第131話 見参!仮面ラミアー

 例えば、ある寂れた農村を襲っている蜘蛛女がその典型的なパターンである。


「フギギギ! この娘の命が惜しくば、村にある食料を全部持ってこい!」


 巨大な蜘蛛の身体に色白美女の上半身が乗った蜘蛛怪人が、農村の若い女性を羽交い絞めにしていた。


「いやぁぁぁ! やめてぇぇぇ! 変なとこ触らないで! お嫁に行けなくなっちゃうぅ!」


 よく見ると、蜘蛛女の手が農村の女性の胸をわしづかみにしている。ただ蜘蛛女がそのことを気にしている様子はまったくない。あと農村の女性より、蜘蛛怪人の乳の方がずっと大きかった。


 しかも、そのお宝をまったく隠そうとしていない。


「リタァァァァァ!」

 

 蜘蛛女の前で対峙しているクワを持った農村の若者が、悲痛な表情を浮かべながら叫ぶ。


 若者の視線がチラチラッと動いているのは、蜘蛛女の乳に視線が取られているからなのだろうか。


 まさかな。恋人か許嫁かしらないが、大事な女性が人質にとられているのに、そんな、まさか敵の白乳に目を奪われるなんてないない。


 私ならガン見するけどな!


 ……というライブ配信映像を、私は士官室のモニタで、から揚げ定食を食べながら視聴していた。


 ちなみに配信映像では蜘蛛怪人の胸元にモザイクが入っている。


「あの魔族の胸……現場で直接拝みたい!」

「というか、このカメラどこで撮ってるんだろ? 撮影してないで助けてやればいいのに」

「助かるから撮ってんじゃないの?」


 周りにいる乗組員たちが昼食を食べながら適当な感想を述べていた。


――――――

―――


 護衛艦フワデラがカバーする警戒網は、現在アシハブア王国の北と北西面と海側をほぼカバーしている。大所帯で移動する妖異軍の部隊であれば、早期に発見することが可能だ。


 だが単独~数人で移動しているような敵まで追い切れるわけではない。その多くは逃亡兵やただの無頼者と言ったはぐれの連中だ。


 これが工作員だった場合は非常にやっかいなのだが、そうでない限りは戦術単位での脅威にはならない。


 大抵の場合、すぐに何かをやらかして、冒険者や騎士団に撃破されることになる。


 例えば、ある寂れた農村を襲っているこの蜘蛛女がその典型的なパターンである。


 ライブ配信映像では、蜘蛛女の前に村人たちが食料を積み上げていく様子が映し出されていた。


「うぅ……フラック村名物、取れたて新鮮、トゥメーイトが……怪人に取られるなんて」

「あぁ、甘くておいしいフラック名産クーナップルを、差し出さねばならないなんて」

「残念じゃ、フラックいもを使った密造……不思議な飲み物を怪人に持っていかれるなんて」


 村人たちは悲し気な声を上げながらも、いちいち村の特産品をカメラの前に持ってきてから、蜘蛛女の前に積み上げていく。


 そのときマイクが森の奥からこちらに近づいてくる音声を拾った。


「山を越えーろ♪ 森をかけーろ♪ グレイベア村のためー♪」


 若い女性の鼻歌が急速に近づいてくる。


 スルスルスルスル……


 異変に気が付いた蜘蛛女がハッとして振り返ると、


「仮面ラミアーBlack!見参!」


 帝国で人気の特撮ヒーローのお祭り仮面を被ったラミア女子が、ポーズを決めていた。


 長い黒髪をまとめたポニーテイル。ビキニアーマーからこぼれ出る大きな胸の谷間……にある二つのほくろ。そして黒い蛇身。


 私にはその身体に見覚えがある。


 ちなみに彼女が付けている仮面にも見覚えがある。確か整備科の誰かが趣味で集めていて、年末の一発芸大会で使っているのを見た。


 仮面ラミアーはスルスルと蜘蛛女の前に移動する。音もなくしかも一瞬で距離を詰めていた。


 突然のラミア出現に動揺した蜘蛛女が、若干震え声で詰問する。


「こんなところにラミアが何の用だ! 餌を横取りにでも来た……へぶしっ!」


 蜘蛛女がまだ話しの途中で、その顔面に強烈な右尻尾フックを喰らう。


 長い尻尾を活かした背後からの不意打ちは、蜘蛛女を一瞬で沈めてしまった。蜘蛛の胴体が地面につき、人の上半身がぐったりと前に倒れ込む。


 仮面ラミアーは、蜘蛛女の拘束から解放された女性に尻尾を巻き付けると、そのまま若い男性の前へと運ぶ。


「くっ……どういうつもりだ? 魔族が人間を助けるなど、気でも触れたか……げふっ」


 バシン!


 また話を遮って、仮面ラミアーの尻尾ビンタが蜘蛛女の頬を叩く。


「ちょっと、まだ話のと……ぼへっ!」


 バシン!


「とにかく話を……ごふっ!」

  

 バシン!


 これが何度も繰り返され、とうとう蜘蛛女は黙ってしまった。


 完全に意気消沈した蜘蛛女に、仮面ラミアーがついに口を開く。


「わかった?」


 仮面ラミアーを見上げる蜘蛛女の目には一杯の涙で溢れていた。


「ひゃい……」


 蜘蛛女の返答を聞いた仮面ラミアーが、蜘蛛女の頭をその胸に優しく抱いた。


「それでいいの。今日からあなたも私たちの仲間よ」


 ハッ!?として顔を上げる蜘蛛女の涙を、仮面ラミアーの白い指が拭った。


「うっ、うっうわぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」


 蜘蛛女は仮面ラミアーにしがみついて大声で泣いていた。


 農村のカップルや村人たちは、その様子を見て呆然と立ち尽くす。


 そして士官室では――


「「「なんじゃそりゃぁぁぁぁぁ!!」」」


 配信を見ていた全員がモニタにツッコミを入れていた。


「意味がわからん!」

「体育会系!?」

「うわー、新入隊員教育課程、思い出すわー」

「ただの洗脳じゃね?」

「昭和か!? 黙って殴る昭和世代なのか」

「いや大正だろ!」


 今時の若い乗組員クルーたちには、そんな風に映るのだろうな。


 だが私はあのビンタを見て優しさを感じたぞ。


 うちの妻のビンタを見ているようだったからな。


 私が誤って妻のAmazonoアカウントで大人な買い物をしてしまったときのビンタが、ちょうどあんな感じだった。


 ちなみに妻が本気で陸軍ビンタなんてした日には、私の頭なんて一瞬で弾け飛んでしまうだろう。


 つまり愛があるということだ。


 たぶん。


 だがなんだろう。


 蜘蛛女を見ていると、あのときの自分の姿が重なって見える様で……


 私の目からボロボロと冷たいものが流れていく。


 きっと雨だな。


 後日――


 仮面ラミアーの相棒として、謎のマスクを被ったスパイダーレディがデビューした。

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