第152話 悪魔勇者と対面
~ 護衛艦フワデラCIC ~
「アハハハ! なるほどそうかそうか! まさか俺の邪魔をしているのが、同郷の奴らだったとはな!」
護衛艦フワデラの戦闘指揮所内のモニタに、にやけ顔の幼女が映し出されている。
「これが……悪魔勇者なのでしょうか」
モニタを見つめる平野の声が緊張で上ずっていた。
「恐らくな。急いでシンイチを呼んでくれ」
「了!」
悪魔勇者を幼女にしたシンイチなら、顔をみれば当人かどうか確認することができるだろう。
だがヘルメスの前に堂々と立ち、こちらが映像と音声を拾っているのを把握しながら語り掛けてくる隻腕の幼女など、そう多くいるはずもない。
私がCICにいる橋本船務長と山形砲雷長に視線を向けると、二人は同時に私の方へ振り向いた。二人は私の口の動きを見て、黙ったまま頷いて敬礼を返す。
私が再びモニタに顔を戻すと、そこにはニヤニヤと笑う幼女の顔があった。
モニタに映る黒髪黒目の幼女。
シンイチに確認するまでもない。
こいつが悪魔勇者だ!
~ 二日前 ~
カザン王国の南に位置するハザン王国は、その国土の大半を深い森が覆っている。森は東方に向って深く、西に向って薄くなっていて、森のある場所はそのままウドゥンキラーナと二柱の魔神の神域と重なる。
ウドゥンキラーナの助力を得ることができたおかげで、私たちは予想以上の速さでヘルメスの設置を進めることができた。
特に難しいと予想されていた西方面におけるヘルメスの配置は、今やセイジュウ神聖帝国の喉元に届こうとしていた。
そんなときに、これまでの明るい見通しを覆すような事態が発生する。
「艦長!カザン王国の妖異軍が大森林に侵攻を開始しました!」
「なんだと!?」
この連絡が月光基地から入ったとき、我々は別の問題への対処に追われていた。リーコス村の北方及びグレイベア村西方のそれぞれに妖異軍の師団が迫りつつあったのだ。
アシハブア王国の国境近くに駐屯していた二つの師団については、ひと月前からその存在を確認していた。しかし、その対応について王国と調整しているうちに、この進軍を許してしまった。
妖異軍が普通の軍隊のように移動してくるのであれば、ミサイルを撃ち込んでまとめて対処できただろう。ところが妖異軍は進軍というよりも、妖異や魔族たちは個々がバラけて文字通り『突進』してくる。
それは兵站も何も考えていないのが明らかな大移動だった。まるでバッタの大群が大地を枯れるまで喰らい尽くす
それに合わせた見事なタイミングで、カザン王国に駐留していたイゴローナックル将軍がハザン王国へ南下してきたのだ。
事態はそれだけではなかった。
CICにて状況の整理を行っていたとき、私のスマホが鳴り出した。
ウドゥンキラーナからの連絡だった。
「タカツ! 森の西端にセイジュウ帝国軍が現れよった!」
ここに来て私はようやく妖異軍の意図を理解した。彼らはハザン王国を落としてルートリア連邦内での勢力を一気に塗り替えようとしているのだ。
リーコス村とグレイベア村方面に展開された二個師団は、護衛艦フワデラに対する牽制だろう。
正しく我々を牽制することができているということは、つまり我々がハザン王国内で何かしらの活動を行っていることが敵に知られていたということだ。
実際、坂上分隊は何度も森林内で妖異軍を撃退していたので、いずれバレるものと考えていた。だが、こうも素早く行動を開始するとは。
ウドゥンキラーナがスマホの向こうから必死の形相で訴えてくる。
「やつら、強力な妖異共を引き連れておる! 魔物もじゃ! やっかいなことに火竜を従えておる! 奴はウドゥンの手に負えぬ!」
CICでウドゥンキラーナの報告を受けている私の下に、月光基地の南大尉から連絡が入ってきた。
「艦長! ヘルメス2機が不明! あっ!? 今、35番機が敵に発見されました!」
CICのモニタにヘルメス35番機からの映像が出る。
ヘルメスのカメラには、蝙蝠怪人とでも表現するしかない、翼を生やした真っ黒な何かが近づいてくる様子が映し出された。
袋でも被せられたのだろうか、その直後、ガサゴソという音と共に画面が暗転した。
翌日には、48番機が同じように敵によって
不明機を合わせ計4機のヘルメスの状況を確認することができたのは、さらに翌日のことだった。
35番機と48番機の覆いが取り払われ、
再びヘルメスのカメラが周囲を映すようになり、
護衛艦フワデラに送られてきた最初の映像が、
悪魔勇者のニヤケ顔だった。
今やヘルメス全4機は悪魔勇者の手の中にあった。
~ 悪魔勇者の確認 ~
ヘルメスにはスピーカーとマイクが搭載されているので、悪魔勇者との会話は可能だ。
「3……2……1……GO!」
橋本船務長による小声のカウントダウンに合わせて、私は悪魔勇者に語り掛けた。
「同郷と言うことは、貴方は我々と同じ帝国の人間なのか?」
ピコーン! ピコーン!
