第75話 妖異獣ブラックゴート Side:妖異
セイジュウ神聖帝国東方攻略軍は、ドラン大平原で勇者セイジュウ・モテギが敗走により大混乱に陥っていた。
報せによると勇者は敵の魔法によって子どもの姿へと変えられ、しかもその右腕を失ってしまったという。
だが妖異将軍イゴーロナックルがこれくらいのことで動揺することはない。全ての妖異がそうだろう。慌てふためいて無様を晒しているのは魔族どもだけだ。
「勇者様より、賢者の石の捜索を急げとのご命令を受けております」
「げっぷ。了解した。我よりの吉報が間もなく届くはずと勇者殿に伝えるのだ。げっぷ」
使者の黒き羽虫が夜の闇に消えていくのを見送ると、我は食事を再開した。ドラン大平原と違い、我が侵攻作戦を展開しているアシハブア王国は我が軍が圧倒的に優勢だった。
あのいまいましいドラゴンのいる地域を除いては。
そのことを思い出した我は、巨大な手の形をした頭部に力が入り、握ったり開いたりを繰り返す。不機嫌になったときの我の癖だ。
我は、その掌部分にある巨大な一つ目を見開き、目の前の食事たちを睨みつけた。今日の食事である捕虜はアシハブア王国騎士の男が一人、そして昨晩焼き払った村の生き残りの若い夫婦だ。
騎士は怯える夫婦をかばうように我の前に立ち、先程から何か叫んでいる。我は人語を理解せぬ故、騎士が言っていることは何も分からぬ。
だが、騎士がその高貴なる騎士道精神と発揮して、アシハブアの民を守ろうとしていることはわかった。
我が巨大な一つ目に力を込めて睨みつけていると、騎士が突然、夫婦に襲い掛かっていった。目は左右があらぬ方に向き、口から泡を吹いて奇妙な音を立てながら、夫の首を捩じ折る。
「きゃぁぁぁぁぁ!」
天幕の外にまで響くような大声で女が叫ぶ。我は両腕を騎士と女の前に差し出して、両手の掌に付いている口を開いてその負の感情を味わう。甘美な味である。
騎士は女の服を剥ぎ取り、その上に伸し掛かって犬畜生の行為に吹ける。騎士のむき出しの獣性と絶望に白く染まって行く女の心が、我の掌にある口から体内に流れ込んでくる。甘美である。
「ぐひっ、ぐひひひひっ」
あまりにも甘美な負の感情が、我のでっぷりとしたお腹に溜まっていく。騎士がその欲望を出し尽くし、女の心が完全に死んだところで、我は食事を下げさせた。
我は寛大なる将軍たる故、ちゃんと部下が食べる分は残してやるのが常だ。まぁ、この食事の前に肉は十分に食べているのだが。肉は食べているうちにお腹が膨れてそれ以上は食が進まなくなる。
だが負の感情はいくら食べても満腹になることはない。いつまでも楽しむことができる。
「今日の食事はあと10人でよいぞ、残りはお前らが好きにするといい」
賢者の石を奪いに向かったブラックゴートたちの様子も確認せんとならんからな。今の我は忙しい。ゆっくりと食事を楽しんでいる時間もないのだ。
食事の残飯が下げられるのと入れ替えに、ブラックゴートたちの状況を逐次報告してくる伝令が我の前に進み出てきた。
数多くのブラックゴートを派兵した理由は、奴らが餌を生きたまま捕らえることに長けているからだ。もし賢者の石が見つからなかったとしても、奴らは大量の生餌をその触手に絡めとって持ち帰ってくるだろう。
本音を言えば、賢者の石よりも食材確保の方が我にとっては楽しみなこと。今度はどのような負の感情を堪能できるのか。我は伝令の報告を期待に目を開いて聞いた。
「……全滅しました」
一瞬、我は伝令の報告が理解できなかった。
「ドラゴンによってブラックゴートが全滅させられま……ぎゃぁぁあ!」
伝令の報告を理解した瞬間に、我の右腕が伝令の胸を貫いていた。掌から伝令の負の感情の味が広がっていくが、これはそれほど旨くはない。同じ負の感情であるには違いないが、なんとういかえぐみが強い。
「ブラックゴートが全滅だと? あのクソトカゲ、我の食事をたくさん捕まえてくる大事な妖異獣をよくも」
我は頭部の巨大な手を握り締め、怒りに打ち震えた。両腕の掌にある口が、我から漏れ出る負の感情を喰らう。これも負の感情ではあるが、自分の味もそれほど旨いものではない。
それにしてもあのドラゴン、我以外の神聖軍の侵攻を幾度も退けていると聞く。あの妖異獣ブラックゴートは森林で戦えば無敵、今回の数であれば大軍をも易々と屠ることができるはずだ。
なのに森林での戦いで全滅した。
「ふむ。我にしては珍しく敵の力量を見誤ってしまったのかもしれんな」
このまま物量で押し切っても良いのだが、ブラックゴートがいなくなってしまったままでは食事が目減りしてしまうかもしれない。それだけはどうにも我慢ならない。
「ここは絡め手を使うとするか」
我は侍従に命じた。
「膨れ女を呼べ! それと食事も再開だ!」
しばらくすると我の目の前に、我と同じようにでっぷりとした膨れ女が現れる。我は膨れ女にドラゴンによってブラックコートが全滅させられたことを伝える。
「将軍様、わたくしにそのドラゴン討伐をお任せくださいませ。村ごと喰らいつくしてみせましょう」
「お主ひとりで楽しむつもりか? せめてドラゴンは我に寄越せ。それ以外はすべてお主のものだ」
「畏まりました」
そう言ってお辞儀する膨れ女の姿に、この部屋にいる全ての侍従と、食事の男どもが見惚れていた。彼らには、このでっぷりとした化け物が魅惑的な絶世の美女に見えているのだろう。
その後、我は膨れ女と共に食事を楽しんだ。
こやつの手に掛れば、ドラゴンとて簡単に落ちるに違いない。
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