第146話 魔神ウドゥンキラーナ

 夜のとばりが降りて、森が急速に暗闇に覆われていく。


 その様子を月光基地のモニタから見ていた私は、井上少尉にアラクネのカメラを暗視モードにするよう指示を出そうとした。


 そこに不思議な現象が発生する。


「周囲に光が……」


 そうつぶやく南大尉から送られてくる映像を見ると、森の各所に小さな灯りがポツポツと輝き出す様子が映し出されていた。


 ヴィルフォアッシュが、すぐにその灯りが魔力燈によるものであることを報告してくれた。


 魔鉱石に込められた魔力を光に転換する魔力燈は、この大陸ではそれほど珍しくはない。ただ光量はとても少なくて、安物のサイリウムよりも薄暗い。


 魔力燈は、森の一点に向って集約するように等間隔で並べられていた。その灯りの道によって、ここに村があることが認識できる。


「「こっち!」」


 ホビット族(仮称)の二人がヴィルミカーラの手を引いて、魔力燈が最も多く配置されている場所へと誘って行く。慌てて南大尉とヴィルフォアッシュがその後を追って行った。


 ちなみにアラクネや三人のカメラ映像には坂上大尉の姿は映っていない。にもかかわらず、坂上大尉のカメラ映像には南大尉の後ろ姿が映し出されていた。


「「ここだよ!」」


 ホビット族(仮称)が小さな祠の前で立ち止まり、ヴィルミカーラにその祠を紹介するように手を拡げる。


 その瞬間――


 ズズズズズズズズズズズ


 急に森の木々が音を立てて揺れ始める。


 ズズズズズズズズズズズ


「な、なに!?」


 不測の事態に危険を感じたヴィルミカーラが、二人の子供をかばうように腕の中に抱く。


「なんなんだ!? 何が起こってる!?」


 南大尉とヴィルフォランドールが銃を構えつつ、ヴィルミカーラの左右に立って周囲を警戒する。


 そんな警戒をよそに、ヴィルミカーラの腕に抱かれた子供たちが明るい声を上げた。


「「大丈夫だよ! ウドゥンキラーナは私たちの神様なの!」」


 ズズズズズズズズズズズ


 モニタに退行く様子が映し出される。


 何これ怖い!


 まさに言葉通り、木々や枝葉や様々な植物がズズズズと音を立てて森の奥へと後退していくのだ!


「「「ミミ! ノノア!」」」


 後退していく枝葉の下から、ホビット族(仮称)らしき人々が次々と飛び出してきた。


「「みんな! 無事だったんだね!」」


 ヴィルミカーラの腕の中に抱かれていた二人のホビット族(仮称)が、彼らの下へと駆け寄って、お互いの腕を取り合い、その無事を確認していた。


「こんなに沢山の村人が隠れていたのですね……」


 いつの間にか南大尉の背後に坂上大尉が立っていた。


「もしもし、わたし奥さん。今、貴方の後ろにいるの……」


「ぬわっ!?」

 

 驚いた南大尉がさっと飛びのく。


 夫婦漫才してる場合かよ! と怒鳴りつけそうになった私は、南大尉のカメラから送られてきた映像を見て全身がフリーズしてしまう。


「「「なっ!」」」


 アラクネを除く、坂上分隊全員のカメラ映像が同じものを映し出していた。


 それは、木のように見えた。


 5メートル近くはあるだろうその木は、幹の部分が女性の裸体を形どっているように見える。


 幹から伸びる4本の太い枝はしなやかな女性の腕のようで、幹の上部は女性の上半身そのものの形をしていた。


 つまるところ木彫りの女性像にも見えるのだが、「木を削って彫った」というより「木が女性の形に育った」ような印象を受ける。


 そして――


 ズズズズズ


 その木が動いていた。


 南大尉が銃口を木に向ける。


「撃つな!」


 私は語気を強くして全員に命令した。


 ホビット族(仮称)が神様だと言っていた存在。


「おそらく彼女は神様なのだろう。さっきホビットが……なんと言ってたか……」


 私の通信を聞いたヴィルミカーラがその名を口にする。


「ウ、ウドゥンキラーナ……」


 ヴィルミカーラのカメラから送られてくる映像モニタには、木目の女性が静かに頷く様子が映し出されていた。




~ 魔神ウドゥンキラーナ ~


 ホビット族(仮称)たちとは大陸共通語で会話することができた。彼ら自身のことをトゥチョトゥチョ族と呼んでいるらしいので、今後はそのように呼称する。


 妖異軍との争いが勃発する以前から、ルートリア連邦では魔族に対する弾圧が厳しいこともあって、彼らはこの村でひっそりと暮らしていたそうだ。


 この村が隠れ里としてルートリア連邦の目から逃れ続けることができたのは、彼らの崇める神、ウドゥンキラーナの力によるものだった。


 ウドゥンキラーナは村全体を森の緑で覆い尽くして、トゥチョトゥチョ族を守り続けてきた。


 だが今回は妖異軍と人類軍の戦場があまりにも村に近かったため、戦に巻き込まれてしまったようだ。


「これがお主らの長たるものかや?」


 ウドゥンキラーナは2メートルくらいの若木に、木の身体を屈めてアラクネの後部座席に搭載されているタブレット画面を除いている。


 戦闘終了後、周囲の警戒をヴィルフォローランの操作する飛行ドローン・イタカに任せて、アラクネを坂上分隊に合流させた。


 村の窮地を救ってくれた恩人に礼を言いたいというウドゥンキラーナの申し出に応えるため、アラクネの後部に搭載されているモニタを通して私が挨拶することになった。


「そうです。私が艦長です」


「なんとこのような幼子が、この屈強な戦士たちの長なのかや!?」


 顔は木目なのにも関わらず、ウドゥンキラーナの驚く表情がハッキリとわかる。


「此度はミミやノノアのみならず、この村の窮地を救ってくれたことに心より感謝する。彼の岸に渡りし者たちを弔った後に、主らを歓待する宴を催したいのじゃが、受けてくりゃるか?」


 もちろん、私たちに断る理由などない。


 我々が申し出を受けることを伝えると、ウドゥンキラーナは四本の腕をわしゃわしゃと動かして喜んでいた。


 そして宴は夜遅くまで続き、私たちはウドゥンキラーナや村人たちと様々なことを話した。


 話の途中でウドゥンキラーナが魔神であることを知ったときには驚いたが、その頃にはもう私たちはすっかりと打ち解け合っており、坂上分隊はそのまま村で休むこととなった。


 もちろんイタカとアラクネが警戒を続けてはいたが。


 そして後日――


 私はウドゥンキラーナと直接会談する場を設けることとなった。


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