第78話 蠱惑の妖女 ~ 膨れ女 ~

~ グレイベア村中央通り ~


「うわっ! 艦長! すげぇ美人が来ましたよ! あれってもしかしてサキュバスっていう種族ですかね」


「お、おう……」


 南大尉が目の前を通り過ぎた女性に完全に目を奪われているのを、私は冷めた目で見ていた。


 ガシッ! ガシッ!


 坂上大尉が南大尉の向う脛に蹴りを入れる。


「ちょっ! 何すんだ! 痛い! 痛いって!」


 もう二人とも結婚すればいいのに。


 とりあえず南大尉の脛を守るために、私は坂上大尉を手招きし、スマホで撮影した先ほどの女性が歩く動画を見せる。


「艦長……これは……」


「あぁ、フワーデの新しいスキルでな【妖異フィルタ】というらしい」


 【妖異フィルタ】は、スマホ等に映像を再生する場合、妖異による影響を取り除く効果がある。力のある妖異の中には、姿を見ただけで精神を不安定にさせたり、気絶させたりするものまでいる。そうした影響を排除することができるのがこのスキルであり、現在支給されている全ての端末にはこのスキル効果が付与されている。


「義春……」


「坂上、ちょっと待て」


 私はスマホの映像を南大尉に見せようとする坂上大尉を制止した。


「妖異フィルタなしで、人にどんな影響が出るのか少し確認しておきたい」


「わかりました」

 

 私たちのやりとりを意に介することなく、南大尉は遠ざかって行く女性のお尻を視線で追う。しかし、もう坂上大尉は南大尉の脛を蹴ることはなかった。その美しい眉根を上げて、呆れたというか憐みの視線を南大尉に向ける。


 その1時間後、相談があるということでルカが村長室に私たちを招集した。




~ 村長室 ~


 村長室には、私と南・坂上両大尉、ルカ、タヌァカ氏、ライラ、マーカス、そしてヴィルフォランドールが集まっていた。


 招集した者が揃ったことを確認したルカはコホンっと咳払いして話を始める。


「先ほど、妖異軍から逃れてきたという女がこの村に着いての。タカツたちと一緒に話を聞いてみようと思ったのじゃ」


 南大尉がピンと来たらしく、その顔がパッと明るくなる。その変化に気付いた私と坂上大尉の表情は逆に曇っていた。


「では入るがよい。シンディ・ラトテップ!」


 ドアがノックされ、入って来たのは先ほど歩いていただった。私の目には、色白の黒髪美人で何となく妻に似た雰囲気を持っている女性が立っていた。


 マーカスとヴィルフォランドールは、南大尉と同じような表情になっていた。マーカスは間違いなく後で女性を口説くつもりだろう。モロ顔に出てる。


 一方、タヌァカ氏は一瞬顔をしかめた後、ポーカーフェイスになった。ライラは、そんなタヌァカ氏の変化を見て無表情を貫いている。


 ルカはそもそも人間の美醜には興味がないと言っていたので、女性の容貌については特に何も感じていないようだった。


 ふむ。こういう反応になるのか。


 私はスマホを撮影モード(妖異フィルタON)にして、それを女性に向けながらルカに手渡した。


「ほぉ。なるほどのぉ」


 シンディと呼ばれた女性は、私たちの奇妙な行動に戸惑いつつ、話を始めた。


「み、皆さん、どうか私たちの集落を助けてください! 私たちの村は今、魔族軍に襲われているのです」


 シンディは、全身で悲しみを表現しつつ、私たちの助力を懇願する。タヌァカ氏を除く男たちの背中から、か弱き女性を救う英雄様のオーラが立ち昇るのが目に見えるようだった。


「村の場所は? 魔族軍の規模はどれぐらいなのじゃ? 」


「私たちの村はここから北西に歩いて2日ほどの山間にある集落です。魔族軍はオークとゴブリンたちが20ほどだったと思います」


「その辺りの村は、妖異軍の侵攻でほとんどが近隣の都市に避難したと聞いておるが……」


「どうしても村に残りたいというものも多くて……私もそのひとりでした」


「なるほどのぉ」


 そう言いながらルカはスマホをタヌァカ氏に見せる。映像を見たタヌァカ氏とライラは相変わらずポーカーフェイスのままだった。


「彼女の村を助けに行こうぜ! 彼女と村を守ってやる!」


「おっちゃんが行くなら、俺も行く! このお姉ちゃんを守らなきゃな!」


 マーカスとヴィルフォランドールが燃えていた。


「艦長! 俺に行かせてください! 必ず彼女と村を救ってみせます!」


「お、おう……」


「……」


 南大尉の熱い訴えに押されて、私は引き気味に返答した。南大尉を見つめる坂上大尉の眼は憐みに溢れていた。


 ルカと私とタヌァカ氏は視線を合わせて頷く。続けてルカがパンッと手を叩く。


「よしっ! シンディの村を助けに行くぞ! 幼女戦隊ドラゴンジャー出動! この場にいる他の者も全員出動じゃ!」


「「「おうっ!」」」


 私を除く野郎どもは、ヒロイック精神と下心でその胸を満たして威勢の良く声を上げた。というかお前ら絶対に下心の方が大きいだろ!


「あ、ありがとうございます! ありがとうございます!」


 美女シンディ・ラトテップは、一人ひとりに頭を下げて礼を述べる。私の目には、私に礼をするシンディの豊満な谷間が眩しく映った。私はそれについて何も反応しなかったが、他の男どもは鼻の下が5cmくらい伸びきっていた。


 お前ら下心しかないだろ!


「よし、準備ができ次第出発じゃ。シンイチ! ライラと共にシンディを連れて村の入り口で待っておれ」


「わかった。それじゃシンディさん、ご案内します」


「ありがとうございます!」


 シンディはタヌァカ氏に胸を見せつけるような礼をして見せたが、タヌァカ氏は相変わらずポーカーフェイスだった。


 三人が出て行った後、ルカが男どもを目の前に並ばせる。


「さて、今のお前たちは麗しき美姫を助ける英雄様といったところか」


 マーカスとヴィルフォランドール、そして南大尉の三人は居心地が悪そうにそわそわする。


「それでのぉ、残念ながら、これがお前たちのヒロインの本当の姿じゃ」


 そう言いつつルカが三人に見せたスマホの映像には、


 白く巨大な蛆虫のようなでっぷりとしたナニかが、その醜い巨体をゆらゆらと揺らしながら起立している様子が映し出されていた。全体的なフォルムがうっすらと女性の身体をなぞっているように見えてしまうことが、悍ましさをより深いものにしていた。


「「「なっ!?」」」


 三人の表情が驚愕したまま固まる。


 私はフワーデの図鑑で検索した情報を三人に読み上げた。


【膨れ女】

 おっきな蛆虫の妖異だよ! 幻術を使うの! 見る人にとって一番魅力的に感じる女性の姿に見えちゃうよ! 特に男性が見るとエッチィことしか考えられなくなるみたい。でも正体を知ってれば、幻惑されても虜になっちゃうことはないから安心だね! でもでも、もし虜になったら最後、頭部にある気持ち悪い口でぐちゃぐちゃに食べられちゃうの! ゴイスー!コワイー!

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