第220話 バウチュールな小指の先

 同盟についての話し合いは、ロンドスピシディアの訪問団が訪れた日から、一週間かけて行われることとなった。


 その後は、平野艦長が、ボルヤーグ連合王国全権大使と共に第四基地を訪問し、同盟条約に署名する運びとなる。


 実際の話し合いはリモート会議で行われることになるのだが、訪問団長と数人の文官以外は、暇を持て余すことが多かった。


 そんな彼らを歓待し文化交流を進めていくのが、第四基地の乗組員たちの役目である。


「それで、これは一体どういう状況ですか?」


 午前中の会議が終わって、昼食のために食堂にやってきた南と坂上、そして訪問団の文官たちは、そこで繰り広げられている光景を見て呆気にとられていた。


「ちゅぱ♪ ちゅぱ♪ おひぃれふわぁぁ♪」


 青犬族のアステル嬢が、伊藤 一樹二等兵曹の右手をガッシリと掴み、彼の小指を舐っていた。その表情は恍惚としてだらしなくなっており、ご令嬢が人前で見せてはいけない顔になっている。


「なっ!? こ、これはどういうことだ、キャロ……って、えぇえええ!?」

 

 アステル嬢の痴態を見た訪問団の団長は、付き人である兎人族のキャロを問い質そうとするが、彼女は伊藤の左手の小指を一生懸命に舐っている最中だった。


「はわぁぁあ! こ、これは病みつきになる味ウサ! もうこの小指が無くてはワッチは生きていけないウサ!」


 困惑した団長が、南と坂上両大尉を向いて、


「こ、これは一体どういうことですか!? なぜ彼女たちはあんな風になっているのです!?」


 と詰め寄ってきた。


 怒気が含まれた訪問団長の声が食堂中に響く。


 剣呑な空気になりかけているところへ、先に昼食をとっていた松川先任伍長が割って入ってきた。


「説明が遅れて失礼しました! これは帝国……私たち護衛艦乗りの間で友好関係を示すための習わしなのです」


「習わしですと?」


 訝し気な視線を向ける訪問団長。松川は慌てて南と坂上に視線で後方支援を要請する。


 すぐに反応したのは坂上大尉だった。さっと南大尉の右手を取ると、坂上大尉は、その小指を舐め始める。


「ちゅぱ♪ ちゅぱ♪ 美味しぃ焦げニンニクの欧風スパイスカレーの味がすりゅ……」


 それは南大尉のスキル【小指の先を任意のの辛さのカレー味にする】による効果であった。さらに皇帝セイジューを倒したときの天上界からの報酬で、乗組員全員のスキルレベルがあがった際に、彼は任意のメーカーのカレー味を選ぶことができるようになっていた。


 二人きりのときには新妻に好きに小指を舐らせている南だが、人前で小指を舐めさせるなんてことは決してさせない。


 ……のだが、今回ばかりはそういうわけにもいかず、坂上大尉の舐めるがままに任せつつ、必死で適当な言い訳を考えた。


「ま、まま松川先任伍長の言う通りです! えぇ、その通りなんです!」


「なんと、こちらの皆様にはそのような慣習が!?」


 絶対、後で酷い事になるとわかってはいても、後には引けなくなった南大尉。もはや頭を上下に激しく振り続けるしかなかった。


「それで友好の度合いが深まるほど、いい味になる感じです!?」


「なんと! いい味になる!?」


「は、はい! ちなみに私たちは夫婦でもあるのですが、それくらいになるとカレー味とかになってしまいます!」


「カレー味!? 昨晩ご馳走していただいた、あの帝国料理の味に!?」


 カレー味と聞いて動揺する訪問団一行。昨晩は、護衛艦ヴィルミアーシェ特製の帝国海軍カレーを一人何杯もお代わりするほど大好評だった。


「そうでしたか。てっきりアステル様にエロいことをさせていると勘違いして、『この野郎! その喉を噛み切って内臓を屠ってやろうか!?』なんて思ってしまって申し訳ない」


(怖えぇぇえ)


 訪問団長の言葉を聞いて冷や汗を流す南は、張り付いたような笑顔を返すことしかできなかった。


「そういう習わしがあるのでしたら、我らも尊重すべきですな。しからば失礼して……」


 そう言って訪問団長は、サッと南の左手を取ると、小指をパクッと口に加える。


「!?」※南大尉


「んっ!? こ、これは! 本当にカレーの味がする! いや、昨日いただいたカレーとはまた違うコクと辛みが絶妙な……ちゅぱ♪ ちゅぱ♪」


 そこから先は無言になって南大尉の小指を吸い続ける訪問団長だった。


 結局、その場にいる者たち全員がお互いの小指を舐め合うに至ったのだった。


 とりあえず、それでお終い……

 

 とはならなかった。


「「「!!!!?!??!!?」」」※訪問団の皆さま(アステル嬢とキャロを除く)


 伊藤兵曹の小指を舐めた獣人全員が、アステルやキャロと同じ反応を示したからである。


「こ、これは!? た、たまりませんな! ちゅぱ♪ ちゅぱ♪」※猫獣人

「ちゅぱ♪ ちゅぱ♪ はわわわ! 病みつきになる旨さ!」※犬獣人


 伊藤兵曹のスキルは、南大尉と同系列のものでありながら、しかも獣人に特化したものだった。


【小指の先を任意のバウチュール味にする】 


 帝国でも有名な一流ペットフード企業が開発した猫ちゃんワンちゃん大好き【バウチュール】の味を、伊藤兵曹は小指の先に顕現させることができたのである。


 しかも天上界の報酬によるレベルアップにより、猫ちゃん用、ワンちゃん用、マグロ味、カツオ味、ササミ味と、様々な種類の味を再現することができるという凄いスキルに進化していたのだった。


「ちょっと! 団長、いつまで伊藤さんの指舐めてるんですか! そろそろ変わってくださいよ!」

「わたしも! もう一度! こんどはホタテ味がいいです!」

「あら、わたくしも今度はマグロ味が試してみたくてよ!」

「なら、わっちだって別の味がいいウサ!」


 こうして伊藤兵曹は、獣人族訪問団全員の好意を、その一身で受け止めることになった。


 

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