第113話 見つけた……
南と坂上はフワデラ夫妻と共にグレイベア村へと出発していった。このまま一カ月の新婚旅行だ。
欧米並みの待遇だが、実際にはその1週間はシュモネー夫人のクエストだ。また残りの3週間も、各科長が現地調査について様々な依頼を投げていたので、フルでハネムーンを楽しめるということでもなさそうだ。
リーコス村の入り口で彼らを見送った後、私はフワーデにボソッとつぶやいた。
「なぁ……フワーデ」
「なーにー?」
間の伸びた返事をするフワーデ。最近はずっと帝国撫子型アンドロイド・テーシャボディがデフォルトになっている。ホログラムのフワーデは、何かの報告や連絡のときに姿を現す場合がほとんどだ。
「あのさ、悪魔勇者はシュモネー夫人に倒してもらって、私たちは帰るってのは駄目なのかな」
「……」※沈黙
フワーデが私の方にかがんできて顔を覗き込む。銀髪の前髪の間から、くりっとした緑色の瞳がじっと見つめてきた。
「……タカツ。あの人に何を見せられたのかは知らないけど、それについてはワタシたちがどうこうできるものじゃないからね」
フワーデの目がいつにもなく真剣だった。
「うまく言えないけど、たまたま星の位置が重なって人の形に見えているだけ……そんな感じがする」
「星座みたいなものか」
「それくらいに考えていた方がいいってことだよ。見上げるだけにすべき。星を動かそうなんて考えないで」
フワーデの表情に若干の怯えが見える。天上界の奇跡で生み出されたようなフワーデでさえ、そんな風に感じるシュモネーとは何者なのだろう。
「グレイベア村の住人として振る舞ってくれている限り、結果的にワタシたちの味方になってくれるかもしれない。悪魔勇者討伐作戦にも力を貸してはくれているけど、あの人が見ているのはもっと先、悪魔勇者はその視線上にたまたま重なっただけ、そんな気がする」
相変わらず抽象的なことしか言わないフワーデの会話から分かったことは、シュモネーはフワーデが怯えるほどの存在であること。
そして、私が夜の海岸で見たもの――
SF映画から飛び出してきたような巨大な宇宙船と、
アニメで見たことがあるような巨大なロボットは、
悪魔勇者に対抗する戦力として考慮に入れるべきではないということだった。
……いや、南と坂上の護衛をしてくれるっていうなら、ちょっとくらいは我々に協力してくれるかもしれん。
「だから! あてにしちゃ駄目なんだって!」
私の考えを読んだフワーデが、私の肩をぐんぐんと揺さぶっていた。
ビクンッ!
突然、フワーデの身体に震えが走り、それが私にまで伝わってきた。
「どうした!? フワーデ!」
「見つかった……」
フワーデの顔色が青ざめる。
「見つかっちゃった……タカツ! ワタシ見られた! アイツらにワタシたちのことがバレちゃったよ!」
「誰に見られたんだ!」
怯えるフワーデを庇って、私は腰から拳銃を抜こうとして手を空振る。
しまった! 日中だし、村の中だからと武器を携行してこなかった。
油断!
だが今のフワーデは帝国撫子型アンドロイド・テーシャのボディ。巨大なオーク戦士をへなちょこなグーパンでのしてしまうくらいの力はある。
そのフワーデが怯えるような相手に拳銃程度では対処できなかっただろう。
……と言い訳を並べ始めた自分の頭を拳で叩いて、私は周囲に警戒を戻す。
フワーデの瞳から光が消えブツブツとつぶやき始めた。
「ユルガン……夢見る者、夢幻王。大地がまだ若く火の海が荒れ灰の雨が降り注ぎしときに星々の世界より降り来たり。幾度も星がめぐりし後、凍てつく海のイレムにて忌むべき白蛆どもの神として世界に悪夢を賜う。ダ・ラドヴィルと呼ばれし黙示録の戦を逃れ深淵の海底で永き眠りに入る……」
「ちょっ、フワーデ!? お前大丈夫か!?」
私がフワーデの身体を揺すると、虚ろだった瞳に光だ戻ってきた。
「だ、大丈夫。フワーデ図鑑が強制的にアップデートされちゃったからビックリしただけ」
「それって、妖異にハッキングされたってことか?」
「ううん。図鑑の更新は、天上界の正規の手続きによるものだよ。でもこんな急に更新が入ったのは、おそらくアイツが私たちのことを見つけたことと間違いなく関係があると思う」
「アイツって、今、フワーデが口に出したユルガンとか言う奴のことか?」
「うん」
私はフワーデが落ち着きを取り戻したのを見計らって、更新された図鑑情報の開示を頼んだ。
「それじゃいくよ、フワーデ図鑑、項目はユルガン……」
~ ユルガン ~
夢見る者や夢幻之王とも呼ばれる星の眷属。ドラヴィルダにまだ聖樹が根付く前に到来。その後、時代を経て南極海にある古代都市イレムに住む蛆にた種族によって崇拝される。ダ・ラドヴィル大戦では天上界の神々に追われ深海へと逃れた。
ユルガンは、巨大なクジラのような姿をした水棲生物。全長は200メートルを超え、全身が鱗で覆われている。その頭部は人間に似ており、長いひげの様に見える無数の触手を有している。これらは敵や獲物を捕らえるだけでなく、夢や幻影を操るための器官であると言われている。
夢に介入する一種のテレパシー能力を有しており、信者たちは夢を介してユルガンとの交信を行うとされている。あるダゴン教団の宗派では、このユルガンのことを父なるダゴンとして崇拝している。彼らは一般的に知られている大型半漁族の姿をしたダゴンを、ユルガンの落とし仔であると考えている。
神格として知られている性質は惨忍かつ執拗。ユルガンを目にしたものは、命ある限り悪夢に囚われ、死してなお悪夢の世界に束縛されると云われている。
「図鑑の情報はここまでだよ」
「分かってはいたけど、ろくでもねぇな。それでフワーデ、見つかったと言ってたが、こいつに見つかったのか?」
「そうだね。どこでワタシたちのことを発見したのかわからないけど、アイツの頭の中にワタシの艦影があったような気がするの。ううん、間違いなくワタシの姿を見てた」
「そうか……ということは……」
「悪魔勇者はワタシたちの存在を確信したはずだよ」
私の胃が久々にキリキリッと痛み出した。
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