「おっ!? まさか返事が帰ってくるとは思わなかったぜ!」
CICのモニタに悪魔勇者の左目がアップで映し出される。
悪魔勇者が顔をカメラから離した時、そこで初めて彼が右目に眼帯をしていることに気が付いた。気にはなったものの、下手に地雷を踏んで会話を止められてしまっては元も子もないので、そのことには触れずにおいた。
「あんたが、そこにいる連中の中で一番お偉いさんってことでいいな?」
「あぁ。帝国護衛艦フワデラ艦長、高津裕司大佐だ」
私は正直に答えた。その方が、彼の関心を惹きつけることができると考えたからだ。
「へぇ~、帝国海軍の大佐か。俺の人生で軍艦の艦長さんと話する機会なんざ、想像すらできなかったぜ。まぁ、前世のことだけどな」
そして私は彼の関心を引くことに成功した。
「だが、それにしてはやけに声が高けぇな? もしかしてスピーカーのせいか? それにさっきからピコピコ音がうるせぇし、やたらとライトが点滅してうざいんだが」
やっかいな話題を一度に振られた私は、慎重に慎重を期して答える。
「このドローンで音声を出すのは、戦闘時の警報や警告といった場合に限られる。点滅と音は注意を集めるためなので仕方がない」
「なるほどねぇ……」
とりあえず第一難関を突破。
「後、私の声が高いのは……」
ここで私は思わずツバを呑み込んでしまった。
「私が幼女に変えられてしまったからだ」
悪魔勇者の声が1オクターブ低くなって返ってきた。
「……どういうことだ?」
私は悪魔勇者が怒りに身を任せて会話を止めてしまうことを恐れていた。
彼のこの会話に対する興味をできるだけ長く引き留めておく必要があるからだ。
山形砲雷長の方に視線を向けると、彼は私にグーとパーを3回繰り返した。
続けて橋本船務長に目を向けると、彼は両手の指を立ててバンザイするように掲げていた。
私が二人の方を向いて、人差し指を立てた右腕を前に倒す。
そして悪魔勇者に向って話始める。
「この世界に飛ばされたとき、ドラン大平原という場所の沿岸に着いたのだが、そこで爆風に巻き込まれて、気が付いた時には私を含めて上陸していた者全員が幼女になっていた」
「…………くっ……くっ、くっ、くくくっ」
悪魔勇者が笑いだす。
良い反応だ。まことに良い反応が返ってきた!
橋本船務長が指を一本ずつ折り曲げ始めた。
「艦長、シンイチくんが到着しました」
そう報告する平野副長の背後には、シンイチとライラが立っていた。
二人はCIC内の緊迫した空気を正しく読んでくれたようだ。
ので、モニタに映し出されている悪魔勇者を見ても、二人は声を一切上げなかった。
平野副長が小さな声で二人にささやきかける。
「お二人に確認します。あれが悪魔勇者で間違いないですか?」
私は顔を青ざめさせた二人がゆっくりと首肯するのを見た。
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