第82話 海賊フェルミの行方

 マーカス・ロイド子爵がグレイベア村に帰ってくると、入れ替わるようにして平野副長は護衛艦フワデラへ戻っていった。かなり嫌われてるなマーカス・ロイド。


 翌日、マーカス子爵とステファンから王都滞在中の活動についての報告を受けたルカが、私を龍華の間に呼び出した。


「すまんなタカツ。だが急ぎのことでもあるからの。まぁ一献」


 そういって差し出された甘酒を私はぐぃっと飲み干す。


 カッコン。


 幼女二人が差し向かいで甘酒の盃を交わす中、庭のししおどしが心地よい音を立てる。


「良い話と悪い話があるのじゃが、どちらから話したものかのぉ」


「では良い話から」


「うむ。王都ではステファンが大いに働いてくれての。リーコス村がロイド子爵領になった」


 儀碗の貴族ステファンは、マーカス・ロイド男爵の妖異撃退の実績と大量の金貨を最大限に駆使して、リーコス村と周辺地域をロイド領とすることに成功した。


 飛び地とはなってしまうものの、現領地からリーコス村を結ぶ街道については無税で利用できることの確約に成功。


 まぁ整備は自分たちでやれということだったが、実質的な管理権を得た形となった。


「リーコス村の連中も、の民となれば色々と都合よかろう。色々と隠し事もしやすくなるじゃろうしな」


「それが良い話ということですか」


「そうじゃの」


 私は義手の剣士ステファンの政治手腕に舌を巻いた。彼はスプリングス伯爵家の嫡男だそうだが、何やかんや色々とあって、今では家を出てタヌァカ氏に仕えているらしい。

 

 何やかんや色々ある前は、片腕でもなく、顔に大きな傷もなく、甘いマスクのイケメン剣士として活躍していたらしい。


 片腕を失って、顔に大きな傷を負う経緯なんて間違いなく超重たい話に違いないから、私はステファンから話をしてこない限り聞くつもりはない。


 どんな人間にもなんやかんや色々あるものだ。守るべきものが多くなった今では、興味本位で他人が抱えているものを根掘り葉掘り探りたいとも思わない。


「それで悪い話というのは?」


 私がルカに話の続きを促すと、ルカは少し伏し目がちに答えた。


「マーカスがのぉ。お主の船の自慢話を王宮の女ども相手に吹きまくってのぉ……」


「はぁ」


 あのマッチョハリウッドのことだ、どうせ女官や貴族の女性を口説くためのネタにしたのだろう。


 女性に囲まれて得意げに話すマーカスの顔が目に浮かんで、私は甘酒を手酌でぐびぐびと高速飲みした。


「お、おーい! 甘酒のおかわりを頼むのじゃ!」


 私の様子を見たルカが慌て出す。


「申し訳なんだ。マーカスが出立する前にフワデラのことを固く口留めしておくべきじゃったの。わらわの落ち度じゃ」


「いえ……まぁ……大丈夫です」


 そもそもリーコス村で海賊を退治した際に、王国から派遣された女海賊フェルミが艦を見ている。


 マーカスが口を滑らさなくても、王国は護衛艦フワデラの存在について、全く知らなかったということはないはずだ。


 あの時、海賊フェルミは彼女の情報を元に、私たちが古大陸に向かうものと認識していたはずだ。その時点では王国も去って行く船にそれほど関心を持たなかったのかもしれない。


「それでのぉ……。この話にはまだ続きがあるんじゃが……」


 空の覇者にして魔族の頂点に立つドラゴンの幼女が伏し目がちにしたまま、言いにくそうに話をする。


「その……国王がの、ぜひフワデラに乗ってみたいと……」


「お断りします!」


「じゃ、じゃのー! そうじゃろうのー! わらわもそう思ったぞ! もちろんステファンも同じことを思ったようでの! そこはちゃんと断ったぞ!」


 リーコス村の住人の中には艦内で働いているものもいるくらいだし、別に国王が乗艦すること自体に文句はない。必要であれば乗ってもらう機会もあるだろう。


 だがそれは王族の好奇心を満たすためという理由であれば断固拒否だ。こちとら裸一艦で異世界転移を生き抜く護衛艦、舐められたら負けのなのだ!


 決して、貴族の女性に囲まれたマーカスのにやけ顔が腹立たしくて断っているわけじゃない。ない! ないから!


 私の口上の全てにルカはいちいち頷いて同意しながら、私の盃に甘酒を注ぐ。


「おぬしの言う通りじゃ! 王国の勝手気ままに乗る理由なぞない! 何となればわらわたちはタヌゥカ王国を作る気概でおるくらいじゃからの! 王国がなんぼのもんじゃい!」


「なんぼのもんじゃい!」


 この時点で私はかなり酔っぱらっていた。


「……での……ここからが本題なのじゃが」


「ん?」


「実はのぉ……」


 5分後、私の酔いは完全に吹き飛んでいた。


「王女が行方不明!?」


 マーカス子爵が国王にフワデラの活躍をあることないこと吹いているのを、王の傍で第三王女が聞いていた。


 どうしてもフワデラに乗ってみたいと王女はダダを超こねた結果、あらゆる女にだらしないマーカスだけでなくステファンまで折れてしまった。


 マーカスが所有する海賊船団の船でフワデラが見えるところまで近づく。


 二人の妥協案に王女は大喜びで乗った。


 マーカスの指示を受けた女海賊フェルミの船が王女を乗せて王国を出航。海賊と言っても海賊フェルミは王国の認可を受けた私掠船。


 王族の乗艦は決して褒められたものではないが、そういうことが全く許されていないわけでもない。


 そして、護衛艦フワデラを一目見ようと旅立った海賊フェルミと第三王女は、


 行方不明となった。



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