第12話 後の始末

「それで? 海賊たちを一網打尽にしたというのが貴様か?」


 そう言いながら、赤毛の女船長が不破寺さんの前に立った。


 下乳が見えそうで見えないへそ出しルックがエロッぽい。が、おっぱいの大きさでは不破寺さんの圧勝だ。


「そうですん。わたしがやりましたん」


 私はとりあえず黙って少し成り行きを見守ることにした。


 女海賊フェルミは不破寺さんの頭の角に気づくと、しばらく角を凝視してから言った。


「ふん。鬼人族か。ならそれくらいのことはやりかねんな。まぁ、お手柄だった。捕まえた連中が持っていた装備と持ち金は全部お前のものだ」


「ありがとうございます?」


「それで、沖にあるあの妙な船はお前のものなのか?」


「いえ、この方のですん」


 そういって不破寺さんが、私を抱きかかえ直してフェルミの方に向けた。


「はい。そうです。私が艦長です」


「貴様が? ただのガキではないか」


 そういってフェルミは私の顔をしげしげと覗き込んだ。彼女は確かに美人ではある。が、私の好みではない方向の美人だ。


 なので胸チラがちょっとまぶしかったがそれ以上の興味は沸かなかった。


 というかヤニ臭い。


「艦長は本当は子どもではなかったのですが、魔法か何かで幼女になっちゃったのですん」


 あっ、不破寺さん見知らぬ相手に余計な情報は……と私は焦る。しかしフェルミは眉をピクリと上げて意外な反応を示した。


「ほぅ? 幼女化というやつか?」


「ご存じなのですか?」


 私の喰いつきを見て、フェルミの眉がピクリと動いた。この女は間違いなく何か知ってる。


「私の雇い主からそういう魔法があるということを聞いたことがあったのでな。私自身は見たことがないし、詳しいことは知らん」


「あなたの雇い主に会うことはできませんか?」


「そうだな……今は古大陸に行っているので無理だな」


 そういってフェルミは護衛艦の方をチラッと見る。


「あの船なら古大陸に行くことができそうだが……」


 フェルミは顎に手を当てて少し考える素振りを見せた。


「ふむ。なら今回の海賊船捕獲の報酬として、古大陸までの航路が記されている海図を渡そう。あと私の雇い主との連絡方法。それでどうだ?」


「それはありがたい。それで結構です」


 後々、私はフェルミが地図と情報ひとつと引き換えに莫大な報酬を得ていたことを知る。


「よし取引成立だ! では次に臨時村長、海賊どもの始末だが……」


 そう言って、フェルミはヴィルミアーシェと細かな打ち合わせを始めた。私と不破寺さんは新しく設営された帝国軍のテントへと戻ることにする。


 帝国軍のテントは乗組員クルーや村人やフェルミの船員たちが入り乱れての大変慌ただしい状況になっていた。


 テントの前では補給長たちが村人とお互いの食材を試食している。


 周辺にはカレーの良い香りが広がっていた。


 テントの中では、航海長とフェルミの船員が分厚い本を前にこの世界の海法について話し込んでいる。これと似たようなやりとりがそこら中で行われていた。


 私と不破寺さんは、テント外に設置されているテーブルに腰を落ち着けた。


「お腹が空きましたねん」


「そうですね。えっと……」


 テントの周囲では先ほどからずっとカレーの良い香りが漂っている。私が食事を用意してもらおうと周囲に目を向けると、黒淵補給長が声をかけてきた。


「艦長! お食事ですか?」


 頷くと補給長が私と不破寺さんにカレーをもってきてくれた。


「どうぞ、現地の食材を使った試作カレーです」


「おぉ、うまそうだな!」


 私としては正直「これ食って大丈夫なの?」と思ったのだが、不破寺さんは一切の躊躇ちゅうちょなく既に食べ始めていた。


「おいしい! これとってもおいしいですよん!」


不破寺さんにならって私もカレーを口にする。


「うめぇ!」


 ルーは食べなれた帝国海軍カレーがベースなのだが、ジャガイモっぽい触感の具材は噛むとわずかに酸味を伴っていてこれがルーと交わると甘みを増す。


 肉汁がスパイシーでそれが舌を刺激してルーの辛さを増す。何の肉かについては今は考えないでおこう。とにもかくにも美味しいのでカレーを口に運ぶ手が止まらなくなる。


「こちらもどうぞ。現地の食材で作ってます」


 そういって補給長は白い飲み物を差し出してきた。それはラッシーのような乳酸飲料で、ラッシーよりも遥かに濃厚な味と舌ざわりだった。


「乳が取れる家畜がいるのか……」


「いえ、村の亜人女性から搾ったものです」


 プーッ!


 私は飲み物を盛大に吹き出してしまった。


「冗談ですよ? ちゃんとした乳牛がいました。というか艦長も見てましたよね? 牛」


「そ、そういわれればそうだった……」


 ちょうど打ち合わせを終えた海賊フェルミと臨時村長のヴィルミアーシェさんが私のところへやってきた。


「どうされましたか?」


 ヴィルミアーシェさんが可愛く小首を傾げる。私は彼女の大きな胸に視線を向けながら、


「ここから取ったのだとしたら、お代わりなんだけどな」


 なんてことを考えていた。


「何がお代わりなんですか?」


 黒縁補給長が二人にも白い飲み物を手渡した。


 海賊フェルミがカップをグイッと傾けてひと息で飲み干す。


「なんだこりゃ、うめぇ!」


 と、フェルミは口元を拭いながら感嘆の声を上げる。ヴィルミアーシェさんも同じようにそのおいしさに感動しているようだった。


「おいしいです。こんなの初めて飲みました」


 白い飲み物のおいしさに顔をとろけさせる女性二人を見て、黒縁補給長がドヤ顔になる。


 私は、ドヤ顔を向けてくる黒縁を手で追い払って、二人に話しかけた。


「それで? 海賊たちの始末はどうなったんだ?」


「船長を吊るした。村人を殺した者も一緒に吊るした」


「はっ?」


 私が状況を呑み込めていないことに気づいたフェルミが、何が行なわれたのかを詳細に語った。


「先ほど行われた正当な裁判の下で彼らは死罪。刑は即実行され、いまは村の入り口に吊るされて風に揺れている。残りの海賊は船と共に私が接収する。彼らは誰も殺していないから吊るしはしない。奴隷商に売り払って金にするだけだ」


 それだけ言うと、フェルミはその日のうちに船団を引き上げて海の彼方へ去って行った。


 ちなみに古大陸の海図と彼女の雇い主についての情報は既に受け取っている。


「それにしてもあの女海賊……恐ろしく仕事が早いな」


 殺された村人たちのことを思えば、海賊たちの処分は納得のいくものではあった。


 しかし、こうもあっさりと命が消されてしまう現実に、私は改めて自分が異世界にいる現実を感じて身が引き締まる。


 ここでは元の世界以上に、私の判断ひとつで乗組員クルーたちの命が簡単に失われてしまうかもしれない。


 私は水平線に消えていくフェルミの船団を最後まで見送った。



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