですよ。アレは認識阻害モードでずっと私たちの頭上についてきてますから』
動画だよなこれ!?
『ご安心ください。動画ですよ』
私の疑問に答えるかのようにモニタからシュモネー夫人の声が聞こえてきた。モニタを見ている他の面々は、シュモネー夫人が現地の誰かに話しているものだと解釈しているようだ。
そうなのかな。
きっとそうだよ。
『ふふふ。とにかく二人は大丈夫です』
こえぇぇぇえ! シュモネー夫人、こえぇえぇぇ!
私は思わず箸で掴んでいたから揚げを取り落としてしまった。すかさず田中の手がそのから揚げに伸びる。
「ヒョイ、パクッ。んぐんぐ。美味しいれす。けど、かんじょぉぉ、わたしうらやまじぃでずぅぅぅぅ!」
「えぇぇい、食事ぐらいゆっくりさせてくれ!」
「だっでぇぇぇえ」
田中未希航海長(32歳独身)がとうとう鼻み……未婚女性としてはあるまじき状態になり始めたので、私はハンカチを彼女の鼻に当てて「チーンしなさい」した。
田中をこのままにしておいたら、私はまともにからげ定食を完食することができないのではないか。
永遠に完食できないのではないか。そう考えるといてもたってもいられなくなってきた。
まずもってうちの航海長のメンタルがだんだん病んできているような気がしなくもない。
今だって、人のから揚げ定食をさも当然のようにつまみ食いしている。
昨日は料理長に無理を言ってから揚げ弁当にしてもらい、格納庫の隅っこでこっそり昼食にしようとした。
しかし、最初のから揚げをつまんだ瞬間に田中が湧いて来た。文字通り湧いて来た。艦長、びびって少しおもらしした。
あと、気が付くとふと視界に入ってくるのも心臓に悪い。
私の視界の端で、壁や扉から半分だけ顔を出してこちらを見るのはほんと止めて欲しい。艦長、その度にちびってる。
このままではいかん。田中の病み具合以上に、私の精神が持たない。
「わかった……田中」
「何がわがっだんでずがぁぁ?」
「私も一度引き受けた以上、帝国軍人として男として約束は守る。今は幼女だけど守るったら守る!」
田中は私の顔を「ほへっ?」という感じて見つめていた。
「フワーデェェ!」
「ほーい! どうしたのタカツ!」
私の目の前にホログラムフワーデが現れた。私はフワーデに大きな声で指示を出す。
「今すぐスプリングス氏を呼んで来い! 今すぐだ!」
「わかったー!」
返事と共にフワーデの姿がシュッと消える。これでステファン氏が艦内のどこにいようと、それほど待つことなくここに来ることだろう。
もう面倒を引き延ばさず、ここでくっきりかっきりケリを付けさせてやる!
二人がどうなるかなんて知らん! 知るか! 二人で話をして決めろ!
ただこれで明日から、から揚げ定食をゆっくり食べれるはずだ!
そんな決意を固めた私が田中に目を向けると。
田中未希航海長(32歳独身)は、私の隣で姿勢正しく落ち着きを払って座っていた。
私はそんな田中の顔を見て、驚きのあまり顎を落とす。
おいぃぃ!?
いつの間に?
そんな綺麗な化粧をパーフェクト完了した!?
田中から目を離したのは僅か0.029秒くらいだったのに!?
元から美人の田中が超美人にアップグレードしていた。
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