古大陸編
第55話 港町ガドア
リーコス村を出航してから8日目、護衛艦フワデラはようやく古大陸の影を双眼鏡で見ることができる海域に到達した。
ここまでの航海は女海賊フェルミから受け取った海図を元にしている。
最短航路を採ればリーコス村から3日程度で到達することができるのだが、なんと言ってもここは異世界、途中に何が潜んでいるのかわからない。
なので、大陸間を往来している大船団の航路を参考に最適航路を決めることにした。
そのため港湾都市ローエンに立ち寄って大船団の航海情報を調査し、さらにイザラス村から魔鉱石を補充。この寄り道で3日ほど日数を使ってしまった。
「うーん! 故郷の匂いがします!」
穏やかな海を行く護衛艦フワデラの甲板で、メイド服の少女が両手を広げて身体を伸ばしていた。ポニーテイルにした艶やかな黒髪が潮風に揺れている。
この異世界でも珍しいその黒い瞳には、彼女の故郷である大陸の影が映っていた。
「なーんて! 変なこと言ってるとか思ってます? でもこの風は確かに故郷の匂いがするんですよ」
「その匂いがどんなものか分からないが、ミライの言ってることはわかるぞ。私も海外から母国に戻る度に、今のミライと同じようなことを感じているからな」
私はミライの横に立ち、彼女と同じものを見ながらそんなことをつぶやいた。
「ほへぇ……」
ミライが私の方に向き直り、何やら関心したような表情を見せる。
「な、なんだ? 私の顔に何かついているのか?」
「いえ、艦長さんの見た目って6歳か7歳くらいなのに、大人っぽい感じで話されるので、いつも不思議な感じなんです」
そう言いながらミライは腰を落として、美しい顔を私の目の前に寄せてくる。張りのある瑞々しい頬とぷるんと潤った唇を目の前にした私は、ここでチューしたとしても幼女の私なら許されるのではなかろうかと考えていた。
「奥様……に報告……」
「うひっ! ごめんなちゃい!」
背後から聞こえてきた女性の怒気を含んだ声に、思わず私はその場で土下座を敢行する。
恐る恐る顔を上げると、平野副長が無表情で私を見下ろしていた。
「ひ、平野か……どうした、何か問題でもあったか?」
「今のところ艦長のセクハラ未遂以外は何も問題ありません」
「そ、そうか……それならよかった」
セクハラ未遂の冤罪についてはスルーする。下手に言い訳すると私の被害が拡大するのはもう嫌というほど身に染みているからだ。
「え、ええっと、それで古大陸と呼ばれている大陸の名称はゴンドワルナだっけ?」
私はミライに向き直り、そのまま何事もなかった風を装って尋ねる。うやむや作戦だ。
「そうです! 竈と燻製の女神ラヴェンナ様が産み落としたゴンドワルナ大陸は、世界で一番大きいって云われてます。聖樹教ではそのように教えられています」
「他にも大陸があるんだったな」
「はい。7つあるって聖典に記されています。実際に全ての大陸を確認した人はいませんが……」
「ミライは物知りなんだな」
私が褒めると、ミライは顔を赤くして両手をもじもじして照れていた。
「い、今のはこの大陸では子供でも知ってる話ですから、褒められるほどのことでは……」
「そうなのか? でもまぁ、ロイド領についたらミライに色々と頼ることになる。よろしくな!」
「はい!」
~ 港町ガドア ~
ロイド子爵はゴンドワルナ大陸の中南部にあるボルヤーグ連合王国の貴族である。
その領土は大洋側に突き出た大きな半島の先にあって、その海と山に挟まれた東西に細長い領土だ。その面積は子爵領としては連合王国最大であることはあまり知られていない。
温暖な気候に恵まれ、少ない平地を活かした農産物や畜産業が盛んで、領民たちは豊かな暮らしを享受している。とはいえ王都からは遠く離れた田舎の一地方であることは変わりがない。
もし王都でロイド子爵領について何か知っていることはないかと聞いたとする。多くの人々が首を横に振る中、何人かは「港町ガドアがあるところでしょ?」と答えるだろう。
ゴンドワルナ大陸を海路で東西に移動する場合、必ず立ち寄ることになるのがガドアだ。西のサマワール帝国、東のミュラヌイから商船が行き交う際、補給のために立ち寄るのがガドアなのである。
町自体はそれほど大きくはないが、王の街道に繋がる道は整備されているので人の出入りは多い。ガドアの人は異国の人と接する機会が多いことから、見知らぬ旅人であっても快く迎えてくれるだろう。
~ 海外旅行ガイドブック「ボルヤーグの歩き方」 シュモネー・メトシェラ著 ~
「……って、この巻物に書いてあります」
「なるほどなぁ」
ミライが旅行ガイドスクロールを翻訳しながら読んでくれた。ちなみに通りの出店で町案内のスクロールを購入したものミライだ。
「とりあえず複合艇に戻ろう。落ち着いた場所でフワーデに問い詰めたいことがある」
護衛艦フワデラがロイド領沖に到着後、私たちは複合艇を出して港町ガドアへと乗り込んだ。この町で働いたことがあるミライに案内してもらって、情報収集するのが今日の目的だったのだが……
私たちはとんでもない状況に陥っていた。
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