第166話 マヤドゥの天体儀
ヴィルミカーラによると、古代王国の予言者マヤドゥはとても有名な伝説上の人物だそうだ。
かつて大陸の北端にあるランドゴリアに栄えていた古代王国。
その国の大神官マヤドゥは、ある日、白銀の髪と夕陽の瞳を持つ女神に導かれて、月の世界を旅したという。
大きな月の世界では、時を忘れて楽しい日々を過ごした。
小さな月の世界を訪れた時、そこで空を見上げて泣いている少女と出会う。
少女は、かつて自分はマヤドゥたちの世界に行ったことがあり、叶うならもう一度戻って懐かしい人々と会いたいのだと、マヤドゥに語った。
マヤドゥが少女の指差す空を見上げると、そこには大きな一つの月が浮かんでいた。
じっと月を眺めていたマヤドゥは、それが自分たちの世界そのものであることを悟る。
ふと気が付くと、マヤドゥは、いつの間にか古代王国の神殿に戻っていた。
マヤドゥは、自分が見た月の記憶を石に刻み、それを天球儀として神殿に残したという。
この『マヤドゥの天体儀』は、フィルモサーナ大陸で有名な七不思議のひとつとなった。
大人の握りこぶし程の大きさの石を彫った天球儀は、古代王国の滅亡後も、ランドゴリアの人々によって大切に守られてきた。
何度も盗まれたり、戦火で行方知れずになったり、色々とあったようだが、今はランドゴリアにあるミスティリア大神殿に保管されている。
レプリカ説もあるようだが、実際、古代王国の時代からいくつもレプリカが作られているので、実際はそうなのかもしれない。
ただレプリカであったとしても問題はない。
『マヤドゥの天体儀』は、マヤドゥが彫った石そのものよりも、そこに彫られている内容に価値があるからだ。
古代王国が滅びた遥か後の時代。
フィルモサーナ大陸の測量が進んだことにより、『マヤドゥの天体儀』に刻まれた地図の正確性が証明される。
天大義の彫りそのものは稚拙なのだが、それでもフィルモサーナ大陸の形を正しく捉えていた。
さらに後の時代。
古大陸の存在が確認されたとき、フィルモサーナ大陸との位置関係が正しく刻まれていたことが判明する。
この世界には七つの大陸があると信じられている。そして、この天体儀に彫られている大陸のうち二つは正しい形と位置だった。
ということは、残りの五つも正確に刻まれているのではないか? 多くの人々がそう考えるようになるのも無理からぬ話である。
そして今では、聖樹教やラーナリア正教の神典で七大陸を説明する際、この『マヤドゥの天体儀』から着想を得た絵図が使われるようになっている。
「と、というわけでわけで、ら、ランドゴリアまで、い、行かなくても天体儀かし、神典の絵図は手、手に入れられると、と思う」
護衛艦フワデラの士官室で、ヴィルミカーラの長い話を聞いていた私はハッとした。
「悪い。途中から寝てた。もっかい話して」
「うぅ! ひ、酷い! お鼻ベロベロのけ、刑!」
「うひゃひゃ! や、やめろ、鼻舐めるのやめろぉぉ! うひゃひゃ!」
ヴィルミカーラによる刑の執行が終わった後、今度は最後まで眠ることなく彼女の話を聞いた。
その後、『マヤドゥの天体儀』と神典の絵図はあっさりと入手することができた。
カトルーシャ第三王女にお願いしたら、すぐに手配してくれたのだ。
ランドゴリア名物『マヤドゥの天体儀』のレプリカは、アシハブア王国の貴族から借りることができた。
神典の絵図は、王都にあるラーナリア正教の司祭が「王国を救った英雄の皆様のために」と、希少な写本をまるごと一冊プレゼントしてくれた。
~ 護衛艦フワデラ艦橋 ~
私は艦橋の外に出て、北西に飛び立っていく高高度通信ドローン・イカロス改を見送っていた。
昨日から3時間おきに1機ずつ飛ばしているのだが、これがあと一週間続く予定だ。
田中航海長兼副長(32歳独身)が、私の隣に立ってドローンが飛んで行く方向を見つめている。
「あの天体儀が正しければ、一カ月後には結果が出るのですね」
田中の言葉に、私は頷く。
「あぁ、トゥカラーク大陸の画像を撮影して帰ってくるはずだ」
イカロス改は八千メートルの高高度を飛行し、4時間毎に地上を撮影する。
片道一週間、約1万数千キロの距離を進み、その後に戻ってくる。
64機を少しずつ方向をズラして飛ばすことで、トゥカラーク大陸の全体像が把握できることを期待している。
もちろん、途中に損耗が発生することも想定した上での数だ。
同じ数のイカロス改を護衛艦ヴィルミアーシェから、東方向にも飛ばしている。
もし『マヤドゥの天体儀』が正しいのだとすれば、八百万諸島の画像を持ち帰ってくるはずだ。
小さくなっていくイカロス改を目で追っていると、田中が私に話しかけてくる。
「イカロスという名前は、ギリシャ神話から取ったものですか?」
「そうだ。イカロスの不屈の精神にあやかったものだよ。きっとドローンも帰ってくるさ」
帝国でも有名なギリシャ神話のイカロス。
大空を目指して蜜蝋の翼で飛び立ったイカロスは、太陽の神の怒りに触れてしまい、翼が溶かされてしまう。
すわ落下か!?
という一大事にあっても、イカロスはめげることなく、懸命に両腕を翼替わりにして羽ばたいた。今でも、イカロスは大空のどこかを飛び続けているという。
このイカロス神話は「人間、諦めたらそこで終了! 諦めんなよ!」という教訓を伝えるものとして知られている。
これはあくまで我々の世界での神話だが、この世界にも似たような神話とかあったりするのだろうか。
そんなことを考えていると、田中がボソッと独り言をつぶやいた。
「来月といえば、わたし誕生日なんですよね……」
なんだろう、急に肩に重たいものが乗っかって来たような……。
「はぁ……」
なんだろう、さすがのイカロスも落ちてしまいそうな、重いため息が田中から吐き出される。
緊急艦長クエストが発生したことを、艦長、自覚した。
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