第30話 女神クエスト

 ローエン沖に停泊している護衛艦フワデラに帰艦すると、平野副長が出迎えてくれた。


「艦長だけでお戻りですか? 何か問題が発生したのでしょうか?」


「いや、少し確認したいことがあってな」


 私は軽く手を振って問題ないことを示す。

 

「とりあえず街の中は、我々が歩いても特に違和感はなさそうだ。とりあえず各科長に上陸許可を出していいぞ。許可する順番は副長の判断に任せる。但し、必ず白狼族のどちらかを同伴って行動することは厳命しておいてくれ」


「了」


 忙しく働き始めた平野副長を置いて、私は艦長室に戻った。部屋の中ではフワーデが私のノートパソコンを勝手に開いてフォルダ検索を行っていた。


「お、お前なにしてくれてんの!?」


「エロ画像検索?」


そんなもん艦内に持ち込むわけないだろうが! というかどうやって開いたんだ? お前って実体ないはずだろ?」


「エロ画像チェックするって平野に言ったら開けてくれたよ?」


 平野ぉぉぉ!


「くっ……ま、まぁいい。それでここでしか話せないことと言うのは何なんだ?」


「えっとね……その天上界から電文があってね、女神クエストクリア報酬っていうのが出たみたいなの」


「何の話だ? 今のお前の話からは”電文”しかわからなかったぞ? どこから電文が来たって?」


「天上界」


 冗談を言ってる場合か!


 ……と怒り出そうとする私の脳裏に異世界という言葉がよぎった。そうだった。ここは異世界だ。その異世界にフワデラと乗組員全員が転移させられたのだ。天上界とか魔界とかあっても不思議ではない。


 淫魔界とかあったらいいな。


「……タカツ大丈夫? 変なこと考えてる? ヒラノ呼ぶ?」


「ごめんなさい。お願いだから呼ばないで」


「許したげる!」


 フワーデは両手を腰に置いてふんぞり返る。コイツは何で威張ってるんだろう?


「たぶんだけど、天上界はワタシたちをこの異世界に送り込んだ神様のいる世界みたいなの。ワタシは彼らと電文を通じてお話ができるのよ」


「はぁ、神様とお話できるフワーデさんマジパネェっす」


「そう!ワタシはマジパネェなの!」


 であるなら少しくらいは威張っても許してやってもいいか。


「って、ちょっと待て!? つまりその神様が私たちをここに送り込んだ理由と帰る方法を聞くことができるのか?」


「とっくに確認済みよ!」


「偉いぞフワーデ!」


 私は実体のないフワーデの頭辺りをなでなでする。


「それで?」


「えっとね。この世界にね。すっごいワルい奴らがものすっごくワルくて超怖いコワイ悪魔を召喚しちゃったんだって。しかもそのとき一緒にとーっても危ない眷属がね。十二人もついて来ちゃったんだよ。怖いよね! ゴイスコワイー! それでね。神様たちがみんなで相談してすっごく強い勇者を召喚することになったんだけど、勇者って言うのはドラゴンクエ――」


 フワーデの寄り道ばかりの長い話を、私は忍耐強く最後まで黙って聞いた。途中で口を挟んでいたら、この三倍は時間が掛ったことだろう。


「つまり、悪魔と十二人の眷属がこの異世界に召喚された。悪魔を倒すため、神々は協力して強い勇者を呼び出そうとしたが失敗。呼び出す力が暴走してフワデラが乗組員ごとこの世界に転移させられたと?」


「そうよ!」


「それで帰る方法は?」


「えっとね。神様たちの間でどうするか緊急対策会議を繰り返してるみたい。ただ確実な方法がひとつあって――」


「確実な方法?」


「その悪魔と眷属を倒しちゃえば戻れるみたい!」


「マジかぁ」


「マジダヨ!」


 悪魔退治なんて帝国海軍の領分じゃないんだが……。そんなことのために私たちはここに強制転移させられてしまったのか。


「フワーデ、ちょっとその神様とやらに電文を頼めるか?」


「うーん。いいけど、返事が来るかどうかはわからないよ。ワタシのときもなかなか返事はこなかったし。どうもアッチの世界は今忙し過ぎててんてこ舞いみたいなの」


「そうなのか」


 天上界とやらも、私たちを転移させてしまったことで混乱しているということなのだろうか。


 しかし、天上界もその事情も分からないでは、てんてこ舞いとか言われても意味不明だな。


「えっと、てんてこ舞いって言うのはね。わかりやすく言うと、ワタシの燃料タンクに間違ってカレーを補給して最大戦速出しちゃった感じ?」


「それはてんてこ舞いだな!」


 天上界が大変だということだけは理解できた。


「それでも一応、私たちが一刻も早く全員帰還できるよう願っていることは伝えておいてくれないか」


「わかった。Bot作って毎日送るようにしておくね」


「フワーデが私に伝えたかったのはこのことだったのか?」


「うん。あっ、でもそれだけじゃないの。えっとね、今回の女神クエストで報酬が出たの! あとワタシにできることが増えたよ!」


「女神クエスト? って何だ?」


 フワーデの話が長いので要約すると、


 先日、護衛艦フワデラが水底に沈めた魔獣が、女神クエストと呼ばれる天上界の女神が発注していたクエストの討伐対象だったらしい。


 クエストクリアによって報酬が出たらしいのだが、これがEONポイントという燃料や資源に置き換えることができる通貨だったのだ。


 まるで【魔力転換炉】みたいだが、そのことをフワーデに尋ねるとこのスキルは魔力をEONポイントに変えて、それを原資に燃料と交換していたということだ。


 魔力で軽油2号とか水とか乳酸菌飲料とか、妙に融通が利くスキルだなと思っていたら、そういうことだったのか。


「報酬の件については了解した。あとフワーデは新たに何ができるようになったんだ?」


「神ネット業務スーパーが利用できるようになったの!」


「はぁ?」


「えっとねEONポイントを使って、もの凄く大きなスーパーで買い物ができるの! 頼んだ商品は発注後1時間以内に到着するし、商品の受け取りにサインはなくていいのよ!」


「スーパーでどうやって買い物をするんだ? この異世界にそんなものなさそうだが……」


「これで注文するの!」


 そう言ってフワーデがノートパソコンに手をかざすと、「業務用スーパー ビックマート」のオンライン注文画面が表示された。


「ここって……うちの地元にある業務用スーパーじゃないか!?」


 そこは私の妻も頻繁に利用している業務用スーパーだった。




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