古代神殿の悪夢

第18話 護衛艦 vs 海獣

「艦長、水中から本艦に接近する物体を観測。方位125……音紋照合中」


 戦闘指揮室CICの対潜区画から報告が上がった。


「まさか潜水艦じゃないよな?」


 平野に抱っこされながら報告を受けた私は、思わずそんな疑問を投げかけた。


「既知の音紋に該当するものはないようです。咆哮を上げながら本艦を追尾しているようなので、おそらく大型の海洋生物かと思われます」


「やはり航海長のはフラグだったか……」


 私の筋力では、航海直前に田中未希航海長(32歳独身)が「何事もなければ……」と壮大に立ててしまったたフラグを折ることはできなかったようだ。


「何の話ですか?」

 

 平野がジト目を私に向ける。


「なんでもない! フワーデ! 近づいてくる奴の映像は出せるか?」


 ぼわんっ! と音がして目の前に銀髪緑眼の少女が現れる。


「私はまだ何も感知できてないし無理かなぁ。水測員って凄いね。あっ、でも2kmまで近づいて来たら直接見に行って映像を送ってあげる」


「頼んだ。平野、速度を落として相手に近づけさせろ。両舷微速、対潜戦闘用意!」


「両舷微速、対潜戦闘用意!」


 空気が一瞬にして張り詰める。


「咆哮しながら追ってくるなんて、その海獣は何かに怒っているのか」


「我々が彼の縄張りに入ってしまったのでしょうか。あるいは水深を測ったときのソナーに反応したのかも知れません」


 平野の言葉で、ソナー音に叩き起こされて激おこなセイウチの映像が浮ぶ。セイウチだったら少しは可愛げがありそうなものだが。 


「いずれにせよ友好的な遭遇にならなかったことは確かだな。それにしても異世界の大型海洋生物か……ワイバーンのときは簡単に撃退できたが、この海獣に魚雷が通用するだろうか」


「駄目だった場合は、私たちが沈むだけです」


「海行かば水漬くかばね……帝国海軍を志した時から、海で死ぬことは常に覚悟していたことではあるが、それが異界の海になるというのは……」

 

 平野が私の目を覗き込みながら答える。


「微妙……」


「だな。そんな微妙なところで死ぬわけにはいかん。勝つぞ! 12式魚雷を叩き込んでやれ!」


「了! 対潜戦闘開始! ターゲットを補足次第、魚雷撃て!」


 平野が声を発したと同時にフワーデが海洋生物の接近を感知。


「タカツ! 大きいのが来た! ちょっと行って見てくる!」


 フワーデがパッと姿を消す。次の瞬間、戦闘指揮室CICにフワーデの声が響いた。


「タカツ! 大きい奴が居た! ナニコレキモイ! モニタに映していい?」


「映すのは正面モニタだけだ! 他には出すな!」


「わかった!」


 フワーデの「キモイ」発言で嫌な予感がした私は映像をCICに限定した。

 そして、その判断は正解だった。


 何故なら……。


「「「うわぁぁぁぁっ!」」」


 モニタに映された海獣の姿を見た全員が気を失ってしまったからだ。


 勿論、私の意識も暗い闇の中へと沈んで行った。




~ 黒き海獣 ~


「……ちょう!」


 秘蔵の魔改造フィギュアを発見した妻が、私の頬に何度も往復ビンタをかましている。


「……艦……ちょう! おき……」


 私は両頬の痛みに涙しつつも、妻の愛情を噛みしめていた。なぜなら妻が本気で陸軍ビンタをかまそうものなら、私の頭はポップコーンよろしくはじけ飛んでいるはずだからだ。


「艦長! 起きてください!」


 それにしても我が妻よ……。


 いくらなんでも叩き過ぎだ。


 確かに魔改造フィギュアは良くない。


 良くないけど、頬が痛い。


 そこまで叩くことはないだろう。


 だから……


「だから痛いって! ハッ!?」


「艦長!」


 私は急速に意識を取り戻す。


「タカツ! 良かった! 生き返った!」


「艦長、目が覚めましたか!」


「一体何があったんだ? えっと……フワーデがモニタに……」


「映像を映した途端、ここにいるみんなが気絶しちゃったの! それでどうして良いかわからなくて、草壁ちゃんに来てもらったの!」


 そうだ。モニタの映像を見て私は……。


「正気を失ってしまったみたいですね」


 草壁医官が心配そうに私の顔を覗き込む。


「化け物……」


 まだ頭が十分に働かずいまひとつ状況が理解できない。だがモニタに映っていたものを思い出そうとすると全身に怖気が走った。


「ワタシが考えなしに映像を出しちゃったから……ゴメンナサイ」


 フワーデが深々と頭を下げる。


「いや、こんな事態になるなんて予想できなかった。フワーデに問題はない……ってその化け物はどうなってる!?」


 その瞬間、私の意識は完全に覚醒し、周囲の状況が目に入ってきた。私と草壁を除いて、ここにいる者は皆意識を失ったままなのだ。


「草壁、対潜区画の二人を急いで起こしてくれ」


「わかりました」


 草壁医務官が対潜要員の二人を起こしに掛る。


「フワーデ! 化け物の位置は? 今どこにいる?」


「ワタシのところまで800m、水深22m! すぐに追いつかれちゃう!」


 私は受話器を取って機関長に直接指示を行う。


「機関長! 敵がぶつかってくる! 1分間の両舷最大戦速、その後は敵の状況を見つつ第三戦速で引き離す! いけるか!?」


「いけます!」


「フワーデ、操艦をお前に任せる! 進路は現状のままだ!」


「わかった!」


 そのとき私の全身をゾゾッと悪寒が駆け巡った。この瞬間、他の乗組員クルーたちも私と同様の体験をしていたことが後に判明する。


 何か恐ろしいものが、決して深淵から出てくるべきではないナニかが、自分たちの魂を喰らおうと近づきつつあることを誰もが本能レベルで感じていた。


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