第157話 天上界のメッセージ

「パパッ! お帰りなさい!」


 帝国にある我が家の扉を開くと、いきなり娘が飛びついてきた。


 美しい我妻の面影をそのまま小さくした美少女は、私にとってこの世で一番大事な宝物である。


「ずっとパパがいなくて有紗ずっと寂しかったんだよ?」


 そう言って私に頬ずりしてくる娘の頭をポンポンと叩く。


 私はそのまま娘を抱え上げて家に上がる。


 ズッシリときた娘の予想外の重さに、私は娘が思っていたよりも成長していたことを痛感した。


 ちっちゃな子供だと思っていたのに、いつの間にかこんな高校生に……。


 高校生……そう言えばもうそれくらいになるんだったな。


 首元にしがみついていた娘が、私の顔を見つめていた。


 あれ? さっきまで子供だったのに?


「ふふふ。パパに嬉しいお知らせがあるの!」


 ここにきて、私は今自分が夢を見ていることに気が付いた。


 そもそも、うちの娘は私のことを「パパ」なんて呼ばない。


「パパ、わたしね! 彼氏ができちゃった!」


 ぐはぁぁぁぁ!


 夢だと自覚した後でも、この幻想は私のお腹に致命打を与えた。


「ついでに赤ちゃんも! できちゃった!」


「のぉぉぉぉぉぉっ!」


 ガバッ!


「か、艦長! 大丈夫ですか!?」


 気が付くと平野副長が私の顔を覗き込んでいた。


「こ、ここは……医務室か……」


 草壁医官が、手早く私の健康状態を確認する。


「とりあえず身体に悪いところはなさそうですね。それにしても悪い夢でもご覧になられたのでしょうか。ずっとうなされていましたよ」


 私は自分が見ていた悪夢のことを思い出そうとするが、目覚めた後になるとその内容はすっかりと忘れてしまっていた。


 どんな夢を見ていたんだっけ?


「そ、そうだ。凄く怖い夢を見たよ。悪魔勇者を倒したっていうのに、天上界の連中がお前たちを帝国には返さないとか言い出してな」


 たぶん、そんな感じのふざけた悪夢だった気がする。


「ま、まぁ、とにかくもう大丈夫だ。元気元気!」


 ベッドの上で元気をアピールしている私に、平野副長が私のスマホを差し出してきた。


 スマホを受け取った私の身体が一瞬、固くなった。


 なんだろう。


 まるで私の身体がスマホを見るのを拒否でもしているかのような……。


 いくらなんでも考え過ぎか。


 私はスマホを操作して、そこに表示されているメッセージを見た。


 『天上界より緊急メッセージ』


 という表題の下に、


 『次元創傷の発生により、すべての異世界転移は当分の間通行止めとなります。迂廻路も利用することができません。詳細については天上界の公式サイトをご覧ください』


 私は頭がくらくらした。


「か、艦長!? 艦長!?」


 遠くから平野副長の焦る声が聞こえる。


 そして私は再び意識を手放し……


「ってたまるか! コンチクショー!」


 何とか持ち直した私はベッドの上でorzしながら、ベッドに拳をポンポンと打ち付けた。


「なんでだ! ちゃんと悪魔勇者を倒したというのにどうして帰れないんだ! 私も乗組員クルーも帰還を信じて頑張ってきたんだ! 沢山一杯限界超えて無理させてきたんだ! 皆帰りたがってる! 松川さんなんて二人で飲んだときに家族に会いたいって涙流したんだぞ! 他の連中だってそうだ! 帰れる日を信じてみんな頑張ってきたし、みんなに無理もさせてきたんだ! それが今更帰れませんとか! ふざけんな! そんなこと皆に言えるかぁ! ヂグジョー!」


 私は小学校以来のマジ泣きをした。


 私のスマホを見た平野と草壁は事態を把握し、私が落ち着くまでそっとしておいてくれた。




~ 落ち着いた ~


「艦長、お気持ちは理解しますが、この文面によると『当分の間』ということですし、それほど長くは掛からないのでは?」


 草壁医務官はおそらく私を慰めようとして言ったのだろう。


 私の心は深海の底まで沈んでいたが、草壁の心遣いに応えるために、彼に官僚文学について説明することにした。


 平野副長の方は、その暗い表情を見れば説明するまでもないことがわかる。


「草壁……当分の間という表現は官僚用語で『目算は全く在りません』ってことなんだよ。いいか『全く』の部分を巻き舌にしてツバを飛ばしながら『在りません』ってことなんだよ」


「えっ!? そうなんですか?」


「官僚文学なんて知るまでもない。少し考えて見ろ。もし原因と対策にある程度の目算がついているのであれば、『数日』とか『数週間』とか、あるいは『数か月』とか言った表現になると思わないか?」


 私の言葉を受けて、草壁医官の額に汗がにじむ。


 ようやく事態の深刻さを認識してきたのだろう。


「確かにそうかもしれませんが……いくらなんでも……」


「このメッセージは、異世界に来て初めて私に直接届いたものだ。これまではフワーデを通してしか天上界から通達が届いたことはない。草壁、どうして私だけにこのメッセージが届いたと思う?」


「わ、わかりません」


「私もわからん。ただ分かることはある。もし明後日に、私たちが期待しているような回答が届くのだとすれば、天上界はこんなもの私に送る必要はなかったということだ」


 草壁の顔が青ざめる。


「つ、つまり……天上界の公式回答は、我々が帝国に帰還できないことを伝える内容になると」


「それはわからん」


「はぁ?」


「私の中では確信するに至っているが、それを誰かに話して絶対にそうなると断言はしない……ということだ。もしかしたら、魔法も奇跡もあるかもしれんからな。このメッセージだって誤送信かもしれんだろ? 私はそうは思わないが……」


 私は天上を指差した。


 平野副長と草壁医官が私の指差した天上に目を向ける。


「あの空の割れ目とこのメッセージを見た上で、皆にどう説明すればいい?」


 重苦しい沈黙が降りて来た。


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